第57話 反旗を翻すマクシミリアン
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馬車がゆっくりと動き出し、王都の景色が車窓の後方へと遠ざかっていく。
「ベレニケ領か……懐かしいな……」
窓の外を眺めながら、ぽつりと呟いたのはマクシミリアンだった。
「ふふっ。マクシミリアン様は、ベレニケ領へ行かれたことがあるのですか?」
「ああ。昔、少しだけ滞在したことがあってね……。……………。」
過去の記憶を思い出し、彼の顔色がだんだんと青ざめていった。
「マ、マクシミリアン様? どうされたのですか、急にお顔の色が……」
心配そうに覗き込むリリィの言葉にも反応せず、拳を握り締め小刻みに震え始めるマクシミリアン。
その様子を見ていたヨハンが、手元の資料から視線を上げることもなく、ぽつりと呟いた。
「ああ。そういえば最後にベレニケ領に来た時、マクシミリアン殿はアリスに崖から突き落とされて『こんな狂った領地、もう二度と来るかぁぁぁっ!!』って泣き叫んで帰っていきましたね」
「「「!!!!」」」
ヨハンが放ったあまりにも衝撃的な過去の暴露に、同乗していたカイルやリリィたちは驚愕し、マクシミリアンはカッと目を見開き、青くなっていた顔を赤に変えアリスを指差し叫んだ。
「そうだ……! 思い出した!!お前っ! あの時……! 俺を問答無用で崖から突き落としやがって!」
「人聞きの悪いことを言わないでください、マクシミリアン様。あれはただの『自由落下における重力加速度の測定実験』です」
「なにが『自由落下における重力加速度の測定実験』だ!!それを突き落としたって言うんだ!!」
「ご安心ください。あの時のマクシミリアン様のデータのおかげで、人間が落下した際の空気抵抗と終端速度の計算式が完璧に証明されたのです。人のあらゆる落下について正確に落下地点の予測ができるようになりました!」
激昂するマクシミリアンに、全く悪びれることなく物理学の成果を語るアリス。さらに「ほう、人間の落下データですか。興味深い」と便乗し始めるセドリック。
さっそく始まった車内の騒動を前に、(もはや誰にも止められない)とカイルはそっと目を閉じようとしたその時……。
「ふざけるな!なにが『完璧に証明された』だ!!お前のその理論は間違っている!!」
マクシミリアンの反論に、アリスとセドリックはピタリと動きを止め、カイルは閉じかけた目を開き、
(もしこれでマクシミリアンが二人を完全に論破することができたら、最強のストッパーになるのでは?!)と藁にもすがる思いでその様子を見守った。
「間違ってる?」
「なぜだ? 言ってみろ」
「俺はあの時、分厚い外套を着ていた! おまけに俺は、空中で手足をバタつかせていた!!」
「ええ、それはもう見事な暴れっぷりでした。おかげで軌道が少し逸れましたが」
「そこだ!!」
マクシミリアンはビシッとアリスを指差し、ドヤ顔で言い放った。
「終端速度 $v_t$ を求める計算式は $v_t = \sqrt{\frac{2mg}{\rho C_d A}}$ のはずだ! だが、空中で暴れ回る人間の投影面積 $A$ と、風の影響を受けた外套の抗力係数 $C_d$ は常に変動し続ける! つまり、あの時の俺の落下速度は一定の条件を満たしていない! お前の取ったデータは、変数が多すぎるイレギュラー値だ!! あの実験で理論が実証されたなどと、物理学的には断じて認められん!!」
「「「…………っ!!」」」
そのあまりにも論理的で的確な指摘に、車内にいた全員が息を呑んだ。
「ああっ……!」
アリスは雷に打たれたように目を見開き、ワナワナと震える両手で頭を抱えた。
「な、なんという初歩的なミス……! 人間を剛体として計算してしまっていた……! マクシミリアン様の仰る通りです。姿勢変化による投影面積のブレと、布の流体力学的な影響を排除しなければ、正確な重力加速度の実証にはなりません……っ!」
「なるほど、素晴らしい指摘だマクシミリアン殿」
セドリックもまた、感心したように顎に手を当てて深く頷いた。
「対象が不規則に動くことで生じる空気抵抗の乱れ……。確かにそれでは正しいデータは取れない。となれば、次回は対象を魔法で完全に拘束し、空気抵抗が一定になるよう流線型の姿勢で固定した上で落とす必要がありますね」
「はいっ! セドリック様、次は風魔法で外套もピッタリと身体に密着させて……」
「違う!そんな状態を人の落下と言えるか!!!そもそもあの時の実験は無意味だったんだよ!」
息を荒くして叫んだマクシミリアンは、一度すうっと深く息を吸い込み、ビシッとアリスに向けて再び指を突きつけた。
「だいたいな! お前はあの時、『転移魔法を使用した際の座標のズレが生じる限界値』を計算したいと言っていたはずだ!」
「はいっ。空間跳躍後の微小な座標誤差が、重力加速度と空気抵抗によって空間にどのような影響を及ぼすかを――」
「なら、人間を崖から突き落としてデータを取ろうという発想自体が根本的に間違っているんだよ!!」
怒り心頭のマクシミリアンの声が、狭い車内に響き渡る。




