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【完結】無自覚転生令嬢の物理魔法  作者: 深谷 汎
第5章 ベレニケ領 と 古代魔道具

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第87話 その装置、我が家にも

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「騎士団にですか?」


「雨の中で訓練した後は、濡れた革帯や防具、長靴、馬具が大量に出ます。兄上が、乾かす場所が足りないと嘆いていたことがあります」


マクシミリアンも納得したように頷く。


「遠征先では、乾ききらないまま翌日も使うことがある。温風でまとめて乾かせるなら、装備を傷めずに済むだろう」


「それでしたら、革帯一本ではなく、複数の革製品を並べられる乾燥棚を作りましょう!」


アリスの瞳が、再び輝く。


「棚の下から温風を送り、上へ通り抜けさせれば、一度にたくさん乾かせますわ!」


「ただ下から送るだけでは、下の棚ばかりに強い風が当たる可能性があります」


セドリックも、既に乾燥棚の構造を考え始めていた。


「空気の通り道をいくつかに分け、それぞれの棚へ同じくらいの温風が届くようにしましょう。湿った空気を外へ逃がすため、上部には排気口も必要です」


「それでしたら、我が屋敷にも欲しいですわ!」


リリィが声を上げる。


「天気の悪い日には、洗濯したものがなかなか乾かないと、侍女たちが嘆いておりましたもの。この装置があれば、雨の日でも洗濯物を乾かせますわよね?」


「ええ。ただし、布の種類によって耐えられる温度が異なりますわ」


アリスが答える。


「革とは別に、布に適した温度と風量を調べる必要があります。火の魔石へ近づけすぎれば、布を傷めたり、最悪の場合は焦がしたりする危険がありますもの」


「それなら、我が屋敷にも一台欲しいな」


マクシミリアンが言った。


「訓練着や使用人たちの衣服をまとめて洗った日は、干す場所が足りなくなることがある」


「それを言うなら、私の屋敷にも必要です」


レオナルドも加わる。


「兄上が騎士団から泥だらけの訓練着を持ち帰ることがあります。雨の日には、使用人たちが乾かす場所に困っているはずです」


「では、私の屋敷にもお願いできますか?」


セドリックが当然のように続けた。


「婚約後は、アリス嬢が我が家を訪れる機会も増えるでしょう。雨の日でも、快適に過ごしていただけるようにしておきたいので」


「なぜ私のための装置になっているのですか?」


アリスが首を傾げる。


「婚約者特権です」


「なるほど」


「納得するな、アリス嬢」


カイルが呆れた声を上げた。


すると、話を聞いていた工房主がおずおずと口を開く。


「その……洗濯物以外にも使えますか?」


「ほかに、乾かしたいものがあるのですか?」


「村では、野菜や果物、茸、薬草などを干して保存しております。しかし、雨が続くと乾燥させられず、傷んでしまうことがあります」


「確かに、使えますわ!」


アリスが即座に反応する。


「ただし、食べ物は種類によって含まれる水分も、乾燥に適した温度も異なります。温度を上げすぎれば、表面だけが乾いて中に水分が残る可能性がありますわ」


「低い温度の風を長く送り、重さの変化を記録すれば、どれほど水分が抜けたか確かめられるでしょう」


セドリックが付け加える。


「保存食用には、工房や屋敷で使うものとは別の条件を調べる必要がありますね」


いつの間にか、工房で革帯を乾かすために作った装置が、騎士団、三つの屋敷、さらには村の保存食作りへまで利用されることになっていた。


カイルは止めるべきだと考えた。


しかし、雨の日に洗濯物が乾かず困るのは、王宮も同じだった。


王族や使用人の衣服だけではない。


兵士たちの制服、厨房で使う布、客室の敷布や寝具まで、王宮では毎日、大量の洗濯物が出る。


「……王宮にもあってよいかもしれないな」


思わず、言葉が口から漏れた。


全員が一斉にカイルを見る。


「な、何だ?」


「今、王宮にも欲しいとおっしゃいましたか?」


レオナルドが尋ねる。


「王宮では毎日、大量の衣服や敷布を洗っている。雨が続けば、乾かす場所が足りなくなることもあるだろう」


「では、王宮用には、さらに大きな乾燥室が必要になりますわね!」


アリスが嬉しそうに両手を合わせる。


「工房では革帯を乾かす小型の装置。屋敷では洗濯物を乾かす中型の装置。騎士団と王宮には、一度に大量の衣服や装備を乾かせる大型の装置が必要ですわ!」


「部屋が大きくなれば、入口に近いものだけが乾く可能性があります」


セドリックが続ける。


「温風を送り込む場所と、湿った空気を排出する場所を離し、部屋全体に空気が流れるよう設計しなければなりません。使用する火の魔石の数と、送風車の大きさも計算する必要がありますね」


「待て」


カイルが止めた。


「何でしょうか?」


「なぜ、革帯一本の湿気を取る話から、王宮に巨大な乾燥室を作る話になっている?」


「カイル殿下が、王宮にも欲しいとおっしゃったからですわ」


「私は、あれば便利だと思っただけだ!」


「私たちも、最初はそう思っただけでした」


レオナルドの言葉に、カイルは何も言い返せなくなった。


取水門を王宮の門へ利用できると言い出した時と、全く同じである。


こうして、糸車の革帯を乾かすために作られた温風送風装置は、完成したその日のうちに、織物工房、騎士団、それぞれの屋敷、村の保存食作り、そして王宮へ導入する案が生まれた。


もはや、アリスとセドリックだけを止めていればよい状況ではなかった。


一行全員が、思いついた用途を口にする側へ回り始めていたのである。

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