第31話 王族に呼び出された兄ヨハン
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学園生活も残りわずか。卒業を数日後に控えたベレニケ伯爵家の嫡男ヨハンは、冷や汗を拭いながら生徒会室の重厚な扉の前に立っていた。
「……僕、何かしたかな。いや、身に覚えがないぞ。単位も足りているし、器物破損もしていない。……まさか、アリスが何かやらかしたのか!?」
最愛の妹の顔が浮かび、ヨハンの血の気が引く。アリスは昔から、家族が理解できないような奇行……もとい、熱心な研究に没頭する癖があった。もし彼女が殿下に無礼を働いたのだとしたら、兄として腹を切る覚悟が必要かもしれない。
「失礼いたします、カイル殿下……」
震える声で挨拶し、入室したヨハンを待っていたのは、真剣な眼差しで彼を睨むカイル殿下と、その傍らでいつになく「熱烈な」眼光を放つセドリックだった。 目の前に並ぶ二人の冷徹な視線を浴びて、ヨハンは激しく動揺した。
***
ヨハンが呼び出される数日前の事。
王宮の私塾で行われた、アリスによる第20回「物理学特別講義」が終わった後。 黒板にびっしりと書き殴られた数式と、それによって証明される「既存の魔法を凌駕する効率化」を前に、王太子、カイル、そしてセドリックら側近たちは、深い疲労とそれ以上の戦慄を抱えながら密室に集まっていた。
「……凄まじいな。一介の伯爵令嬢の頭脳に、まさか国家のあり方を根底から変える『真理』が詰まっていようとは」
王太子がこめかみを押さえながら呟く。彼らはアリスのスパルタな講義を受け、物理学の知識を大方、習得していた。ゆえに、これが単なる新しい魔法などではなく、世界のシステムそのものをハッキングするような知識だと完全に理解していた。
「ですが兄上、僕が何より恐ろしいのは、彼女のあの『無自覚さ』です」
カイルが、エメラルドの瞳を細めて言った。
「彼女はこれほどの国家機密級の知識を、見返りも求めず、ただ『自分の言葉で議論できる相手が欲しい』という理由だけで我々に大盤振る舞いしました。知識を秘匿し、利権にするという政治的な概念が完全に欠如している」
セドリックも深く頷き、氷のような声で同意した。
「殿下の仰る通りです。もし他国のスパイが彼女に近づき、適当に知的な相槌を打っただけでも、彼女は嬉々としてこの技術の全てを喋ってしまうでしょう」
「……あり得そうだな……恐ろしい話だ」
王太子は顔をしかめ、直後、ハッと何かに気づいたように目を見開いた。
「ちょっとまて…、気づいたのだが……。よく、考えてみろ……、彼女が今になって突然この異常な知識に目覚めたとは考えにくい。あの息をするように数式を操る姿……間違いなく、幼少期からこの『物理学』とやらを実践しているはずだ。これほどの無自覚さで生きてきたのなら、実家の領地で、子供の頃から気まぐれに何かトンデモないことをしでかしている可能性が高いと思わないか?」
「「「 !!!!!! 」」」
「確かに……、早急に、ベレニケ家の過去と領地の内情を調べる必要がありそうですね」
カイルが腕を組み、思考を巡らせる。
「彼女の生い立ちを知る身近な人物から聞き出すのが一番ですが、当主である伯爵を王宮に正式に呼び出せば、不必要に警戒されますし、他派閥の目も光る。何より、彼女に怯える近衛隊長のような混乱は避けたい」
「……どうするカイル」
「学園にアリス嬢の1つ上の兄ヨハンがいます。最上級生で、まもなく卒業を控えていますが、今なら、卒業間近の最終手続きの確認など、適当な事務の理由をつけて呼び出すことができます。重苦しい王宮よりは、彼も緊張せずに本音を漏らすはずです」
「よし、頼んだぞ、カイル。セドリック、お前も立ち会え。ベレニケ家がどこまで彼女の異常性を把握しているのか、全て吐かせろ」
「「御意」」
こうして、知識の爆弾娘を抱えるベレニケ家の長男を捕獲し、真実を聞き出すミッションが確定したのである。




