第66話 ベレニケ領の言い伝え
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(違う……ッ!! 俺はあいつの理論の矛盾を指摘し、 結果、逃げ道を完全に塞がれ『振り子実証実験』の重りにならざるを得なかっただけだッ……!! ここで頷いてしまえば、あの人体実験の正当性が認められてしまう……!)
絶対にここで頷いてはいけない! 本能が強烈な警鐘を鳴らす。だが、目の前にいるのは次期国王である王太子、下手な否定をすれば不敬になりかねない。
マクシミリアンは、青ざめた顔で冷や汗を流しながら、石像のように硬直することしかできなかった。
そんな彼の顔を見て、王太子はふっと口角を上げ、意地悪くニヤリと笑った。
「……ほう。手放しで喜ぶかと思えば、随分と警戒した顔をしているな。己がどんな目に遭ったか、そして今ここで頷けば『今後どうなるか』が予想できるようになったか」
「っ……殿下、それは……」
「少しは思慮深くなったな、マクシミリアン」
王太子は、冷や汗をかくマクシミリアンを見て心底おかしそうに肩をすくめた。
「残念だ。今回の褒美としてお前を『王家公認、アリス嬢の共同研究者』に任命してやろうと思ったのだが……」
「っっ!! じ、辞退申し上げます!! 」
マクシミリアンが食い気味に、そしてこれ以上ないほど必死な形相で頭を下げた。横ではアリスが「まあ、遠慮なさらなくても……」と不思議そうに首を傾げている。
「はははっ! まあ、今回は文句なしのお前のお手柄だ。誇っていいぞ!」
王太子は笑いながら、疲労困憊のマクシミリアンの肩を労うようにポンッと叩いた。
命拾いした……と安堵のあまり崩れ落ちそうになったマクシミリアンを、リリィが横から優しく支えていた。
カイルへ向き直った王太子の顔は、すでに為政者の鋭い顔つきへと切り替わっていた。
「さて、カイル、事態の異常性は嫌というほど理解した。その『入力なしに魔石を生み出し続けている』という古代魔道具……我々も直ちに調査に同行する。案内しろ」
「ハッ。……すぐに出発の隊列を組み直します」
カイルが深く頷くと、周囲の空気が一気に張り詰めたものへと変わる。
王太子が引き連れてきた研究員たちが急いで魔力測定器などの機材を馬車へ積み込み始めた。指揮権はカイルから王太子へと移され、改めて、大規模な調査隊が編成され、一路『火竜の顎』と呼ばれる洞窟へと出発した。
馬車は大きく二手に分けられていた。
後続の馬車からは、「いざ古代魔道具ですわ!」と意気込むアリスの嬉々とした声と、いまだ疲労と絶望の色が濃いマクシミリアンの深い溜息、そして彼を甲斐甲斐しく気遣うリリィの様子が窺えた。
一方、先頭を進む王太子の馬車の中は、後続のそれとは対極にある、ひりつくような緊張感に包まれていた。
向かい合う座席には、王太子とカイル、そしてレオナルドとセドリックの両側近。
さらに、この地を治める次期ベレニケ伯爵であり、代々あの古代魔道具を管理してきた一族の者として同乗を求められたヨハンが、真剣な面持ちで座っていた。
馬車が一定の揺れを刻み始めた頃、王太子が静かに口を開いた。
「さて、ヨハン。お前の家は代々、あの祭壇を管理してきたのだったな。……あの祭壇について知っていることを全部話してもらおうか」
王太子の鋭い眼光を受け、ヨハンは背筋を正し、静かに頷いた。
「はい、殿下。ですが実を申しますと、私たちもあの祭壇については何も知らないのです。我がベレニケ家には、あの祭壇に関する詳細な文献は残されておらず、残っているのは『常に注ぎ込む魔石を絶やすな!』という言い伝え一つだけ。生成された魔石については何も言い残されてはいません。ただ、注ぎ込む魔石を祭壇から絶やしてはならない……それこそが代々受け継がれてきた絶対の掟であり、我々はその言い伝えだけを守ってきました」
「その言い伝えを破るとどうなる?」
王太子の鋭い問いかけに、ヨハンは苦渋に満ちた顔で首を横に振った。
「……知りません。とにかく言い伝えを守れと、守らなければこの地に『災いが降りかかる』とだけ伝えられております」
「ますます不可解な話だな……」
王太子は顎に手を当て、深く眉間を寄せた。




