第67話 禁足地『火竜の顎』
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重苦しい空気を乗せた馬車は、やがて轍の音を止めた。
目の前には、ベレニケ領の山裾にある立ち入り禁止区域――『火竜の顎』。
ぽっかりと口を開けた巨大な洞窟は、薄暗く人を拒むかのような静寂に包まれている。
王太子たちが馬車を降りようとした、その時だった。
「着きましたわー!」
後方の馬車から、場違いなほど弾んだ声が響く。
勢いよく扉を開けて飛び出してきたのはアリスだった。未知の古代魔道具を前に、その瞳は期待に満ちて輝いている。
「待て、アリス!先走るな!」
続いて馬車を降りたマクシミリアンが、呆れたように声を掛けた。
「お前が散々『あり得ない』と言っていた古代魔道具だろう。何が起きるか分からないんだぞ」
だが、アリスの耳には届いていなかった。
先頭の馬車から降りてきた兄の姿を見つけるや否や、一目散に駆け寄る。
「ヨハン兄様! 例の祭壇へ早く案内してくださいませ! 古代魔道具なんですよね!? 一体どんな原理で動いているのか、早くこの目で確かめたいですわ!」
「あ、ああ。もちろん案内するよ。ただ、中は暗いし足場も悪い。くれぐれも転ばないようにね」
「はい!」
元気よく返事をしながらも、アリスの視線はすでに洞窟の奥へ向いていた。
その様子を見た王太子は、思わず苦笑を漏らす。
「……さすがはアリス嬢だな」
「ええ。危険な場所を前に、あそこまで楽しそうにできる方も珍しいでしょう」
カイルも苦笑交じりに頷いた。
王太子は小さく息を吐くと、すぐに表情を引き締める。
「機材を搬入しろ。最終確認を急げ」
「はっ!」
王立研究所の研究員たちが一斉に動き出した。
観測機材が次々と運び出され、護衛騎士たちも周囲の警戒につく。セドリックとレオナルドも自然と隊列の前後へ移動した。
全員の準備が整ったのを確認すると、王太子は洞窟の奥へ視線を向ける。
「行くぞ。何が起きても対応できるよう、警戒を怠るな」
号令とともに、一行はベレニケ家に代々受け継がれてきた禁足地――『火竜の顎』へと足を踏み入れた。
***
薄暗い洞窟の中を、魔力灯のランタンが照らし出す。
『火竜の顎』の内部は、その名の通り異様な熱気を帯びていた。奥へ進むにつれ空気はじっとりと肌にまとわりつき、まるで巨大な炉の中へ足を踏み入れているかのようだ。
「……妙ですね。ただの洞窟とは思えない暑さです」
周囲を警戒しながら歩くカイルが呟くと、先導するヨハンが頷いた。
「はい。昔からこの洞窟だけは季節に関係なく熱を帯びています。祭壇があるのは、このさらに奥の広間です」
やがて一行の視界が開け、巨大な空洞へと辿り着いた。
空間の中央には、古びた石造りの祭壇が静かに鎮座している。
その上では、透き通るような赤い火の魔石が、まるで呼吸をするようにゆっくりと明滅を繰り返していた。
「あれが……例の祭壇か」
王太子が静かに目を細める。
その隣では、アリスの瞳が一気に輝いた。
「おおお……! あれが古代魔道具ですのね!」
今にも駆け出しそうになるアリスを見て、マクシミリアンは嫌な予感しかしなかった。
「待て!」
案の定、祭壇へ向かって飛び出そうとしたアリスの後ろ襟を慌てて掴む。
「何をするんですの!」
「それはこっちの台詞だ! 何があるか分からないんだぞ! 不用意に近づくな!」
「むぅ……」
アリスは不満そうに頬を膨らませながらも、大人しく足を止めた。
それでも視線だけは祭壇から離れない。
そんな二人のやり取りに苦笑しつつ、王太子はすぐに表情を引き締めた。
「調査を開始する。研究員は観測機材を設置しろ」
「はっ!」
王立研究所の研究員たちが一斉に動き始めた。




