第22話 令嬢の純粋な疑問は、時に最強の脅迫となる
「殿下が、お目覚めに……!?」
「ああ。どうやら口にした瞬間に毒に気づき、すぐに吐き出されたらしい。また、即時、解毒魔法も施されたため、命に別状はないとのことだ。……だが、これでカイル殿下の罪が消えるわけではない!」
「ならば、せめて王太子殿下にお目通りを! 私が直接、カイル殿下の無実を証明する手がかりについてお話ししたい! それが無理なら、せめて私が面会を求めていることだけでも伝えてくれ!」
必死に食い下がるセドリック。
だが、隊長は
「容疑者の側近の言葉など取り次げるか」
と冷たく背を向けようとした。
(……ふむ。社会的な地位と規則という壁は、物理的な障壁よりも突破にエネルギーを要するわね)
私は二人のやり取りをぼんやりと眺めながら、暇つぶしに『視界のレイヤー』を切り替え、周囲のマナの波長を観測していた。 そして、目の前に立つ騎士隊長の制服に、奇妙な『干渉縞』が発生していることに気がついた。
「あら……?」
思わず口から声が漏れた。
「何だ、令嬢。貴族の娘だからといって、ここは我儘が通る場所ではないぞ」
隊長が不機嫌そうに私を見下ろす。
私は彼の言葉を完全に無視して、その胸元に付着している魔力残滓の波長を、脳内のデータベース(舞踏会で暇つぶしに観測した参加者たちの波長データ)と照合した。
「これは……アクレシア公爵夫人、リーベルト伯爵夫人、マイルズ子爵夫人に……あら、夫人の娘であるバイオレット嬢の波長まで混ざっていますわね」
「……は?」
「繊維の奥深くにまで、それぞれの波長が非常に強く絡み合って定着していますわ。いったいどうすれば、これほど複雑な干渉縞が形成されるのかしら……」
ピタリ、と隊長の動きが止まった。
その顔から、みるみるうちに血の気が引いていく。
「な、ななな、なぜ、お前がその名前を……っ!?」
隊長はまるで死神に宣告されたかのようにビクッと肩を震わせ、私を凝視した。
(あら? なぜそんなに怯えた目で見られるのかしら。私はただ、付着している波長を読み上げただけなのに)
見られていることに気づいた私は、とりあえず礼儀として、ニコリと無邪気に微笑んでみせた。
「ひっ……!」
隊長は小さく悲鳴を上げ、さっと目を逸らした。
(あ、あれをバラされたら、俺は騎士団を追放されるどころか、公爵や伯爵たちに消される……! なぜだ……なぜ、この令嬢は知っている。この令嬢は何者だ!?)
「隊長!?」
部下の騎士たちが不審そうに声をかけると、隊長は裏返った声で叫んだ。
「す、すぐに王太子殿下に取り次いでまいります!! お、お待ちください!!」
隊長は、まるで背後から魔獣に追いかけられているかのような猛烈な速度で、廊下の奥へと消えていった。
「……そういう活用方法もあるのか……」
一連のやり取りを傍で見ていたセドリック様が、呆れと感心が入り混じったような声でポツリと呟いた。
(ん?)
思考の海から現実へと浮上した私の耳にその呟きが届き、不思議に思って小首を傾げる。干渉縞のメカニズムについて、彼も何か新しい仮説を思いついたのだろうか。
「活用方法とは、何のことですか――」
私がそう尋ねようと口を開いた、まさにその時だった。
「お、お待たせいたしました! 王太子殿下が、お前たち……いえ、お二方をお呼びでございます!」
息を切らし、青ざめた顔のまま戻ってきた隊長が、震える声で恭しく頭を下げた。
どうやら王太子は、意識を取り戻した直後にもかかわらず、セドリックと共に「例のベレニケ嬢」が来ていると知るや否や、直ちに二人を寝室へ通すよう命じたらしい。
かくして、強固な社会的障壁は、なぜかあっさりと崩れ去り、私たちは王宮の最奥――王太子の待つ寝室へと足を踏み入れることになったのである。




