第82話 『混ぜるな危険』の相乗効果
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やがてマクシミリアンは、泥の中からゆっくりと起き上がった。
服だけでなく、髪や顔まで泥だらけになっている。
マクシミリアンは顔についた泥を手で拭うと、レオナルドへ声を掛けた。
「レオナルド殿。貴殿は水魔法が得意だったな?」
「はい。」
「その水魔法で、この泥を洗い流してもらえないだろうか。私は火魔法なら得意なのだが、水魔法は苦手でな。」
「構いませんよ。では、そのまま動かないでください。」
レオナルドが手を向けると、空中に水が集まり始めた。
細く調整された水流が、マクシミリアンの頭から足元までを順番に洗い流していく。
泥はきれいに落ちた。
だが当然、マクシミリアンは再び全身水浸しになった。
髪や服の裾から、水がポタポタと地面へ落ちている。
「きれいになりました。」
「ああ。助かった。」
マクシミリアンは礼を言うと、自分の周囲へ弱い火魔法を展開した。
さらに風魔法を使い、温めた空気を全身へ送り込む。
火力と風量を細かく調整しながら、服や髪を乾かしていった。
火魔法を強くしすぎれば、服が焦げてしまう。
反対に弱すぎれば、乾くまでに時間がかかる。
風魔法も同時に使いながら、必要な場所だけへ熱を送るには、かなり細かな魔力制御が必要だった。
だが、マクシミリアン本人は、それを難しいことだとは思っていない。
「まあ! マクシミリアン様、すごいですわ!」
リリィが嬉しそうに声を上げる。
「これくらい、どうということはない。」
マクシミリアンは得意げに胸を張った。
やがて、服から上がっていた湯気が消える。
「これでよし。」
完全に乾いた袖を確認したマクシミリアンは、ふと揚水装置へ目を向けた。
車輪は今も、村人の足踏みに合わせて回転している。
マクシミリアンは少し考えた後、何気なく口を開いた。
「なあ。火の熱を利用すれば、あれは人が足で踏まなくても動かせるのではないか?」
「火の熱で、ですか?」
レオナルドが聞き返す。
「ああ。水を熱した時に出る蒸気には、鍋の蓋を押し上げるほどの力があるだろう。その力で車輪を回せば、人が足踏みをする必要はなくなるのではないかと思ったのだが……。」
レオナルドも揚水装置へ目を向けた。
「なるほど。それに、この領地では神殿で生成された火の魔石が、領民へ無料で配られていますからね。」
「それなら、燃料にかかる費用を気にせず使えるのか。」
「人が交代で踏み続けるより、火の魔石を使って動かした方が楽かもしれません。」
「火力を一定に保てれば、昼夜を問わず動かすこともできそうだな。」
「「「!!!」」」
アリスとセドリック、そしてカイルが同時に反応した。
ただし、三人の表情は全く違っていた。
アリスとセドリックは、大発見をしたように目を輝かせている。
一方のカイルは、何か恐ろしいものを見つけたような顔をしていた。
「マクシミリアン様!」
アリスが勢いよく駆け寄る。
「今の発想を、もう一度詳しく聞かせてくださいませ!」
「え?」
「熱によって生まれた蒸気の力を、回転運動へ変えるのですね!」
「まあ、そういうことになるのか?」
「セドリック様!」
「はい。蒸気で板を押し、その動きを回転へ変えれば実現できるかもしれません。」
セドリックは揚水装置の車輪を見つめながら、頭の中で構造を組み立てていく。
「ただし、蒸気を閉じ込める容器には、先ほどの接続部よりも遥かに大きな圧力がかかります。」
「丈夫な金属製の容器が必要になりますわね。それに圧力を逃がす安全弁も必須です!」
「先ほどの失敗が、早速役に立ちそうです。」
「では、まず蒸気の圧力を測定するところから始めましょう!」
二人は早くも、新しい装置について話し始めた。
その様子を見たカイルが慌てて割って入る。
「待て! 今度こそ待て!」
アリスとセドリックが同時に振り返る。
「何でしょうか、カイル殿下。」
「今日はもう新しい実験をするな。少なくとも、ここでは絶対にするな。」
「ですが、せっかく新しい可能性が見つかったのですから――」
「金属製の容器も、圧力を測る道具もないだろう!」
「確かにありませんわね。」
「ならば今日は諦めろ!」
「分かりました。王都へ戻ってから試しますわ。」
「王都でも、事前に申請してからにしてくれ……。」
カイルは疲れたように肩を落とした。
その少し離れた場所では、マクシミリアンとレオナルドが顔を見合わせている。
二人とも、ただ思いついたことを口にしただけだった。
それが新しい物理道具の始まりになるとは、全く考えていなかったのである。
「私たち、何かまずいことを言ったでしょうか?」
レオナルドが小声で尋ねる。
「いや。領民の負担を減らせるのだから、よいことだろう。」
「そうですよね。」
二人は揃って頷いた。
それを聞いたカイルは、さらに深いため息をついた。
アリスとセドリックだけでも危険だというのに、どうやら、別の意味でこの二人も『混ぜるな危険』だったらしい。




