第43話 脅威を自覚する王太子殿下
このドタバタした部屋の空気に全く気付いていない天才がもう一人。 先ほどからピタリと動きを止め、虚空を見つめている。
「……兄上? どうかされましたか?」
カイル殿下が不思議そうに声をかけると、王太子殿下は自らの両手を見つめ、静かに息を呑んだ。
「……いや。アリス嬢の言う通りかもしれないと、痛感していたところだ」
「はい?」
カイル殿下には短くそう返したものの、王太子殿下の胸中では、己の内に芽生えた途方もない可能性と危機感に対する戦慄が走っていた。
(我々は彼女の理論を真っ先に理解し、あろうことか知らず知らずのうちに、実力行使できるレベルにまで昇華させてしまった)
(だが……この驚異の力を、ただ恐れ、我々だけの特権として秘匿するだけで終わらせてはならない)
未来の国王陛下は、ただ静かに、この現実をどう受け止めるべきかを高速で思案する。
(一部の人間だけが突出した力を持つから『脅威』になり得るのだ。ならば、国民全体の水準をこのレベルまで引き上げてしまえばいい。そうすれば、この力は脅威ではなく、いかなる他国の干渉も許さない強固な『盾』となる)
(そのためには、まず我々がアリス嬢からレポートの対処法を余すところなく聞き出し、安全な形で体系化する必要がある……!)
思考を巡らせ、驚異の力を「強国への礎」と反転させる最善の道筋を導き出した王太子殿下は、ゆっくりと顔を上げ、大きく息を吐き出した。
そして、皆を見渡すと……パンッ! と手を叩いて空気を引き締めた。
「さて。アリス嬢が少し落ち着いてきたところで、今後の対応について話をしよう。……まずはこの膨大なレポートの山だ」
王太子殿下は、天井に届きそうな書類の山を険しい目で見上げた。
「アリス嬢が安全な防御策を用意しているとはいえ、これらが持つ破壊力は本物だ。今日から何日、いや何ヶ月かけてでも、これらすべてのレポートを我々で精査する。そして、そこに記されたすべての事象に対する『防御策』を洗い出し、一つ一つ確実に実証していく。国家の安全確保が第一だ」
「御意」
セドリック様と側近たちが、一斉に深く頷く。
「それから、もう一つ」
王太子殿下はカイル殿下とセドリック様を見据えた。
「この『物理学』という概念……これはいずれ、我が国全体の教育水準と国力を根本から引き上げる鍵となる。一部の特権として秘匿するよりも、国中に広く普及させ、強国への要とすべきではないかと思うのだ」
「兄上の意見に賛成です。もちろん、危険な事象(兵器レベルの理論)は秘匿しつつ、基礎的な力学やエネルギーの法則を学園の必須科目に組み込むなど、段階的な導入が必要でしょう」
「左様ですね。まずは我々で安全性を完全に担保した上で、国王陛下に直接打診し、国を挙げた教育改革として進めるのが最善かと」
「そうだな。まずは王宮の要人から物理学を習得させ、貴族、そして庶民へと段階的に普及させていった方がいいだろう」
王太子殿下が深く頷いたその時、控えていた側近の一人が一歩前へ出て進言した。




