第94話 単位と糖分は必要です
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「何だ?」
「学園の単位は足りているのですか?」
「単位?」
マクシミリアンの動きが止まる。
アリスはヨハンの卒業と帰郷に合わせ、ベレニケ領へ戻っていた。
王都へ帰還した現在は、ちょうど最終学年の新学期が始まろうとしている時期である。
明日から王立研究所へ通うのであれば、学園の授業へ出席する時間は大幅に減る。
「開発へ参加すれば、今までどおり学園へ通うのは難しくなりますわ。卒業までに必要な単位を、もう取得していらっしゃるのですか?」
マクシミリアンは答えなかった。
その沈黙だけで、答えは明らかだった。
「まさか、まだ取得していないのですか?」
セドリックが尋ねる。
「普通は、最終学年の授業を受けて取得するものだろう!」
マクシミリアンが反論する。
「私は既に取得しています。」
「わたくしもですわ。」
セドリックとアリスが、当然のように答えた。
「私も必要な単位は取得済みだ。」
カイルまで加わる。
マクシミリアンは、三人を順番に見た。
「なぜ全員、最終学年が始まる前に取り終えているんだ!」
「研究へ専念するためですわ。」
アリスは、入学後早い段階から必要な講義と試験を前倒しし、卒業に必要な単位を既に取得していた。
いつ興味深い研究対象が現れても、学園の授業によって研究を中断せずに済むようにするためである。
「私は将来の公務に備えて、可能なものは前倒ししました。」
セドリックが続ける。
「王族には、予定外の公務が入ることも多いからな。」
カイルも同じ理由だった。
マクシミリアンは、三人の顔を見回した。
「私だけが、おかしいような目で見るな。私は普通に授業を受け、普通に単位を取得していただけだ!」
「安心しろ、その点については、兄上も確認済みだ。」
カイルは、持っていた書類の中から新たな一枚を取り出した。
それを見た瞬間、マクシミリアンは再び嫌な予感を覚える。
「何ですか、その書類は?」
「お前に残されている単位と、それを早期に取得するための特別日程だ。」
「なぜ、そんなものまで用意されているのですか!」
「開発班へ加えると決めた時点で、兄上が学園へ確認させた。」
書類には、特別講義、提出課題、試験の日程が、隙間なく記されていた。
マクシミリアンは上から下まで目を通し、もう一度、最初から読み直す。
何度確認しても、日程に余裕は見つからない。
「これを全て、開発と並行して行うのですか?」
「ああ。開発班への参加を理由に、卒業に必要な単位を免除することはできない。早急に未取得の単位を取得するようにとの命令だ。」
「開発へ参加させられた上に、単位まで早く取得しろというのですか?」
「学園を卒業できなければ、将来、騎士団で責任ある立場に就く際にも問題になる。どちらも必要だ。」
反論できない正論だった。
「必要でしたら、わたくしがお教えしますわ。」
アリスが親切心から申し出る。
「いや、遠慮する。」
マクシミリアンは即座に断った。
「まだ何も教えていませんわ。」
「君の授業は、最後に実証実験が待っている気がする。」
「学んだ理論が正しいか、確認することは大切ですわ。」
「絶対に断る!」
「では、私も一緒にお教えしましょうか。」
セドリックが加わる。
マクシミリアンの顔から、さらに血の気が引いた。
アリスが構造を考え、セドリックが計算によって逃げ道を塞ぐ。
ベレニケ領の視察で、二人の連携がどれほど完成されているのか、嫌というほど見せつけられたばかりである。
「頼むから、授業だけは普通に受けさせてくれ!」
マクシミリアンの叫びが、王宮の一室に響いた。
その隣で、リリィは特別日程の書かれた紙を眺めていた。
「これだけ勉強なさるのでしたら、息抜きが必要ですわね。」
「リリィ……。」
ようやく味方が現れた。
マクシミリアンは感動したように、リリィを見る。
「今度、たくさんお菓子を焼いてお持ちしますわ!」
「ああ。ありがとう。」
「では、わたくしも一緒にいただきますわ。」
アリスが当然のように加わった。
「なぜ君まで食べるんだ?」
「代替魔道具の開発には、糖分が必要ですもの。」
「私のための菓子ではなかったのか?」
「まあ! それでしたら、皆様の分もたくさん焼いてまいりますわ!」
リリィは嬉しそうに答えた。
マクシミリアンは、自分のために用意されるはずだった菓子が、いつの間にか開発班全員への差し入れになっていることに気づき、肩を落とした。
カイルは、肩を落とすマクシミリアンへ同情の目を向けた後、話を戻した。
「リリィ嬢にはこれまでどおり学園へ通ってもらう。ただし、事情を既に知っていることと、お前の士気を維持するために必要であることから、手続きを行った上で研究区画への訪問が認められている。」
「私の士気は、リリィが来なければ維持できないと思われているのですか?」
「違うのか?」
マクシミリアンは、楽しそうに微笑むリリィを見た。
「……否定はしません。」
「なお、アリス嬢は、引き続き王宮に滞在してもらう。ベレニケ伯爵家へは、兄上から正式に連絡する。セドリックもこれまでどおり王宮から研究所へ通ってくれ。」
「承知しました。」
「分かりましたわ!」
アリスは、新たな研究を始められることが嬉しいのか、明日が待ちきれない様子だった。
セドリックも、その隣で穏やかに微笑んでいる。
一方、マクシミリアンの前には、代替魔道具の開発、卒業に必要な単位の早期取得という、二つの仕事が並べられていた。
王都へ戻れば、少しは平穏な日々を送れると思っていた。
だが、平穏どころか、学園生活の中で最も忙しい日々が始まろうとしている。
こうしてマクシミリアンは、王国を守る代替魔道具の開発へ加わると同時に、卒業に必要な残りの単位を早急に取得するよう命じられたのである。




