第76話 令嬢へ伝える想い
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恋愛感情をそのまま説明しても、おそらく彼女には伝わらない。
アリスが理解できる言葉。
これまで、自分が彼女から学んできた言葉。
セドリックはアリスの前へ歩み寄り、片膝をついた。
「アリス嬢。」
そっと差し出された手に、アリスは自分の手を重ねる。
「私は、あなたと出会うまで、誰かと深く関わりたいと思ったことがありませんでした。」
誰かに自分の心を乱されるくらいなら、一人でいる方がいい。
人との関わりを必要最小限に留め、自分一人で全てを完結させる。
それが、最も安定した生き方だと思っていた。
「物理学的に言えば、私は自分自身を一つの孤立系として生きていたのでしょう。」
(※用語解説 孤立系:エネルギーも物質も、一切外界とやり取りしない系)
「孤立系……。」
アリスの瞳が僅かに揺れた。
「ですが、あなたと出会い、初めて外から大きな力を加えられました。」
「私が、外力なのですか?」
「はい。それも、決して無視できないほどの。」
セドリックは微笑んだ。
「最初は、あなたの言葉を理解したいだけでした。けれど、理解するほど、もっと知りたいと思うようになった。あなたが笑えば私も嬉しくなり、あなたが傷つけば守りたいと思う。離れていても、気がつけばあなたのことを考えている。」
アリスの手を包むセドリックの指に、僅かに力がこもる。
「私の進む方向は、あなたと出会ったことで変わりました。今では、どのような未来を考えても、その中に必ずあなたがいる。」
「私が……。」
「私は、あなたを縛りたいわけではありません。研究をやめてほしいとも、普通の令嬢になってほしいとも思わない。」
セドリックは真っ直ぐにアリスを見つめる。
「あなたが進みたい方向へ、私も一緒に進みたい。あなたが新しい理論を生み出すなら、私がそれを形にしたい。一人では届かない場所へ、二人で辿り着きたいのです。」
その言葉を聞き、リリィの瞳から大粒の涙が零れ落ちた。
(セドリック様……! アリス様の全てを受け入れ、そのうえで生涯を共にしたいと……!)
ヨハンもまた、胸が熱くなるのを感じていた。
家族は、これまでアリスの研究を否定したことはない。
しかし、本当の意味で理解していたわけでもなかった。
幼いアリスが難しい話をするたびに、「アリスは賢いね」と笑って見守ることしかできなかった。
だが、セドリックは違う。
アリスの言葉を理解するために、自ら物理学を学び、今では同じ言葉で想いを伝えている。
(この方なら、本当の意味でアリスの隣に立ってくれる。)
妹が誰かのもとへ嫁ぐことに、寂しさがないわけではない。
それでもヨハンは、二人の婚約を心から祝福したいと思った。
レオナルドも、腕を組みながら静かに二人を見守っていた。
(ようやく、想いを伝えられたか。)
アリスが関わると、普段の冷静さを失ってしまうセドリックを何度も見てきた。
その長い片想いが、ようやく報われようとしている。
同じ王族の側近として、レオナルドも嬉しく思っていた。
カイルも同じだった。
(良かったな、セドリック。)
女性嫌いだった幼馴染が、初めて心から望んだ相手なのだ。
できることなら、このまま幸せになってほしい。
マクシミリアンも、何度も頷きながら二人を見守っていた。
(セドリック様なら、アリスの扱いにも慣れている。これで、あの悪魔の危険な実験を止める者ができる!)
これまで、アリスの実験に何度巻き込まれてきたことか。
だが、今後は婚約者であるセドリックが、その役割を引き受けてくれるはずだ。
ようやく自分にも、平穏な未来が訪れる。
そう思っていた。
しかし――。




