第39話 お菓子の包み紙と国家機密
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研究室に飛び込んだセドリック様と側近たちは、まるで劇物でも扱うかのような悲壮な顔つきで、私の愛しい研究資料を次々と大きな麻袋に放り込んでいった。
「セドリック様! その束は熱力学、そっちは流体力学のハイブリッド演算です!異なる 分類を混ぜないでください、情報のエントロピーが不可逆的に増大してしまいます!」
「あなたは、黙っていてください! ……あっ!そこのお菓子の包み紙の裏側に空間圧縮の数式らしきものがびっしり書かれています!!!」
「わっ!!!…… ふつうこんなところに書きますか!?」
「知りません!そんなことはいいですから、 とにかく早急に回収しましょう!」
私のささやかな抗議は完全にかき消され、彼らは文字通り「紙切れ一枚、メモ書きの端くれ一つ、お菓子の包み紙さえも」残さず、私の研究室からすべての情報媒体を根こそぎ奪い去っていった。
そして数十分後。
再び生徒会室へと連行された私は、机の上に積み上げられた「私の脳内出力結果の巨大な山」を挟んで、王太子殿下とカイル殿下と向かい合っていた。
天井まで届きそうな書類の山を前に、未来の国王陛下はすでに十歳は老け込んだような顔で、こめかみを強く揉みほぐしている。カイル殿下に至っては、完全に焦点の合わない目で虚空を見つめていた。
「……アリス嬢」
王太子殿下が、山の中から一枚のレポートを引き抜き、震える声でタイトルを読み上げた。
「『マナの波形を空間の位相に同調させた消費魔力百分の一の空間跳躍』……! こんなもの、軍に渡れば部隊丸ごと敵国の防衛線の裏へ送り込める究極の戦術魔法ではないか!!」
「戦術だなんて大げさな。単に三次元空間の座標軸を折りたたんで、始点と終点の位相を繋ぐ最も効率的なルート(ショートカット)を数式化しただけですわ。それに、人体や大質量を転移させるには、まだ空間の歪みに関する課題が残っていますし」
「課題以前の問題だ!お前は!! ……さらに……」
王太子殿下は頭を抱えながら、もう一枚のレポートを突きつけた。
「『重力場への干渉を利用した大質量の広域展開と地表における運動エネルギーの分散モデル』……。これは、要するに空から巨大な質量を持った物体を降らせて広範囲を更地にする、いわゆる『隕石落とし(広域爆撃)』の理論だな?」
「隕石だなんて物騒な。単に位置エネルギー $U = mgh$ を運動エネルギーに変換した際、地表へどのように衝撃波エネルギーが伝播するかをシミュレーションしただけですわ。あくまで机上の空論ですよ?」私が純粋な学術的アプローチとして答えると、今度はカイル殿下が別の束から一枚の設計図をつまみ上げた。
「では、これはどう弁明するんだ? 『不可視の遠隔音声波形観測器の設計図』……。風魔法による防音結界を完全に無視し、離れた場所から光の反射や微細な振動を利用して音声を復元する……これがあれば、各国の極秘会談すら丸裸じゃないか……ッ!」
「弁明も何も、ただの物理的な観測装置です。誰かの会話を盗聴するだなんて、そんな非生産的なことにリソースを割くつもりはありませんわ」
「君にそのつもりがなくても、他国に渡れば国が滅ぶんだよ!!」
カイル殿下がたまらず叫び、机に突っ伏した。
「……そして、極めつけはこれだ」
王太子殿下が、最も分厚いレポートの束をバンッと叩いた。
「『熱力学第二法則の局所的な逆行による永久凍土の生成シミュレーション』……! 一つの国を氷河の中に沈める気か!!」
「ですから、熱量の移動方向を逆転させる仮説を立てただけで……」
「それが実証できる頭脳を持っているから恐ろしいと言っているんだ!!」
王太子殿下は深く、重い溜息を吐き出し、ドサリと背もたれに体を預けた。
そして、積み上げられた紙の山と、どこ吹く風で小首を傾げている私を交互に見比べる。
「……兄上。いっそ、この書類の山ごと燃やして灰にしてしまいましょうか」
カイル殿下が物騒な提案をしたが、王太子殿下は力なく首を振った。
第38話で、誤字脱字の報告をしてくださった方、ありがとうございます!修正いたしました。




