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ジェットから離れる様子がないスコーチアをそのままに、ジェマとヒュプノスは椅子に戻る。ドルゲとジャスパーはソファにどっかりと座り、ジェットはスコーチアと一緒に窓辺で僅かな光を浴びる。
「何が起きているかは分からないけれど、あの子が話していた精霊のスコーチア?」
「うん。オハイアリィさんっていう、冒険者さんの魔剣に宿った精霊だよ」
「ジェットと仲が良いみたいだな」
「モアレはスコーチアを胃袋に入れていたし、ジャスパーは師匠みたいな存在だからね。甘えにくいのかも」
身を摺り寄せて甘やかしているジェットをちらりと見て、ジェマはまた指輪の魔力回路構築に意識を戻す。ヒュプノスもジェマの魔力に意識を向けながら、ソファでボードゲームを前に睨み合っているジャスパーとドルゲを見る。
「ドルゲとジャスパーは、なんというか、犬猿の仲なのかな」
「ふふ。ジャスパーに軽く絡んでくれる子は滅多にいないし、ジャスパーは楽しんでいると思うけど」
「なるほど。ドルゲもあれでいてジャスパーとの時間を楽しんでいるし。お互いに良い関係なんだろうな」
嬉しそうに笑ったヒュプノスに、ジェマは少し迷うように瞳を揺らす。ヒュプノスはその様子に気が付きながらも、何も言わなかった。
再び集中し始めたジェマが道具を作る静かな音と、ジャスパーとドルゲが言い合う声だけが響く時間が続く。ジェマとヒュプノスの間に流れるどこか寂しい静寂は、呆気なく掻き消されてしまった。
ヒュプノスはその喧騒すら慈しむように微笑んで、作業に集中するジェマを見守る。何か話すわけではないけれど、ヒュプノスはその静かな時間を穏やかに味わうように身を委ねる。
「ピピ?」
「きゅうう!」
姿が見えなかったモアレは、ぬるりと窓から部屋の中に戻ってきた。その静かな侵入に気が付いたジェットとスコーチア。モアレは静かにして、と言いたげに身体を揺らすと、賄賂に外の森で狩ってきた真っ赤な果実をジェットとスコーチアに分け与えた。
「きゅーう」
「ピピィ!」
「ま、まぁ、良いだろう」
ひそひそと話をして、それから三匹で真っ赤な果実を齧る。静かにしてはいるのだが、ジェットの驚きと優しさも、モアレの緊張と空腹も。契約者であるジェマには筒抜けだった。
ジェマは作業をしながらもその穏やかな微笑ましい空気に安心して手元に集中する。会話がなくても、たとえ同じ空間にいなくても繋がっている安心感は優しく温かい。
「ジェマ」
「なぁに?」
ヒュプノスの優しい声にジェマは顔を上げる。ついでに完成した指輪を脇に置いて、ネックレスの材料を手近に寄せた。
「ジェマは、寂しくなることはある?」
「ヒュプノスさんは、寂しいの?」
思わず聞き返したジェマは、面喰ったような顔をしたヒュプノスを見てハッとした。同時に、質問に質問を返すな、というスレートの声が頭の中で聞こえた気がした。
「あ、えっと。うーん。寂しいこともあるけど、それだけじゃない」
慌てて答えを出したジェマに、ヒュプノスは笑いながら立ち上がった。
「そっか。うん。そうなんだよね」
本棚に近付いたヒュプノスは、1冊の冊子を手に取るとそれをジェマに渡した。
「これをあげる」
古びた革表紙。何年、何十年では語り切れないほどの歴史が刻まれた表紙にジェマは思わず指を滑らせる。
「これは?」
「闇属性魔法を扱う者が代々遺してきたものだよ。僕はもう読み終えたから、貸してあげる。読み終えたら、僕の書き込みがある次のページに読んで思ったことや気が付いたことを書き加えて欲しいんだ。それが終わったら、また返してくれると嬉しいけれど。ひとまず、今はジェマの手元にあるのが正しいと思うから」
ジェマが冊子を裏返すと、フルール・ド・リスの紋章が刻まれている。ジェマは、その紋章を指先でそっと撫でる。
「そういえば、この出生紋。王家の血筋の人はみんな持っているんだよね」
「……ジェマは、この出生紋について、どこまで知っているの?」
「えっと、王家の血筋と、王家が始まってから今までに家を分けた人たちはみんな持っているって。長い王家の治世だから、国の中には意外とたくさんこの出生紋を持っている人がいるって。お父さんに聞いたけど」
ジェマの言葉に、ヒュプノスは背後で拳を握りしめた。
「そう、その通り。ジェマもこの出生紋なんだよね。ということは、すごく昔は親戚だったのかも」
くすりと笑ってみせたヒュプノスに、ジェマは嬉しそうに笑い返す。
出生紋は血筋を表す。ジェマはスレートからそう教わった。それは傍から見れば真実であるようでいて、偽りだった。
個人の魔力紋を形作る出生紋と個人を形作る個人紋の掛け合わせで魔力紋が全ての民に生まれとともに与えられる。個人紋は個人が持つ才能の表れ。そして出生紋は血筋ではなく、家業を表す。学校に通ったことがあれば初等生で学ぶこと。
けれどジェマには伏せられてきた。ジェマを、守るために。
「まあ、凄い昔のことだったとしても、兄だと思って頼って欲しいな。そんな兄からの、妹への宿題だよ」
ヒュプノスは軽くウインクして冊子を指先で叩く。ジェマはどこか擽ったそうに笑って、大きく頷き返した。




