第19話 狂人の落書き
※第18話・第19話は同時投稿です
セドリックは涼しい顔で淡々と続ける。
「落ち着いてください、殿下。先ほどから申し上げている通り、単なる『効率化』です。対象の質量を計算し、重力と空気抵抗のベクトルを相殺しているだけですので、魔力を属性に変換するような無駄な工程は省いております」
「……っ」
その、あまりにも常識外れな(そして意味不明な)説明を聞いて。
カイルは、大きく肩で息をしながら、ドサリと椅子に崩れ落ちた。
「……はぁ、はぁ……これが君の言っていた『効率化』か……」
カイルは乱れた衣服を整えながら、信じられないものを見る目でセドリックと宙に浮く書類を交互に見た。魔法の気配(属性への変換)が一切ないにも関わらず、事象だけが完璧に制御されている。
こんなふざけた御業を「ちょっと効率化しました」程度の顔でやってのけるのだ。
これを見せられれば、あのアリス・ベレニケがいかに常軌を逸した存在であるか、認めざるを得ない。
「……セドリック。君、とんでもない事をしでかした自覚はあるかい?」
その時、カイルの脳裏に「あるもの」が閃いた。
「……待てよ、セドリック。君がアリス嬢のその『原理』とやらを理解し、習得したというのなら……もしかして、『あれ』も読めるんじゃないか?」
「あれ、とは?」
「これだよ! 君が以前、彼女から受け取ってきた、『魔力残滓』のレポートだよ!」
そう言いながら、カイルは引き出しからレポートを取り出した。その言葉に、セドリックもハッとした。
あの日、密命を思い出したセドリックが魔力残滓について尋ねると、アリスはあっさりと束になった数式と図形のレポートを渡してくれた。
『好きに使って構いませんわ。どうせ、周波数や波束の収縮といった概念を理解できなければ、この技術は使いようがありませんから』
彼女の言葉通りだった。
そのレポートはカイルから王太子へと渡り、最終的に国家の最高頭脳が集う「王立研究所」に持ち込まれたが、高名な魔法学者たちは誰一人としてその数式を解読できず、「狂人の落書きだ」と匙を投げたばかりだったのだ。
セドリックは、カイルからそのレポートを受け取った。
一ヶ月前はただの図形の羅列にしか見えなかったそれが、今はまるで母国語のようにスラスラと脳内に入ってくる。
(干渉縞の形成……マナの特定波長に対するフィルター効果……。そうか、自身のマナを網膜の周囲に特定の振動数で展開し、外部の残留マナと共鳴させるのか!)
「読めます……。いえ、今なら、再現できます」
セドリックがレポートの通りに己の魔力を微調整し、瞳に薄い膜を形成した瞬間だった。
「……っ!」
セドリックの視界が劇的に変貌した。生徒会室の机、カイルのペン、扉のノブ。あらゆる場所に、それぞれ異なる淡い光の波長(指紋)が、鮮やかな色となってこびりついているのが見えたのだ。
「殿下、見えます。室内に残留する、あらゆる者の魔力残滓が……!」
アリスが見ていた世界に触れた感動で、セドリックの声が僅かに震えた。
と、その時!




