第46話 追いかける側近と逃げる令嬢
予約投稿日を間違えて予約していたため本日5時に更新できてませんでした。
楽しみに待ってくださってた方、朝からお待たせしてしまい大変申し訳ありません!
無事に最新話をアップいたしましたので、本日のお話も楽しんでいただけると嬉しいです!
その日を境に、王宮の演習場では、同じ光景が繰り返されるようになった。
「アリス嬢。昨日の『熱力学』の数式ですが、私のマナを干渉させて再構築したところ、冷却機能の追加と同時にエネルギー効率を五十パーセント向上させることに――」
「ひっ……! 私は図書室へ行ってきますわ……っ!」
「え? ア、アリス嬢!? 待ってくれ、この理論の素晴らしい点について君と語り合い――」
ダダダダダッ!
セドリック様が伸ばした手も空しく、私は猛スピードでその場から逃げ出した。
(もう嫌だぁぁぁ! セドリック様のバカ! 私のささやかな自尊心をこれ以上抉らないでぇぇぇ!)
涙目で王宮の廊下を全力疾走しながら、私は自分の心が乱高下を通り越し、完全に地獄の底へと急降下していくのを感じていた。
* * *
「……行って、しまった」
ぽつんと取り残されたセドリックは、手元にある改良レポートを見つめ、肩を落とした。
彼の心は深い混乱と、悲壮感で満ち溢れていた。
(なぜだ……。昨夜は徹夜でこの数式を組み直したのに。彼女の素晴らしい理論をさらに昇華させれば、また以前のように、目をキラキラと輝かせて喜んでくれると思ったのに……)
女性に対して嫌悪感しか抱かなかったはずの自分が、今は、一人の令嬢の無邪気な笑顔が見たいと渇望している。それなのに、自分が近づくたびに、彼女は怯えた小動物のように逃げ出してしまうのだ。
「私、アリス嬢に何か不快に思われるようなことをしてしまったのだろうか……」
大型犬がしょんと耳を伏せて落ち込んでいるかのような、不器用な男の姿があった。
その様子を、少し離れた所から見ていた二人の男がいた。
王太子殿下と、カイル殿下である。
「……見事なすれ違いだな、カイル」
「ええ、兄上。全くです」
カイルは呆れと面白さが半分ずつ混ざったため息を吐き出し、王太子もまた、肩を揺らして低く笑った。
「しかし、まさか、あの『女性嫌い』が、一人の令嬢の後を必死に追い回す日が来るとは。……だが、なぜアリス嬢はあんなに逃げ回っているのだ? セドリックのあの顔と甘い声で語り掛ければ、大抵の令嬢は頬を染めてすり寄ってくるはずだが」
「兄上、アリス嬢は一般的な令嬢とは違います。彼女は生粋の『研究者』なのです」
カイルはセドリックを見ながら、可哀想な親友とアリス嬢の行動原理について話し始めた。
「セドリックの行動は至ってシンプルです。好きな令嬢が情熱を注ぐ分野で、自分も役に立てることをアピールしたい。」
「なるほど。優秀なオスとしての能力を示そうとしているわけか」
「一方、アリス嬢ですが、何年もかけて導き出した苦労の結晶を、セドリックによって――しかもたった数分で――上書きされ続けているのです」
「あー……」
王太子はすべてを察し、天を仰いだ。
「アリス嬢にとって、セドリックの純粋な好意は、ただのマウントにしか見えていないと?」
「その通りです。会うたびにあれでは心が折れ、彼の顔を見るだけで逃げ出したくなるのも無理はありません」
優秀すぎるというのも考えものだな、と王太子は苦笑する。
「誰か、セドリックに『令嬢への正しい口説き方』を教えてやるべきではないか?」
「セドリック本人が無自覚なのが一番厄介ですからね。私がフォローしてやってもいいのですが……」
カイルは、演習場に取り残され、落ち込んでいる親友を見つめ、悪戯っぽく目を細めた。
「こんな面白い状況を終わらせてしまうのは、少々もったいない……。いえ、もう暫く見守るべきではないかと」
「……お前も大概、性格が悪いな。ほどほどにしておけよ」
呆れながらも、王太子はカイルの肩に手をやり様子を見ることに同意した。
かくして、不器用な男と、自尊心を打ち砕かれた令嬢の果てしない鬼ごっこはまだまだ続くのであった。




