第7話 知らない間に犯人扱いされる令嬢
放課後の生徒会室。第二王子カイルと側近のセドリックは、机に積み上がった「被害報告書」を前に、揃って眉をひそめていた。
ここ数日、学園内では不可解な事件が多発している。被害者はすべて、放課後に一人でいた女生徒。背後から何かが急に現れ、一瞬のうちに鞄をひったくられるというものだ。
「……奇妙だね。奪われた鞄は数分後、数百メートル離れた場所で必ず見つかっている。金貨も宝石も手付かず。唯一なくなっているのは――」
「鞄の中に入れてあった『お菓子』だけ、ですね」
セドリックが淡々と補足した。被害者はすでに五人。警備を強化しているにもかかわらず、犯人の姿を見た者は一人もいない。一体どうやって姿を見られずにカバンを奪ったのか見当もつかなかった。
静寂に包まれていた生徒会室の扉が、荒々しく蹴破らんばかりの勢いで開かれた。
「カイル殿下! セドリック様! 聞いてくれ、卑劣極まりない事件だ!」
現れたのは、マクシミリアン・グランディス。その腕には、目に涙を溜めて震えるリリィ・ランバートがしがみついている。二人のただならぬ様子に、カイルは優雅に首を傾げた。
「おや、マクシミリアン。彼女が六人目の被害者というわけかな?」
「そうだ! リリィが私に贈ってくれるはずだった、心のこもった手作りクッキーが奪われたのだ! 犯人は……犯人はわかっている!」
マクシミリアンは、まるで歴史的な大犯罪を告発するかのような形相で指を突きつけた。
「アリス・ベレニケだ! あの女が、私への未練とリリィへの嫉妬から、魔法を悪用して嫌がらせをしたに違いない!」
「ベレニケ嬢が、嫌がらせ……?」
セドリックは、執務机の陰で危うく溜息をつきそうになった。
女性嫌いの彼だが、この一ヶ月間、彼女を思い出さない日はなかった。婚約破棄を言い渡された際、まるでくじに当選したかのような歓喜の表情を浮かべていたアリス。
(ありえない。彼女にとって、マクシミリアン殿との縁が切れたことは最大の利益だ。その彼にわざわざ執着を見せるなど、合理的ではない)
「アリス様は、私が一生懸命焼いたクッキーを、笑いながら奪っていったんですわ……きっとそうですわ!」
泣きじゃくるリリィの証言に、カイルは困ったような笑みを浮かべた。
「なるほど。だがマクシミリアン、彼女が犯人だという明確な証拠はあるのかな?」
「証拠など必要ない! あんな変な研究ばかりしている女だ、何をするかわかったものではない! 早く捕まえて罰を与えてくれ!」
二人はひとしきりアリスへの罵倒を吐き出すと、「必ず厳罰に処してくれ」と言い残して、嵐のように去っていった。
嵐が去った後の生徒会室。カイルは、隣で冷徹な目をしているセドリックをちらりと見た。
「さて、どう思う? セドリック」
「……あり得ません。ベレニケ嬢が、そのような低俗な動機で貴重な研究時間を削るとは思えません。彼女の中に、マクシミリアン殿はもはや存在しないも同然でしょう」
セドリックの言葉に、カイルは楽しげに目を細めた。
「手厳しいね。だけど、名前が出た以上は調査しないわけにはいかない。…まあ、なんにせよ、彼女と話せる機会を得たわけだ…」
カイルは、セドリックに調査状を差し出した。
「公式な調査だ、彼女を呼んできておくれ。……君が、適任だろう?」
「御意」
セドリックは短く答え、調査状を手に取った。その内心で、少しだけ鼓動が速くなったのを、彼は気づかない振りをした。
* * *
一方、その頃のアリスは、研究室で大きな欠伸をしていた。
(ふぅ……。低周波のマナ振動を可視化するフィルターの調整も終わったし、そろそろ糖分を補給して脳の代謝効率を上げたいわね)
彼女は、自分に濡れ衣が着せられていることなど露知らず、ただ「お腹が空いた」という生理的な欲求に従って、茶葉の準備を始めるのだった。




