第32話 判明!実は被害者だった!
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そして現在、「生徒会室」へと呼び出されたヨハン・ベレニケは、目の前に並ぶカイル殿下とその側近セドリックの冷徹な視線を浴びて、激しく動揺していた。
(そ、卒業間近になって、なぜ突然、生徒会から直々の呼び出しが!? 単位は足りているはずなのに……まさか卒業取り消し……!?)
ただでさえ怯えているところに、結局のところ王宮に呼び出されるのと何ら変わらないプレッシャーを受け、ヨハンは目を白黒させ、冷や汗を流していた。
そんな彼をソファーに座らせ、カイルはこれまで起きた出来事――アリスによる極秘の講義の凄まじさと、それがもたらす国家レベルの脅威について、淡々と概要を語って聞かせた。
「――というわけだ、ヨハン。君の妹、アリス嬢が我々に教授している『物理学』と、あの『魔力残滓』の特定技術。……あれは、今の魔法体系と国家防諜のあり方を根底から覆しかねない代物だ」
カイル殿下が、机に肘をついて静かに告げる。
「は、はい……? アリスが、殿下たちに……『きょうじゅ』している、ですか……?」
「隠さなくていい。これほどの超技術だ。アリス嬢がベレニケ家で育った以上、家族である君たちがその『基盤』を知らないはずがない。……なぜだ? なぜベレニケ家は、これほど凄まじい国家転覆級の発明を世に公表せず、彼女一人に隠し持たせていた?」
カイル殿下の問いは、政治的な刃そのものだった。 だが、ヨハンはただ呆然として、キリキリと痛み出した胃を押さえた。
「隠している、なんて滅相もない……! そもそも僕たち家族は、アリスが物心ついた頃から何を言っているのか、一言も理解できません。あの子が書斎の壁や床に描き殴る数式は、まるで狂人の呪文のようで……」
「……理解できなかった? 家族の誰も、あの洗練された数式の価値に気づかなかったというのか?」
セドリックが信じられないというように身を乗り出す。
「……価値、ですか? いえ、申し訳ありません、殿下たちがアリスの言葉の『何』をそんなに高く評価しておられるのか、僕にはさっぱり……」
ヨハンは本気で分からないというように首を傾げた。
「あの子は昔から『マナの振動数が励起した』だの『位置エネルギーの保存則』だの、よく分からない言葉をブツブツ言っていただけで……。父も母も僕も、『アリスは今日も賢くて可愛いね』『難しい空想が好きなんだね』と微笑んで見守っていただけなんです。……あの、アリスの空想が、何か問題でも起こしたのでしょうか……?」
ヨハンの、微塵も嘘のないピュアな困惑を前に、カイル殿下とセドリックは思わず顔を見合わせた。 (まさか、ベレニケ家は本当に、あの爆弾娘の異常性に気づかないまま、ただの『ちょっと変わった賢い令嬢』として生ぬるく愛でていたのか……?) という、恐ろしい事実が浮かび上がってくる。
「あ、ただ……」
ヨハンは、ふと思い出したように言葉を継いだ。
「あの子、時々ふらっと実家の台所や馬車小屋、それに領内の作業場に行っては、使用人や領民たちに『時間コストが勿体ないですから、これを使いなさい』って、妙な道具を配るんです」
「妙な道具?」 カイル殿下が眉をひそめる。
「はい。高価な魔法石も魔導具も一切使っていない、ただの鉄の歯車や滑車、クランクとかいう部品を組み合わせただけの奇妙な木箱なんです。……でも、それを使うと、大人の男が三人でも持ち上がらない大岩を、仕込みの女の子が片手で軽々と持ち上げたり、井戸の水を一瞬で汲み上げたり、領内の運搬効率がバカみたいに跳ね上がってまして……」
「…………」
「…………」
生徒会室に、本日何度目か分からない静寂が満ちた。
「……ヨハン」
カイル殿下が、先ほどまでの冷徹さを完全に消し去り、ひどく掠れた声で口を開いた。
「アリス嬢は先日、我々にこう言っていた。『理論は、実地データで証明してこそ意味を持つ』と。……君の妹は、その恐ろしい概念たちを、領地で実験……いや、検証していたということか?」
その言葉を聞いた瞬間。 ヨハンの顔から、サァッと全ての血の気が引いた。先ほどまでの「卒業取り消しの恐怖」など比ではない、魂の底から湧き上がるような純粋なトラウマの表情。
「……実験……検証」
空ろな目をしたヨハンが、震える唇を開く。
「……あれは……僕がまだ十歳の頃だったと思います……『遠心力とかなんとかの限界突破』を手伝ってくれとねだられ……よく解らないまま快諾すると……体を巨大な風車に縛り付けられて、丸一日、宙を振り回されたのが最初でした。……以来、僕は彼女の最も身近な『協力者』として、アリスの言う『検証』のお手伝いを数え切れないほど身体で味わってきました」
「ち、宙を……!?」
「僕だけではありません。むしろ、僕以上に過酷な環境に置かれていた者がいます。……彼女の元婚約者である、マクシミリアン殿です」
「なっ……!?」
カイルとセドリックが同時に息を飲んだ。
「彼は婚約者という立場上、アリスから『ちょっとこれを手伝ってほしい』と頼まれるたびに、その直撃を幾度となくその身に受けていました……」
「彼が婚約破棄をしたと聞いた時、確かに憤りはしました。ですが……僕は彼を責める気になれませんでした。むしろ……『よく今まで耐え抜いたな……』と……」
深い哀愁を帯びたヨハンの語りに、生徒会室は再び、重苦しい静寂に包まれた。
(あの、婚約破棄……!)
カイルは頭を抱えた。
(根底にあるのは……他に愛する女性ができたからでも、政治的理由でもなく……『致死量の実験からの逃亡』だったのではないか……?)
「……ヨハン・ベレニケ」
数秒の沈黙の後、カイルはゆっくりと立ち上がり、ヨハンの肩に優しく、ひどく労わるような手つきでポン、と触れた。
「えっ? あの、殿下……?」
「君は……よく今日まで無事に、生き抜いてきたな。我々は君を誇りに思う」
「同感です。貴方の強靭な精神力に、心からの敬意を表します」
セドリックまでもが、信じられないほど慈愛に満ちた目で深く頭を下げた。
処罰されるとばかり思っていたヨハンは、突然の王族からの崇拝と同情を前に、
「は、はい……?」
とただただ間抜けな声を漏らすことしかできないのだった。




