第44話 怒涛の一日
「それでしたら、殿下。本日、カイル殿下よりご報告のあった件が活かせるかと存じます」
「カイルの報告……ああ、ヨハンが語っていたというアレか」
「はい。ベレニケ領ですでに普及しているという『魔力のいらない物理道具』の件でございます。まずはその便利な道具を国中に流通させることで、人々に自然な形で物理法則の恩恵と概念を浸透させるのです。そこから本格的な物理学、ひいては殿下たちが先ほど実証した『物理魔法』の習得へと段階的に繋げていくのはいかがでしょうか」
側近の言葉に、王太子殿下はハッと目を見開いた。
「なるほど……! 座学でいきなり未知の理論を叩き込むより、生活に根付いた道具から『物理』という概念に親しませる方が理にかなっている。それに、魔力を持たない平民であっても、道具を介して物理の恩恵を受けられれば、国全体の生産力は飛躍的に向上する!」
「素晴らしい考えだ!ベレニケ領で実証済みならば、安全性も導入のしやすさも申し分ない」
カイル殿下とセドリック様も、その計画に賛同の声を上げた。
完全に方針を固めた王太子殿下は、力強く頷くと、側近たちに向けて高らかに命じた。
「よし、決まりだ! では、まずベレニケ領で使用されている道具について早急に調査しろ! それから……、ヨハンは卒業と同時に次期領主として仕事を覚えるに領地へ戻るという話だったな。その帰郷に同行し、ベレニケ領でどのように物理道具が使用されているか、直接視察してこい!」
「はっ!!」
側近たちが一斉に姿勢を正した。
「殿下。その視察、私も同行してもよろしいですか」
一歩前に出たのは、他でもないセドリック様だった。
「おお、セドリック自ら名乗り出るとは珍しい。だが、お前が行けばこれ以上ないほどの報告が期待できる。許可しよう」
極度の女性嫌いで面倒事を避ける彼が自ら進んで僻地への任務に立候補したことに、カイル殿下と王太子殿下は「流石だ」とばかりに深く、頼もしげに頷き合った。
しかし、真面目な顔で提案したセドリックの心の中は、彼らの期待とは全く違う感情で満たされていた。
(――これで、あの純粋で可愛らしい理屈をこねる彼女を育んだ環境を、そしてアリス嬢自身のことを……もっと深く知ることができる)
計算高い貴族の令嬢たちに辟易し、女性を遠ざけてきた自分に芽生えた、不器用で熱い感情。そんな彼の甘い内心など露知らず、王族たちは「セドリックがいれば安心だ」と満足げに頷いている。
「はっ!! では、セドリック様を筆頭に視察団を編成いたします!」
側近たちが一斉に姿勢を正し、力強い返事が生徒会室に響き渡った。
(……えっ、お兄様に聞いたってなに!?)
熱気にあふれる王太子殿下たちを余所に、私は部屋の隅でただ一人、何が何だかわからずに呆然とその光景を見つめていた。
演習中の安全処置で、暴発魔力を相殺してしまっただけなのに……。
そこから連行され、尋問され、泣きながら逆ギレした結果、なぜか私のオタク知識が国家規模の極秘プロジェクトに発展してしまった。
かくして。
ヨハンの呼び出しから始まった、たった1日の怒涛の出来事が引き金となり――この国の未来は、ここから大きく変わっていくこととなるのである。




