第58話 それぞれの想いを乗せ馬車はいく
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「いいか、よく聞け! 変数が多すぎる人間の肉体を落として転移魔法の座標誤差を計測しようなど愚の骨頂! 純粋な空間座標のズレと、それに伴う重力加速度 $g$ への影響のみを正確に測定したいのであれば――落下なんてさせなくても、振り子を使えば、空気抵抗のノイズを減らして安全かつ正確に座標のズレを証明できるだろ!」
それは、命の危機を回避するために死に物狂いで物理学を猛勉強し、生き延びるために習得し鍛えあげたマクシミリアンの究極の理論だった。
「「「…………っ!!」」」
そのあまりにも美しく論理的な解答に、アリスは雷に打たれたように目を見開き、ワナワナと震え始めた。
「す、素晴らしいです……っ!! 糸と重りで、座標変化を可視化するなんて……! なぜ私は今まで、対象を落下させることばかりに囚われていたのでしょうか……!」
「なるほど。対象を落として着地点のズレを見るのではなく、空間に固定された振り子を使って足元の地面が動くのを観測する……素晴らしい着眼点です!マクシミリアン殿。」セドリックは深く頷いた。
「ああっ、あの時私は、マクシミリアン様がおっしゃる通り無意味な実験をしてしまいましたわ。マクシミリアン様、崖から落としてしまって本当に申し訳ございません」
アリスからの、まさかの謝罪。
(やった……! 俺はついに、アリスから謝罪の言葉を引き出したぞ……!!)
マクシミリアンは長年のトラウマ(アリス)を自らの頭脳で乗り越えた達成感と歓喜に打ち震えた。
(マクシミリアンの思考が、アリスとセドリックを上回ったぞ!!!)
カイルも、ようやく現れた『最強の対策』の誕生に希望を見出し、歓喜に打ち震えた。
(マクシミリアン様が、アリス様化している!!ああっ、素敵!!!)
リリィはリリィで、愛する婚約者が自身の推し(アリス)に似てきたという喜びに打ち震えていた。
(マクシミリアン殿がアリスの会話を理解している……。僕には意味不明なのに……)
そしてヨハンはただ一人、自分には全く理解できない会話をマクシミリアンが理解できているという現実にショックを受け、別の意味で打ち震えている。
――だが、四人の抱いたそれぞれの感情が長続きすることはなかった。
感動的な余韻をあっさりと打ち破ったのは、知的好奇心に完全に火がついてしまったセドリックだった。
「マクシミリアン殿のその素晴らしい理論、ベレニケ領に着いたら実証してみましょう」
「いいですわね!」
その提案に、アリスの瞳がパァッと輝いた。
「今すぐ実証したい気持ちでいっぱいですが、さすがに馬車の中では何もできませんものね。早速、実証計画を立てましょう!」
前のめりになるアリスに深く頷き、セドリックは真面目な顔で実証プランを口にし始めた。
「では、より精度の高いデータを得るために、極めて強度の高い糸と、風に流されない安定した重りが必要になりますね……。私が糸全体を物理魔法で強度と空気抵抗を受けないよう固定しますので――マクシミリアン殿は『重り』になってください」
「…………は?」
「その際、空気抵抗を受けないように物理魔法で身体を覆い、糸の先で丸まった形をとって頂けますか?」
「まあ!! それなら正確なデータが得られますわね!」
パンッ、と嬉しそうに両手を合わせるアリス。彼女はマクシミリアンが実験体になることが当たり前かのように、無邪気な笑顔で絶賛した。
「待て!待て!待てぇぇ!!なんで俺が実験体になるんだ!!普通の鉄球を使え!!」
たまらずマクシミリアンが絶叫した。しかし、アリスは残念そうに首を横に振る。
「あいにく、ベレニケ領にはこの実証に使えそうな鉄球はありません。作るにしても何日もかかってしまいますわ」
「私が重り役になっても構いませんが……」
セドリックが申し訳なさそうに、言葉を継ぐ……
「糸に強度を持たせ、空気抵抗を受けないように固定するには、自身に物理魔法をかけるよりも、外部からより緻密な魔法制御を行う必要があります。精密な魔法制御に関しては、私の方が適役だと思うのですが……そもそも、マクシミリアン殿が言い出した理論です。実証しないわけにはいかないでしょう?」
「……………」
完璧に論破したと勝ち誇っていたのも束の間、反論できず、退路も断たれ実験体が決定してしまったマクシミリアン。
(くそっ……! 完璧な理論だと思ったのに……! つっ……次こそは絶対に奴らを完全に封じ込めて、勝利してやる……っ!!)
マクシミリアンは、己の逆転負けにギリッと奥歯を噛み締め、次なる戦いへの闘志を燃やした。
(ああ……ストッパーの夢が……。いや、待てよ? 今回は一歩及ばなかったが、あのアリスの暴走を論理で一時的にでも止めたのは事実。マクシミリアン……こいつの防衛理論は、今後間違いなく『使える』ぞ……!)
カイルは、あっけなく砕け散った希望に残念がりつつも、マクシミリアンに新たな光を見出した。
(ああん、やっぱりマクシミリアン様はまだまだアリス様の高みには程遠いですわ……。でも負けないで! 私、マクシミリアン様が立派なアリス様になれるよう全力で応援しますわ!)
リリィはリリィで、推しの領域に届かなかった婚約者の現状に残念がりながらも、更なる『アリス化』への歪んだエールを心の中で送った。
(よかった……。結局マクシミリアン殿も最後は丸め込まれている。僕だけが置いてけぼりじゃなかった……。しかし、このままではダメだ。家族である僕の方が、アリスを理解できるようにならなければ……!)
ヨハンは、マクシミリアンの悲惨な結末に密かに安堵の息を漏らしつつ、自分も最愛の家族であるアリスの会話を理解しようと静かな決意を固めていた。
結局、道中の馬車内で何事も起こらない!という事はあり得ず、騒動を起こしつつ、一同はベレニケ領へと向かっていくのである。




