第50話 ベクトルの高速移動
フライング投稿(予約投稿するつもりが少し早めに投稿してしまいました)
※毎日 朝5時に予約投稿で更新中
「セドリック、リリィ嬢……ちょっと来い!」
カイル殿下は疲労を滲ませた顔で、アリスから少し離れた場所へ二人を呼んだ。
これ以上、アリスの目の前で的外れな会話を続けさせても事態は悪化するだけだ。カイルは、一番の元凶である側近の肩をガシッと掴んだ。
「……セドリック。いいか、よく聞け。これ以上アリス嬢を理詰めで追い詰めてみろ。お前、本当に彼女から嫌われるぞ」
「なっ……!?」
『嫌われる』。
その一言は、セドリックに特大のクリティカルヒットを与えた。彼の顔からサッと血の気が引き、まるで叱られた大型犬が耳と尻尾をシュンと垂らしているかのようだった。
「そ、そんな……! 私はただ、あの美しい発想力とその理論に惹かれ、彼女の聡明さと、時折見せる可愛い反応が心から愛おしくて……! 決して嫌われたいわけでは……!!」
パニックになったセドリックの口から、アリスへの好意とベタ褒めの言葉が溢れ出した。
それを聞いた瞬間――リリィは、パチパチと瞬きをしながらセドリックを見た。
「セドリック様……? あなたもアリス様の『尊さ』に気づいておられたのですね!?」
「え? と、尊さ?」
「はい! アリス様のあの凛としたお姿、誰にも真似できない知性、そして時折見せる可愛らしいお姿! わかります、わかりますとも! 私、セドリック様を冷血漢だと誤解しておりましたわ。アリス様をそこまで深く愛していらっしゃるなんて……。私、お二人の恋を全力で応援いたしますわ!!」
「リ、リリィ嬢……! ありがとう、なんと心強い!」
アリス信者と、恋人立候補者の利害が完全に一致し、二人は熱い握手を交わした。「アリス推し同盟」が結成されたのである。
「え……? は? いや、悪魔退治は……? 極意は……?」
なぜか彼らについて来て、その様子を見ていたマクシミリアン。あまりの展開に、完全に思考が停止し、口をポカーンと開けて立ち尽くしている。
そして、もう一人…
(まずい……この二人を組ませたら、確実にアリス嬢への重すぎる愛が暴走して、さらに厄介な方向へ向かいかねないぞ……!)
カイルの心労は、限界突破しようとしていた。
一方、一人ポツンと残され、演習場の隅で膝を抱えていたアリスは、ぽかんと彼らを見つめていた。
泣き叫んでいたと思えば怒り……、かと思えば、今度は両手を胸で握り締め、うっとり拝んでるリリィ様。セドリック様は、絶望したように項垂れ、必死の形相で何かを訴えている……、かと思えば晴れ晴れとした顔になったり。そして、マクシミリアン様は自信満々にどや顔をしていたかと思えば、だんだん顔色を失い呆然としてる。カイル殿下に至っては、セドリック様に何かつぶやいたかと思えば、こちらはどんどん顔に疲労を滲ませながら、胃を押さえ、頭を抱えている。
(なに?あのベクトルの高速移動?……異常すぎるわ!一体何が起こってるの?)
あまりにも馬鹿馬鹿しく、カオスな空間……それを見た瞬間、自分の理論が魔改造されたことに対する悔しさなど、スッとどこかへ消え去り、観測魂に火がともった。
(なんであんなに悩んでたのかしら……。それよりも、あのベクトルの異常な高速移動……興味深いわ!……そうよ!あのセドリック様の理論にベクトルの移動を組み合わせたら……!)
「……セドリック様!!」
「あ、アリス嬢!? 私はただ――」
「さっきの防壁の式ですが……」
アリスは急いで駆け寄り、かつての自信に満ちた(そして少し凶悪な)笑みを浮かべた。
「生体感知の数式はどう設定したんですの!? あれだと、飛んでくる虫の羽音にも反応して無駄な魔力を消費しませんこと!?セドリック様が考えた数式にベクトル移動の数式を合わせたら…」
「おおっ!さすがアリス嬢!! 生体感知にベクトル移動の組み合わせ……、面白い!!」
完全復活を遂げたアリスとセドリックは、新たな理論に興奮し数式の議論へと飛び込んでいった。
二人とも水を得た魚のように目を輝かせ、白熱した魔法理論の語り合いを始めたのであった。
「ああ……お二人とも、なんて尊い……」
リリィは両手を頬に当て、うっとりとした顔でその光景を見守っている。
「ひぃっ……!? あ、悪魔が……悪魔が復活した……!!」
マクシミリアンは、かつてのトラウマを刺激され、真っ青な顔で小刻みに震えている。
「…………」
アリスの復活にセドリックという相乗効果が加わり、信者化したリリィと使い物にならないマクシミリアン。全員が、いつ爆発するかわからないという地雷だらけのメンバーたちを前に、カイルは眉間にしわを寄せ頭を抱えるのだった。




