第3話 それぞれの報告と婚約解消
舞踏会での騒動を終え、私はかつてないほど足取り軽く実家へと帰り着いた。
玄関を開けるなり、出迎えてくれた父と母、そして兄のヨハンに、私は満面の笑みで報告した。
「お父様、お母様。お伝えしたいことがございます! マクシミリアン様との婚約が破棄されました!」
その場が凍りついた。 父は持っていたワイングラスを落としそうになり、母は扇で口元を押さえ、ヨハン兄様は階段の途中でフリーズしている。
「……アリス。今、『婚約破棄』と言ったかい?」
父の問いに、私は力強く頷いた。
「はい。マクシミリアン様が真実の愛を見つけてくださったおかげで、私の可処分時間は大幅に増加しました。これは我が家の研究資源の保全という意味でも、祝杯を挙げるべき事態です」
物理学的な視点で見れば、もはや機能不全に陥っていた婚約関係を維持することは、エネルギーの無駄遣い以外の何物でもない。
私の説明(という名の熱弁)を聞き終えた家族は、顔を見合わせた後、深い溜息をついた。
「……まあ、婚約破棄されたということ以外は何を言っているのかよくわからないけれど、アリスが幸せならそれでいいわ。無理に嫁いで、あんな公爵子息に尽くすよりは、この領地で一生暮らせばいいものね」
「ああ、ベレニケ家はアリスを養うくらいの余裕はあるから大丈夫だよ。マクシミリアン君とは縁がなかったんだ」
家族の愛は、時に物理法則よりも深い。彼らは私の「変人」ぶりを呆れながらも、そのままの私を受け入れてくれた。
その夜、ベレニケ家では「婚約破棄祝い」という、奇妙だが温かい晩餐会が開かれた。
一方で、マクシミリアンが戻ったグランディス公爵家でも、事態は驚くほど速やかに処理が進んでいた。
「父上、私はアリス嬢との婚約を破棄してきました。私にはリリィという真実の……」 「わかった。でも破棄はやめておけ、解消にしろ。その方が早く簡単に手続きが進むからな。それから、その子爵令嬢との婚約準備も進めておけ」
マクシミリアンの言葉を遮り、公爵は淡々と書類に目を落としたまま答えた。 息子が呆然とする中、公爵は冷徹に現状を分析していた。
数年前、ベレニケ家との婚約を結んだ当時は、あちらの持つ古代魔導具の利権に価値があった。だが現在、新たな魔道具が開発されたことにより、その利権はすでに失われている。公爵家にとって、アリスを迎え入れるメリットは消失していたのだ。
大きなデメリットはないが、メリットもない。公爵にとって「馬鹿な息子がやらかした不祥事を、痛手を少なく迅速に終わらせる」ための最善策に過ぎなかった。
こうして、マクシミリアンの意図した「相手の瑕疵による劇的な婚約破棄」は、父親の冷静な判断により事務的な「婚約解消」としてあっさりと処理され、彼は即座にリリィとの新たな婚約を手に入れたのである。




