閑話 〜後日のお茶会〜
本日は更新が遅れてしまったため、お詫びを兼ねて閑話を追加投稿します。
「馬車の中は甘すぎる」の後日談です。
明日の朝は、通常どおり午前五時に本編を更新予定です。
ベレニケ領から王都へ戻って数日後。
レオナルドは、王太子の執務室を訪れていた。
「王太子殿下。お願いしたいことがございます。」
「珍しいな。お前が私的な頼み事をするとは。」
王太子は書類から顔を上げた。
「何だ?」
「王宮のバラ園にある東屋を、半日ほど貸し切らせていただけないでしょうか。」
「東屋を?」
「はい。マクシミリアン殿とリリィ嬢、それからセドリック殿とアリス嬢を招き、私の婚約者も交えてお茶会を開きたいと思っております。」
王太子は手にしていたペンを置いた。
「ずいぶんと変わった顔触れだな。」
「婚約者同士の交流を深めるためです。」
レオナルドは平然と答えた。
だが、その割には僅かに視線が泳いでいる。
王太子はしばらくレオナルドを見つめた後、口元に笑みを浮かべた。
「よいだろう。」
「ありがとうございます。」
「ただし、条件がある。」
「何でしょうか。」
「私とカイルも参加する。」
レオナルドの表情が固まった。
「王太子殿下も、ですか?」
「王宮の施設を使うのだ。私が同席しても問題はないだろう。」
「それは……もちろんでございます。」
断れるはずもなく、レオナルドは頭を下げた。
◇ ◇ ◇
そして、お茶会の当日。
執務室で書類を確認していたカイルの前へ、王太子が現れた。
「カイル、行くぞ。」
「どちらへですか?」
「バラ園だ。今日は東屋でお茶会が開かれる。」
「お茶会?」
カイルは嫌な予感を覚えた。
「参加者は誰です?」
「レオナルドとその婚約者、マクシミリアンとリリィ嬢、セドリックとアリス嬢だ。」
その顔触れを聞いた瞬間、カイルは全てを察した。
「兄上。そのお茶会へ行くのはやめませんか?」
「なぜだ?」
「行けば分かりますが、行かない方がよいと思います。」
「何を言っている。レオナルドへ東屋の使用を許可する代わりに、私たちも参加すると約束したのだ。」
「私は約束しておりません。」
「今、私が決めた。」
「横暴です!」
「却下だ。行くぞ。」
王太子に連れられ、カイルは渋々バラ園へ向かった。
◇ ◇ ◇
王宮のバラ園では、色とりどりの花が見頃を迎えていた。
その中央にある東屋には白い布を掛けたテーブルが置かれ、王都の有名店から取り寄せた菓子が並んでいる。
さらに、その隣にはリリィが作ってきた焼き菓子も置かれていた。
「まあ、どれもきれいですわ!」
リリィが嬉しそうに菓子を眺める。
「こちらのお店は、王都でも予約が取れないことで有名なのですよ。」
レオナルドの婚約者が説明した。
「レオナルド様が用意してくださいました。」
「それは楽しみですわ!」
女性たちが菓子の話で盛り上がる中、王太子とカイルも席へ着いた。
王太子は参加者を見回す。
三組の婚約者たちと、それを見守る王族二人。
普通のお茶会に見えなくもない。
やがて紅茶が注がれ、お茶会が始まった。
リリィは自分が焼いた菓子を一つ手に取る。
「マクシミリアン様。」
「何だ?」
「どうぞ。」
リリィは笑顔で、菓子をマクシミリアンの口元へ差し出した。
マクシミリアンの動きが止まる。
ここは王宮のバラ園だ。
目の前には王太子までいる。
さすがに人前で「あーん」をするわけにはいかない。
マクシミリアンがどうすべきか迷っていると、リリィが不思議そうに首を傾げた。
「お口に合わないお菓子でしたか?」
「いや、そうではない。」
「では、どうぞ。」
逃げ道を失ったマクシミリアンは、覚悟を決めて口を開けた。
「あーん。」
リリィが嬉しそうに菓子を食べさせる。
マクシミリアンは気まずそうに菓子を噛みながら、王太子と目を合わせないようにした。
その様子を見ていたアリスは、目の前にある菓子を一つ手に取った。
「セドリック様。」
「はい。」
アリスが菓子を差し出す前から、セドリックは期待に満ちた目を向けている。
アリスは頬を赤くしながら、その口元へ菓子を運んだ。
「どうぞ。」
セドリックは迷うことなく口を開けた。
「あーん。」
「おいしいですか?」
「はい。アリス嬢に食べさせていただくと、特別おいしく感じます。」
「同じお菓子ですから、味は変わらないと思いますが……。」
そう言いながらも、アリスは少し嬉しそうだった。
王太子は紅茶のカップを持ったまま、二組の婚約者を見つめていた。
(これは、何を見せられているのだ?)
