第17話 暴かれた秘密の逢瀬と、落胆する王子
セドリックは、指先から伝わる微かな魔力の振動を感じ取っていた。
アリスの教えは、魔法を「操る」のではなく、世界の「仕組み」に従って魔力を配置するというものだった。一度その感覚を掴めば、驚くほど滑らかに物質が言うことを聞く。
(ついに、使いこなせるようになった。……だが、これを使うにはどう切り出すべきか)
セドリックは、自在に操れるようになった己の魔力と、机上に積まれた書類の束を見つめながら、深刻な悩みに突き当たっていた。
生徒会室でいきなり書類を浮かせて飛ばせば、周囲は混乱に陥るだろう。カイル殿下への説明はどうする? 魔法の概念自体を塗り替えるこの術を、誰の許可もなく使い始めてよいものか。
(アリス嬢からは『原理さえ理解できれば誰が使ってもいい』と許可を得ているが……。スムーズに運用を開始するには、殿下に真実を話すしかないのか……)
仕事中毒の彼にとって、手に入れた武器(効率化)を使わずに眠らせておくことは、何よりも苦痛であり、最大の悩みであった。
* * *
同じ頃、生徒会室で一人、カイルは手元の調査書を閉じて薄く笑った。
「……特定したよ、セドリック。君の行き先は、やはりベレニケ嬢の研究室だったか」
カイルは、密かに動かしていた諜報員からの報告を確認した。セドリックは毎日、決まった時間に旧校舎の奥へと姿を消している。そこは間違いなく、あのアリスの研究室だ。
(あの女嫌いのセドリックが、毎日一人の女性の元へ通い詰めている。しかも、戻ってきた時のあの満足げな顔……。あのセドリックが……まさか、恋?)
カイルは顎に手を当てて思考を巡らせた。セドリックの性格からして、色恋沙汰にうつつを抜かす姿は想像しにくい。だが、あのアリスという「規格外」が相手なら、セドリックの鉄壁が崩されたとしても不思議ではない。
(あんなに楽しそうに隠し事をするなんて、親友としては少し寂しいけれど……。主君としては、その正体を暴かないわけにはいかないな…)
カイルは、ほくそ笑んだ。側近が隠しているのが「恋」なのか、それともさらに「面白い何か」なのか。
「……楽しみだよ、セドリック。君が僕にどんな言い訳を用意しているのか」
カイルはチェスの駒を一つ進めるように、明日の計画を脳内で確定させた。
完璧な側近の秘密が、ついに白日の下に晒されようとしていた。
* * *
生徒会室に、午後の柔らかな光が差し込んでいた。
いつものように静かに書類を整理するセドリックに対し、カイルはわざとらしく重い溜息をついてペンを置いた。
「ねえ、セドリック。最近、君は図書室が本当にお気に入りだね。……それとも、旧校舎のあの研究室が居心地いいのかな?」
セドリックの手が、ぴたりと止まった。カイルの言葉には、確信めいた響きがあった。
カマをかけられたのだと即座に理解したセドリックは、数秒の沈黙の後、顔を上げて主君を真っ直ぐに見つめた。
(……隠し通すのは不可能か。ならば、当初の予定通り『効率化』という事実を提示するまでだ)
「お耳が早いですね、殿下。……左様でございます。私は現在、ベレニケ嬢の元で、ある事を学んでおります」
「……へえ。思ったより素直に白状したね」
カイルは身を乗り出し、面白そうに目を細めた。
「女性嫌いの君が、毎日ベレニケ嬢の元へ通っている理由。やっぱり、特別な感情が芽生えたのかい?」
「いえ、決して特別な感情ではありません。私が興味を抱いたのは、彼女が構築した『事象の捉え方』です」
セドリックは、アリスから教わった概念を、自分なりの言葉――すなわち物理用語を排した一般的な語彙に変換して説明し始めた。
「彼女の理論を応用すれば、魔法を属性として発現させる前の段階で制御し、執務の劇的な効率化を図ることが可能です。今日からその成果を実務に導入しようと考えておりました。殿下にも、折を見て私が彼女から教授された『事象の捉え方』をご説明するつもりです」
「ふーん……」
カイルは少し、がっかりしたように肩をすくめた。
「なんだ。もっと劇的なロマンスを期待していたんだけど。効率化?単なる仕事の話?
はあ……。セドリック、君らしいけど、少し期待外れだね。まあいいよ、効率化ね……好きに取り入れてよ……」
カイルは興味を失って、再び書類に目を落とした。彼にとって、セドリックの言葉は「少し便利になった」程度にしか響いていなかった。あくまで、セドリックのいつもの真面目さからくる誇張だと判断したのだ。




