閑話 婚約解消したはずなのに ~マクシミリアンの独白~
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私の人生が変わったのは……、七歳の時。
婚約者として引き合わされたアリス・ベレニケと、出会ってしまったからである。
初対面のアリスは、年齢よりもずっと落ち着いた少女だった。
整った容姿、完璧な礼儀作法。伯爵令嬢として、非の打ち所がない。
――ああ、これなら平穏な婚約生活が送れるな。
当時の私は、そう思っていた。
その考えが「最大の誤り」だったと、すぐに気づくこととなった。
アリスは、世界のあらゆる現象に対して「なぜ?」を付ける人間だった。
物が落ちれば、なぜ落ちるのかを考え、風が吹けば空気の流れを解析し、振り子が揺れれば周期の測定を始める。
そして、何かを思いついた瞬間に実験が始まる。
止まらない。
止まるという概念がない。
最初のうちは、私も婚約者として付き合っていた。
彼女の説明は意味不明だったが、妙に楽しそうだったからだ。
――まあ、少し変わった令嬢だな。
最初は、その程度の認識だった。
だが、気づけば私は、その中心にいた。
「マクシミリアン様、その重りを持ってください」
「そこに立ってください」
「今の衝撃を、もう一度お願いします」
……なぜ私は実験台になっている?
危険性を指摘すれば、アリスは真顔で頷く。
「なるほど。では、安全装置を追加しましょう」
そして完成するのは、より精密で、より危険な実験装置である。
改善されているのは安全性ではなく、再現性だった。
何度「余計なことを言った」と後悔したか分からない。
やがて私たちは成長し、私は真実の愛に目覚め、婚約解消に至った。
これで終わりだ。
もう二度と、爆発にも落下にも巻き込まれない。
最愛の人と、幸せで平穏な人生を始められる。
そう信じていた。
……信じていたのだ。
実際、アリスにもセドリックという新たな婚約者ができた。
私にも、リリィという大切な存在がいる。
婚約者としての関係は完全に終了し、今後は関わることはないはずだった。
はずだったのだが。
私は、机の上に置かれた書類を見て、深く息を吐いた。
一枚目の書類には、こう書かれている。
「未取得単位早期取得・特別日程」
その下には、今後の予定が隙間なく並んでいた。
・特別講義
・課題提出
・試験
これだけでも十分に頭が痛い。
だが、その隣には、もう一枚の書類が置かれている。
「代替魔道具開発班・担当業務」
・装置の安全性確認
・実際に使用する者の立場からの検証
「なぜだ……」
思わず声が漏れた。
婚約解消後も、私はなぜかアリスが絡む事件に巻き込まれ続けている。
学園では魔力暴発騒動に遭遇し、振り子理論の検証では、なぜか振り子の重りにされた。
ベレニケ領の視察では「安全な農具改良」と聞いていたのに、結果は水圧暴走によって全身泥まみれである。
そして今回。
古代魔道具の代替品開発。
書類には「安全性確認」と書かれているが、要するに――
「危険検知担当、マクシミリアン専用」
ということらしい。
専用って何だ。
私は警報装置ではない。
……いや、もう半分くらい警報装置かもしれない。
そこで、ふと気づく。
今回、私を開発班に入れたのはアリスではない。
王太子殿下だ。
単位を急いで取得させると決めたのも、王太子殿下である。
アリスは何もしていない。
むしろ「授業を手伝いましょうか?」と、親切に申し出てくれた。
……まあ、その授業が一番危険なのだが。
私は、ふと考えた。
本当に、私はアリスに振り回されているのか?
学園で起きた魔力暴発では、リリィを守るために自分から飛び込んだ。
ベレニケ領視察へは、リリィの同行を条件に参加した。
水圧事故は……まあ、止められなかっただけだ。
古代魔道具も、放置すれば甚大な被害が出る可能性がある。
つまり――
「私が勝手に巻き込まれに行っているのでは?」
嫌な結論に到達した。
私は椅子に深く沈み込む。
これまで、すべてアリスのせいだと思っていた。
だが実際、危険な目に遭う度に、「他の者が巻き込まれなくて良かった」と思ってしまう自分もいる。
そして、もう一つ気づく。
この役目は、意外と自分に向いている。
なぜなら、危険な目に遭っても、それなりに回避できているからである。
「まあ……仕方ないか」
私はため息をついた。
リリィの安全にも繋がる。
王国の安全にも関わる。
そして何より――
放っておけば、誰かが爆発に巻き込まれるかもしれない。
それは嫌だ。
「今度こそ、泥まみれになる前に止めてやる」
そう決意して、私は明日に備えて書類へ向き直った。
◇ ◇ ◇
翌朝。
王立研究所。
アリスはいつもどおり、何事もなかったように一冊の書類を差し出した。
「マクシミリアン様。こちらの調査計画ですが、危険がないか確認をお願いします」
表紙には、「古代魔道具・初期調査計画書」と書かれている。
私は書類を開いた。
装置の外形、表面温度、振動、周囲の魔力変化。
古代魔道具を分解することなく、外部から得られる情報を可能な限り集める計画らしい。
そこまではいい。
だが、最後に添えられた配置図を見て、私は目を疑った。
古代魔道具に最も近い場所に、私の名前が書かれている。
「なぜ私の立ち位置が、古代魔道具に一番近いんだ!」
私の叫びが研究所に響いた。
アリスは、不思議そうに首を傾げる。
「異常が起きた際、最初に気づいていただくためですわ」
「それは危険検知ではなく、囮ではないか!」
「ですが、危険を予測する側へ回っていただくと伺いました」
「一番近くに立てという意味ではない!」
私は、配置図とアリスの顔を交互に見た。
確かに、これまで自分から危険へ飛び込んだこともある。
放置できないと判断し、自ら巻き込まれに行ったことも認めよう。
だが、少なくとも今回は違う。
古代魔道具に最も近い場所へ私を配置したのは、間違いなくアリスである。
「やはり、アリスのせいではないか!」
私の叫びが、再び研究所に響き渡った。
当のアリスは、何を責められているのか分からない様子で首を傾げている。
こうして私は、今日も思う。
婚約を解消したからといって、人生が切り替わるわけではない。
そして、私が危険に巻き込まれる原因は、私自身にもあるのかもしれない。
だが、その原因の半分くらい――いや、八割くらいは、やはりアリスなのだ、と。




