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無自覚転生令嬢の物理魔法  作者: 深谷 汎
第二部 第5章 ベレニケ領 と 古代魔道具

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第83話 水路を遡り、取水門へ

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「とにかく、蒸気を使った揚水装置を、ここで作ることは禁止する。」


カイルが強い口調で告げる。


「ですが、構造を考えるだけでしたら――」


「アリス嬢。」


「はい。」


「先ほど、圧力で筒が外れたばかりだ。その何倍もの圧力がかかる装置を、この場にある材料だけで作るつもりか?」


アリスは少し考えた後、素直に首を横へ振った。


「難しいですわね。」


「難しいのではなく、危険なのだ。」


「では、構造だけ手帳へ書き留めておきますわ。」


「それだけにしてくれ。」


アリスとセドリックは残念そうな表情を浮かべたが、カイルは決して譲らなかった。


金属製の容器も、圧力を正確に測る道具もない。


この状況で二人に開発を始めさせれば、今度こそマクシミリアンが泥に落ちるだけでは済まないかもしれない。


「それでは、次の場所へご案内いたします。」


二人の開発が始まらないうちに、村長が声を掛けた。


「先ほどの用水路へ、水を引き込んでいる取水門がございます。」


「取水門?」


マクシミリアンが聞き返す。


「はい。村の外を流れる大きな川から、田畑を巡る用水路へ水を引き込むための水門です。」


カイルは用水路へ目を向けた。


先ほど改良した揚水装置は、ここを流れる水をくみ上げている。


その水がどこから来ているのか、今まで考えていなかった。


「次はそこへ行こう。」


カイルは即座に決めた。


ここに留まっていれば、アリスとセドリックが蒸気を使った新しい揚水装置を作り始めるかもしれない。


一行は馬車へ乗り込み、用水路に沿って上流へ向かった。


◇ ◇ ◇


村を離れてしばらく進むと、遠くから大きな水音が聞こえてきた。


木々の間を抜けた先には、これまで見ていた用水路とは比べものにならないほど幅の広い川が流れている。


流れは速く、水面には絶えず白い波が立っていた。


「随分と大きな川だな。」


カイルが馬車から降りながら呟く。


川岸には石を積み上げて作られた頑丈な取水口があり、その奥から村へ続く用水路が伸びていた。


取水口には、鉄で補強された三枚の木製水門が並んでいる。


それぞれの水門には太い鎖が取り付けられ、上部に設置された巻き上げ機へつながっていた。


「以前は、村の近くを流れる小川から水を引いておりました。」


村長が説明を始める。


「小川は流れが穏やかですので、簡単な水門でも水を引き込むことができます。ですが、雨の少ない日が続くと、すぐに水量が減ってしまいます。」


「干ばつの年には、水がなくなってしまうのですね。私の領地も同じです。」


リリィの言葉に、村長が頷く。


「はい。以前は水不足によって、作物の多くを枯らしてしまった年もございました。」


村長は目の前を流れる大河へ顔を向けた。


「この川には、遠くの山々からいくつもの川が流れ込んでおります。そのため小川よりも干ばつの影響を受けにくく、一年を通して水量が安定しています。」


「それなら、最初からこちらの川を利用すればよかったのではないか?」


マクシミリアンが尋ねる。


「それが、できなかったのです。」


村長は取水門を見上げた。


「この川は流れが強く、水門へかかる力も小川とは比べものになりません。以前にも水門を作ろうとしたことがありましたが、完成して間もなく流されてしまいました。」


大河から安定して水を引くことができれば、干ばつによる被害を減らせる。


しかし、強い流れに耐えられる水門を作れたとしても、水圧によって人の力では開閉できなくなる。


そこでアリスは、水門へかかる力を計算した。


一枚だった水門を三枚に分け、必要な量だけ水を取り入れられるようにする。


さらに歯車を組み合わせた巻き上げ機と釣り合い重りを取り付け、少ない力でも開閉できるようにした。


取水口の横には、水の高さを確認するための目盛りも刻まれている。


川と用水路の水位を確認しながら水門を開く高さを変えることで、村へ流れ込む水量を調整していた。


「動かしてみてもよろしいですか?」


アリスが管理を任されている村人へ尋ねる。


「はい。今は中央の水門を少し開けるだけで十分です。」


アリスが巻き上げ機の取っ手へ手を掛けようとした瞬間、カイルがその腕をつかんだ。


「待て。」


「水門の動きを確認するだけですわ。」


「本当に確認するだけだな?」


「もちろんです。」


アリスは不思議そうに首を傾げる。


その隣では、セドリックが既に手帳を開いていた。


カイルは二人を交互に見た後、念を押す。


「改良はするなよ。」


「まだ何も問題を見つけておりませんわ。」


「見つけた後も、勝手に始めるな。」


カイルの言葉に、アリスとセドリックは揃って頷いた。


だが、その目は既に、新しい物理道具を前に輝き始めていた。


「実際に動かすのは、管理を任されている者にさせよう。」


カイルが念を押す。


アリスは少し残念そうな顔をしたが、大人しく巻き上げ機から手を離した。


代わって、管理を任されている村人が取っ手を握る。


「それでは、中央の水門を少しだけ開けます。」


村人が取っ手を回すと、小さな歯車が動き始めた。

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