第63話 比較検証のための基礎データ
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「だが、ここベレニケ領は王都からかなり離れている。どれほど俊敏な伝令鳥を使おうとも、王都への到着までに半日……兄上が状況を把握し、指示がこちらに返ってくるまでには、最低でも丸一日のタイムラグが発生するな」
「ええ。その間、我々はいかがいたしましょうか」
レオナルドの問いに、カイルは深くため息をついた。
「何もせず、ただ指示を待っているわけにもいかない。古代魔道具について、できる限り調査しておいた方がよいだろう。……明日の朝一番で、我々はその祭壇のある洞窟へ向かう。文官たちには、ベレニケ領の古代魔道具について、何か文献が残っていないかを調査させろ」
「むぐぅーっ!!(いざ観測ですわね!!)」
マクシミリアンの手の中で、アリスは歓喜の声を上げて飛び跳ねていた。
「こら! 暴れるなアリス! いいか、これはお前のワクワク探検ツアーじゃないんだぞ!」
マクシミリアンが必死に怒鳴りつけるが、アリスの耳には届いていなかった。カイルは、そんなアリスをあえて視界に入れないようにしながら、側近たちに告げた。
「では、取り掛かれ!」
「ハッ。直ちに手配いたしま――」
レオナルドが首肯しかけた、その時だった。
「むぐっ、んんっ……えいっ! ぷはあっ!!」
マクシミリアンの腕の中で必死に抜け出そうと暴れていたアリスが、物理魔法でちゃっかり身体強化し、強引に拘束をすり抜けた。
「ああっ! こら、アリス!」
「レオナルド様! 王太子殿下へ通信を送るのなら、『これ』も一緒に同封してくださいませ!」
アリスはドレスの隠しポケットから、びっしりと数式とグラフが書き込まれた羊皮紙の束を取り出し、バンッと机においた。
「な、なんだ、これは……?」
「本日、マクシミリアン様と一緒に行った『振り子の実験データ』ですわ! これを見れば、このベレニケ領における重力加速度と、位置エネルギーおよび運動エネルギーの変換法則が正常に機能していることが一目で証明できます! つまり、この基本データ(ベースライン)があるからこそ、祭壇の異常性が際立つというわけですわ!!」
「お前、そんなもん隠し持ってたのか……! ていうか、俺が昼間、宙づりで振り回されながら、取られたデータじゃないか!」
マクシミリアンが悲鳴のようなツッコミを入れるが、アリスは「基礎データは比較検証の命ですわ!」とドヤ顔で胸を張る。
カイルは深く溜息をつきながらも、アリスの主張の『論理性』はあっさりと認めた。
「……確かに、言葉だけで『物理法則に反している』と伝えるより、その検証データがあった方が、王都の研究所の連中も事態の異常性を正確に把握できるだろう。レオナルド、暗号通信と一緒にその書類を通信筒に入れて送れ、途中で落とされないよう軽量化(風属性魔法)忘れるなよ!」
「は、はいっ!」
返事をしながらレオナルドは、なぜ検証データがあった方がいいのか理解できずに、不思議そうな顔をしていた。
その様子に深く溜息をつき、カイルが静かに「説明」を入れた。
「……要するに、『ベレニケ領という土地自体には、勝手に魔力やエネルギーが湧き出すような異常な土地ではない』という証明だ。アリス嬢はマクシミリアンを使って、この領地の環境がごく『普通』であることをわざわざ数値化して証明したんだ」
「土地が、普通……ですか?」
「ああ。前提となる土地のルールが『正常』だと証明されたからこそ、誰もマナを注いでいないのに魔石を生み出しているあの祭壇だけが『完全に狂っている』という、証拠になる。……言葉だけで報告するより、この完璧な検証データがあった方が、王都の研究所の連中も事態の異常性を一発で理解できるだろう」
カイルのその噛み砕いた説明を聞き、レオナルドは改めて手元の書類を見てようやく納得した。
これは、国家を揺るがす異常事態を立証するための証拠だったのだ。
「……解ったら、ただちに暗号通信と共に、この書類も兄上へ送れ」
「は、はいっ!」