その時、レオナルドが隣へ顔を向けた。
何も言わず、婚約者をじっと見つめる。
「……レオナルド様?」
レオナルドは答えない。
ただ期待を込めた目を向け続ける。
婚約者の令嬢は、マクシミリアンとセドリックを見た。
そして、レオナルドが何を望んでいるのか理解したらしい。
顔を真っ赤にしながら、菓子を一つ手に取った。
「レ、レオナルド様。」
「はい。」
「どうぞ……。」
令嬢が差し出した菓子へ、レオナルドは満足そうに口を開けた。
「あーん。」
三組目まで始まった。
王太子は完全に固まっていた。
先ほどまで和やかなお茶会だったはずなのに、いつの間にか婚約者同士で菓子を食べさせ合う集まりになっている。
リリィは三組の様子を見て、嬉しそうに声を上げた。
「まあ! とても素敵なお茶会になりましたわね!」
「そうだな……。」
王太子は、どう答えてよいのか分からなかった。
隣に座るカイルが深い溜息を吐く。
「だから、やめましょうと言ったではありませんか。」
王太子は何も言い返せなかった。
◇ ◇ ◇
お茶会が終わり、招待客たちが帰った後。
王太子とカイルは、並んで王宮へ戻っていた。
少し前を、レオナルドと婚約者が歩いている。
レオナルドは普段とは違い、どこか満足そうだった。
王太子は、その後ろ姿を見ながら首を傾げる。
「レオナルドが、あれほど嬉しそうにしている姿を初めて見た。」
「念願が叶ったのですから、当然でしょう。」
「念願?」
カイルは王太子を見る。
「兄上は、本当に気づいていなかったのですか?」
「何にだ?」
「レオナルドがお茶会を開いた理由です。」
「婚約者同士の交流を深めるためだろう?」
「違います。」
カイルは即座に否定した。
「婚約者に、あーんをしてもらうためです。」
王太子の足が止まる。
「そのために、王宮のバラ園を貸し切ったのか?」
「はい。」
「王都の有名店から菓子まで取り寄せて?」
「はい。」
「私に許可を求めてまで?」
「はい。」
王太子は、遠ざかっていくレオナルドの背中を見つめた。
「私の側近は、いつからそのような男になったのだ……。」
「ベレニケ領の視察に向かう馬車の中で、マクシミリアンとリリィ嬢を見た時からです。」
「では、今日のことは全て、マクシミリアンが原因なのか?」
「……きっかけはそうですね。」
王太子はしばらく黙り込んだ。
やがて、何かを考えるように顎へ手を当てる。
嫌な予感を覚えたカイルは、僅かに王太子から距離を取った。
「兄上、何を考えているのですか?」
「次のお茶会にも参加しよう。」
「まだ参加するおつもりですか!?」
「次のお茶会には、私の妃も連れていこう。」
「義姉上をですか……?」
カイルは訝しげに王太子を見やった。
「夫婦で参加した方が、交流もより深まるだろう」
「兄上」
「何だ?」
「まさか義姉上に、『あーん』をしてもらうおつもりではありませんよね?」
王太子は答えなかった。
ただ、先ほどのレオナルドと同じように、そっと視線を逸らす。
「やっぱりそれが目的ではありませんか!」
「三組だけというのも、どうにも釣り合いが悪いだろう」
「何の釣り合いですか!」
「カイルも婚約者を連れてくればいい」
「私には婚約者などいません!」
「ならば、早く見つけることだ」
「お茶会のために婚約者を作らせないでください!」
カイルの叫びが、王宮の廊下に虚しく響いた。
こうして次のお茶会では、甘い空気を漂わせるカップルは、三組から四組へと増えることが決まったらしい。
カイルは今度こそ、絶対に参加しないと固く心に誓った。




