第56話 出発前のひと悶着
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王太子の激励も終わり、いよいよ視察団が馬車へ乗り込み出発しようと事務官が馬車の割り当て読み上げた時にそれは起こった……。
「第一馬車(王族用の特別大型馬車)には、カイル殿下とその側近セドリック殿、解説役のアリス嬢に有事の盾役としてマクシミリアン殿」
「第二馬車には、王太子殿下直下の側近(実務官)たち」
「そして第三馬車に、次期領主として同行するヨハン殿と、マクシミリアン殿の婚約者リリィ嬢」
その手はずだったが……
割り当てを聞いたカイル殿下が、必死の形相で事務官に詰め寄った。
「待て! 絶対にヨハンは第一馬車に同乗させろ!」
「えっ、ですがカイル殿下。ヨハン殿は次期領主として、道中は第三馬車で現地の資料を確認する手はずになっており……」「資料の確認など後でいい! 」カイルは大声で主張した。
(アリス嬢とセドリックの最強コンビを、私一人で止められる訳がない! 絶対に無理だ! 唯一の常識人でアリス嬢の兄であるヨハンをなんとしても味方につけなければ……)
兄から『手綱を握れ』と厳命された以上、使える唯一のストッパーであるヨハンは自分の手の届く範囲に置いておきたかった。
すると、 カイルの主張を聞いていたマクシミリアンが「それなら、私はリリィと同乗させてください! 私はリリィの傍にいたい!」
「マクシミリアン様……っ!」マクシミリアンに縋りつかれたリリィも、両手を握り合わせて感動の涙を浮かべている。
「お前ら……視察をなんだと思っているんだ」
カイルは頭を抱えた。だが、リリィと引き離された不満からアリスと衝突されても困る。
ふと、カイルは少し離れた場所で出発を待っている「王太子の側近たち」が目に入り、助けを求めるように視線を送った。彼らも、この国の最高頭脳にしてエリート中のエリートたち。なんとか彼らを第一馬車に引き込むことできれば、少しは「常識的な空間」を確保できるかもしれない。
しかし……王太子の側近たちは、全員が一歩、後ずさった。
彼らは、脳が焼き切れるような思いをしながら物理概念を叩き込まれた生徒(被害者)たちでもある。 アリスが無自覚にどれほどの恐ろしい事象を引き起こし、セドリックが彼女の理論を魔改造しどれほど厄介な事態を招くか、彼らは骨の髄まで熟知していた。
側近たちが第一馬車の方へチラッと視線をやると、そこではアリスが馬車の車輪の下を覗き込み、「ふむ、この板バネの弾性係数と減衰力が……」とブツブツ呟き、その側でセドリックが「なるほど、私が魔力で減衰係数を補完しましょう」と熱心に提案していた。
(((あそこに乗ったら、間違いなく『物理実験』のモルモットにされる……ッ!)))
カイルと視線が合った瞬間、王太子の側近たちは見事な連携でスッと目を逸らし、背筋をピンと伸ばして敬礼した。
「王太子殿下より『実務を滞りなく進めよ』と厳命されておりますゆえ、我々は第二馬車にて、視察における事前資料の精査と、物理道具の導入計画書の作成に専念いたします!!カイル殿下、 道中のご武運を、心よりお祈り申し上げます!!」
「武運ってなんだ!? 視察だぞ!! お前たち、私を見捨てる気か!!」
側近たちは「聞こえない、聞こえない」とばかりに、逃げるような猛スピードでそそくさと第二馬車へ乗り込み、内側からカチャリと鍵をかけた。彼らは優秀なエリートであると同時に、アリスの危険性を熟知し完全回避する能力にも長けていたのである。
頼みの綱を失ったカイルは、深い深い絶望のため息を吐き、第一馬車の方へ目を向けると、当の本人たちは、馬車の構造の観察に夢中で、誰がどこに乗るかなど全く聞いていなかった。
「 もう全員、第一馬車に乗れ! 特別製の大型馬車だから六人くらい乗れるだろう!」
こうして、本来の割り当ては白紙撤回されーー
アリス(研究第一)、セドリック(アリス第一)、マクシミリアン(囮役)、リリィ(アリス信者)、ヨハン(巻き込まれ常識人)、カイル(不憫な手綱)が一台の馬車に押し込められることになったのである。




