第87話 その装置、我が家にも
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「騎士団にですか?」
「雨の中で訓練した後は、濡れた革帯や防具、長靴、馬具が大量に出ます。兄上が、乾かす場所が足りないと嘆いていたことがあります」
マクシミリアンも納得したように頷く。
「遠征先では、乾ききらないまま翌日も使うことがある。温風でまとめて乾かせるなら、装備を傷めずに済むだろう」
「それでしたら、革帯一本ではなく、複数の革製品を並べられる乾燥棚を作りましょう!」
アリスの瞳が、再び輝く。
「棚の下から温風を送り、上へ通り抜けさせれば、一度にたくさん乾かせますわ!」
「ただ下から送るだけでは、下の棚ばかりに強い風が当たる可能性があります」
セドリックも、既に乾燥棚の構造を考え始めていた。
「空気の通り道をいくつかに分け、それぞれの棚へ同じくらいの温風が届くようにしましょう。湿った空気を外へ逃がすため、上部には排気口も必要です」
「それでしたら、我が屋敷にも欲しいですわ!」
リリィが声を上げる。
「天気の悪い日には、洗濯したものがなかなか乾かないと、侍女たちが嘆いておりましたもの。この装置があれば、雨の日でも洗濯物を乾かせますわよね?」
「ええ。ただし、布の種類によって耐えられる温度が異なりますわ」
アリスが答える。
「革とは別に、布に適した温度と風量を調べる必要があります。火の魔石へ近づけすぎれば、布を傷めたり、最悪の場合は焦がしたりする危険がありますもの」
「それなら、我が屋敷にも一台欲しいな」
マクシミリアンが言った。
「訓練着や使用人たちの衣服をまとめて洗った日は、干す場所が足りなくなることがある」
「それを言うなら、私の屋敷にも必要です」
レオナルドも加わる。
「兄上が騎士団から泥だらけの訓練着を持ち帰ることがあります。雨の日には、使用人たちが乾かす場所に困っているはずです」
「では、私の屋敷にもお願いできますか?」
セドリックが当然のように続けた。
「婚約後は、アリス嬢が我が家を訪れる機会も増えるでしょう。雨の日でも、快適に過ごしていただけるようにしておきたいので」
「なぜ私のための装置になっているのですか?」
アリスが首を傾げる。
「婚約者特権です」
「なるほど」
「納得するな、アリス嬢」
カイルが呆れた声を上げた。
すると、話を聞いていた工房主がおずおずと口を開く。
「その……洗濯物以外にも使えますか?」
「ほかに、乾かしたいものがあるのですか?」
「村では、野菜や果物、茸、薬草などを干して保存しております。しかし、雨が続くと乾燥させられず、傷んでしまうことがあります」
「確かに、使えますわ!」
アリスが即座に反応する。
「ただし、食べ物は種類によって含まれる水分も、乾燥に適した温度も異なります。温度を上げすぎれば、表面だけが乾いて中に水分が残る可能性がありますわ」
「低い温度の風を長く送り、重さの変化を記録すれば、どれほど水分が抜けたか確かめられるでしょう」
セドリックが付け加える。
「保存食用には、工房や屋敷で使うものとは別の条件を調べる必要がありますね」
いつの間にか、工房で革帯を乾かすために作った装置が、騎士団、三つの屋敷、さらには村の保存食作りへまで利用されることになっていた。
カイルは止めるべきだと考えた。
しかし、雨の日に洗濯物が乾かず困るのは、王宮も同じだった。
王族や使用人の衣服だけではない。
兵士たちの制服、厨房で使う布、客室の敷布や寝具まで、王宮では毎日、大量の洗濯物が出る。
「……王宮にもあってよいかもしれないな」
思わず、言葉が口から漏れた。
全員が一斉にカイルを見る。
「な、何だ?」
「今、王宮にも欲しいとおっしゃいましたか?」
レオナルドが尋ねる。
「王宮では毎日、大量の衣服や敷布を洗っている。雨が続けば、乾かす場所が足りなくなることもあるだろう」
「では、王宮用には、さらに大きな乾燥室が必要になりますわね!」
アリスが嬉しそうに両手を合わせる。
「工房では革帯を乾かす小型の装置。屋敷では洗濯物を乾かす中型の装置。騎士団と王宮には、一度に大量の衣服や装備を乾かせる大型の装置が必要ですわ!」
「部屋が大きくなれば、入口に近いものだけが乾く可能性があります」
セドリックが続ける。
「温風を送り込む場所と、湿った空気を排出する場所を離し、部屋全体に空気が流れるよう設計しなければなりません。使用する火の魔石の数と、送風車の大きさも計算する必要がありますね」
「待て」
カイルが止めた。
「何でしょうか?」
「なぜ、革帯一本の湿気を取る話から、王宮に巨大な乾燥室を作る話になっている?」
「カイル殿下が、王宮にも欲しいとおっしゃったからですわ」
「私は、あれば便利だと思っただけだ!」
「私たちも、最初はそう思っただけでした」
レオナルドの言葉に、カイルは何も言い返せなくなった。
取水門を王宮の門へ利用できると言い出した時と、全く同じである。
こうして、糸車の革帯を乾かすために作られた温風送風装置は、完成したその日のうちに、織物工房、騎士団、それぞれの屋敷、村の保存食作り、そして王宮へ導入する案が生まれた。
もはや、アリスとセドリックだけを止めていればよい状況ではなかった。
一行全員が、思いついた用途を口にする側へ回り始めていたのである。




