第4話 理解不能なノイズ
夏休みが明け学園に戻ると、案の定「公爵子息による婚約破棄」の噂が広まっていた。 廊下を歩けば、同情の視線や、隠しきれない嘲笑が向けられる。
(ふむ、周囲の反応による精神的圧力――いわゆる社会的摩擦抵抗ね。興味深いけれど、私の内部エネルギーに干渉するほどの影響はないわ)
私は周囲の雑音を、ただの「ノイズ」として聞き流した。
ところが、一番この状況を根に持っていたのは、当のマクシミリアン様だった
公式には「円満な解消と新たな婚約」として処理されたことで、彼が期待していた「悪女を成敗したヒーロー」としての劇的な結末が得られなかったからだろう。
「おい、アリス! 見ろ、これが本物の愛の絆だ!」
研究室へ向かう私の前に、彼はわざわざ新たな婚約者であるリリィ様を伴って現れた。
これみよがしに彼女の肩を抱き、こちらを挑発するように見せつけてくる。周囲の生徒たちが「なんて残酷な……」とささやく中、私は立ち止まり、じっと二人を観察した。
(面白いわ。マクシミリアン様の視線の角度はリリィ様ではなく、私に向けられている。つまり、彼の行動のベクトルは『愛の誇示』ではなく『自己正当化のためのデモンストレーション』に依存しているのね)
隣のリリィ様も勝ち誇った笑みを浮かべているが、その口角の引きつり具合から見て、笑みの維持には相当の精神的トルクを必要としているようだ。
「……アリス様? 何かおっしゃったらどうなんです? 悔しいでしょうけれど、私はもう彼の正式な婚約者ですのよ」
「いいえ。お二人の親密度と、周囲の視線強度との相関関係を計算していただけです。お邪魔したようですね。それでは、私は研究室に行かなければなりませんので。ご機嫌よう」
「な、なんだと!?」
背後でマクシミリアン様が何か叫んでいるが、私は一瞥もくれなかった。
今の私には、彼の子供じみた当てつけよりも、研究中の空気抵抗を極限まで減らした環境下での魔力伝達効率の測定の方が、数万倍も重要だった。
私は白衣の裾をなびかせ、物理学と魔法の融合という名の聖域へ、迷わず足を踏み入れた。




