第77話 事の重大さに気づいた男たち
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「一人では届かない場所へ、二人で辿り着きたいのです。」
セドリックの言葉が、マクシミリアンの頭の中で繰り返された。
(……待て。)
セドリックは、アリスを止めると言っただろうか。
言っていない。
アリスが新しい理論を生み出したら、自分が形にすると言った。
一人ではできないことを、二人で実現すると言った。
マクシミリアンの脳裏に、これまでの出来事が次々と蘇る。
アリスの理論を一瞬で理解し、勝手に改良してしまったセドリック。
アリスが危険な実験を提案すると、止めるどころか目を輝かせて実験方法を考え始めたセドリック。
そして二人の実験が始まると、なぜか毎回、自分が標的にされる。
(違う!)
セドリックは、自分の代わりにアリスの実験を引き受けてくれる人間ではない。
アリスと一緒になって、さらに危険な実験を完成させる人間だ。
もし、この二人が婚約したら。
アリスの発想力と、セドリックの実行力が常に一緒になる。
(今よりも危険になるではないか!!)
マクシミリアンの顔から血の気が引いた。
「ちょ、ちょっと待――」
その時、カイルも同じことに気づいた。
(……誰が二人を止めるんだ?)
これまでは、アリスが暴走した時はセドリックに止めさせ、セドリックがアリスのことで暴走した時は、自分が止めてきた。
だが、二人が婚約したらどうなる。
アリスが理論を考える。
セドリックが完成させる。
アリスが実験をしたがる。
セドリックが実験環境を整える。
互いに止めるどころか、二人だけでどんどん話を進めてしまう。
しかもセドリックは、アリスの安全さえ確保できれば、どれほど危険な実験でも許可しかねない。
(まずい! 二人を婚約させてはいけない!)
カイルは慌てて立ち上がった。
「アリス嬢、少し待――」
「セドリック様。」
アリスが口を開いた。
マクシミリアンとカイルの動きが止まる。
「先ほどから、心拍数が上がっています。」
アリスは空いている手を、自分の胸へ当てた。
「顔も熱いですし、思考もうまくまとまりません。」
「大丈夫ですか?」
セドリックが心配そうに聞く。
アリスは自分の状態を確認するように、しばらく黙り込んだ。
「ですが、不快ではありません。」
そして、セドリックへ微笑みかける。
「私も、セドリック様となら、一人では辿り着けない場所へ行けると思います。」
「アリス嬢……。」
「その婚約の申し入れ、お受けいたします。」
「待てぇぇぇっ!!」
「待ってくれ、アリス嬢!!」
マクシミリアンとカイルの叫びが、見事に重なった。
しかし、遅かった。
セドリックの求婚を、アリスは既に受け入れてしまった。
「どうなさいましたか?」
アリスが不思議そうに二人を見る。
「どうしたも何もない! お前たちが婚約したら、今まで以上に危険な実験が増えるではないか!」
「なぜ増えるのです?」
「本気で分かっていないのか!?」
マクシミリアンは頭を抱えた。
カイルは、すぐにセドリックへ確認する。
「セドリック。アリス嬢が危険な実験を始めようとした時は、婚約者としてきちんと止めるのだろうな?」
「もちろんです。」
「そうか……。」
カイルが安堵しかける。
「アリス嬢が危険な目に遭わないよう、私が理論を完成させ、十分な防護設備を整えます。」
「実験そのものを止めろと言っているんだ!!」
カイルの叫びが応接室に響いた。
それを聞いたヨハンも、ようやく問題に気づく。
(待てよ……。)
これまで家族総出でも、アリスを止められなかった。
そのアリスに、理論を理解し、実現できる婚約者ができてしまった。
(もしかして、僕はとんでもない婚約を祝福してしまったのでは?)
「父上、母上。」
「どうした、ヨハン。」
「今からでも、もう少し慎重に考えた方が……。」
「ヨハン兄様まで、どうなさったのですか?」
「アリスは何も心配しなくていいよ。」
ヨハンは笑顔を作ったが、その額には冷たい汗が浮かんでいた。
レオナルドも、婚約後の未来を考え始める。
アリスが新しい理論を考え、セドリックが実用化する。
カイルが王太子へ報告し、王太子が国家事業として採用する。
そして、そのために必要な予算、人員、各部署との調整は――。
(王太子殿下の側近である、私の仕事になるのでは?)
レオナルドは静かに天井を見上げた。
「レオナルド?」
カイルが声を掛ける。
「カイル殿下。一つ、お願いがございます。」
「なんだ?」
「今後、お二人が新たな実験を始める際は、できる限り早く私へお知らせください。」
「なぜだ?」
「王太子殿下が国家事業にすると言い出す前に、必要となる予算と人員を見積もっておきます。」
カイルとレオナルドは、しばらく無言で見つめ合った。
やがて二人は、互いの苦労を理解したように固く握手を交わした。
「これから大変になるな。」
「はい。共に頑張りましょう。」
そんな男たちの絶望には全く気づかず、リリィは涙を拭いながら満面の笑みを浮かべていた。
「本当におめでとうございます、アリス様! お二人なら、きっと世界を変えるような素晴らしいご夫婦になれますわ!」
その言葉に、カイル、マクシミリアン、ヨハン、レオナルドの四人が同時に固まる。
世界を変える。
この二人の場合、ただの褒め言葉では済まされない。
本当に世界を変えてしまう可能性がある。
そして、その過程で誰が巻き込まれるのか。
四人は、それぞれの未来を想像し、揃って遠い目をした。
こうして、アリスとセドリックの婚約は、本人たちと両親の同意によって無事に成立した。
それは同時に――『混ぜるな危険』の二人を、混ぜてしまった瞬間でもあった。




