番外編 第二王子の想い人③
※本編完結済み
現在、番外編を朝5時・午前11時の1日2話で予約投稿しています。
卒業後のアリスたちを、もう少しだけお楽しみください。
砂漠の変換装置が完成してから、一年が過ぎた。
伯爵領の財政は安定し、魔石の生産量も順調に増えている。
エレノアは、装置の状況を王家へ報告するため、王宮を訪れていた。
報告を終えて部屋を出ると、廊下で待っていたカイルから声をかけられる。
「少し、時間をもらえないか?」
「構いませんが、まだ何か確認事項がございましたか?」
「確認したいことはある。だが、領地の報告ではない」
カイルは、エレノアを中庭へ連れていった。
かつて、落石から自分を守った時と同じように、エレノアはカイルの一歩前を歩いている。
中庭の奥へ着くと、カイルは立ち止まった。
「エレノア」
「はい」
「私と、結婚してほしい」
エレノアの動きが止まった。
振り返った顔には、喜びよりも驚きが浮かんでいる。
「……私と、ですか?」
「他に誰がいる」
「ですが、私は裕福でもなければ、王家へ納められるほどの持参金もございません。王子妃となるための教育も、十分には受けておりません」
「持参金はいらない」
カイルは、迷うことなく答えた。
「王家は、お前から金を受け取らなければならないほど困ってはいない」
「それでも、私などが殿下の妃になることは――」
「私などと言うな」
カイルの強い声に、エレノアが口を閉じた。
「お前は、自分の領地を立て直した」
「それは、殿下や研究所の皆様が力を貸してくださったからです」
「装置を用意しただけでは、領地は立て直せなかった」
カイルは、エレノアを真っ直ぐに見つめた。
「砂漠の状態を調べ、住民を説得し、装置を維持する制度を作り、得られた利益を領地のために使ったのはお前だ。誰か一人でも欠ければ成功しなかったとしても、お前の働きが消えるわけではない」
「ですが、王子妃は領地の管理とは違います」
「違うからこそ、お前の力が必要だ」
カイルは一歩、エレノアへ近づいた。
「価値がないと諦められていた土地に向き合い、人々の声を聞き、利用できるものを見つけた。その経験を、今度は王子妃として国のために生かしてほしい」
エレノアの瞳が揺れる。
「私は、お前の家柄や持参金を求めているのではない。お前の知識と判断を信頼している。そして、それ以上に――私は、お前が好きだ」
「殿下……」
「落石から助けてもらったからではない。領地を立て直したからでもない。どのような状況でも、自分より先に他人のことを考えるお前を、ずっと側で見ていたいと思った」
カイルは、エレノアへ手を差し出した。
「私の隣で、一緒に国を支えてほしい」
エレノアは、差し出された手を見つめた。
生涯、結婚はしないつもりだった。
弟のため。
領地のため。
持参金を用意できない自分には、結婚を望む資格などないと思っていた。
だが今、カイルはその全てを知ったうえで、自分を必要だと言ってくれている。
エレノアは震える手を伸ばし、カイルの手へ重ねた。
「私でよろしければ……」
「お前がいい」
即座に返され、エレノアの目から涙がこぼれた。
「謹んで、お受けいたします」
カイルは安堵したように息を吐き、エレノアの手を強く握った。
その日、第二王子カイルとエレノアの婚約が決まった。
◇
「そうか! 受けてもらえたのか!」
報告を聞いた王太子は、椅子から勢いよく立ち上がった。
普段の落ち着いた姿からは想像できないほど、満面の笑みを浮かべている。
「おめでとう、カイル!」
「ありがとうございます、兄上」
「お前が生涯独身になるのではないかと、一時は本気で心配したぞ」
「そこまで心配されていたのですか?」
「当然だ。可愛い弟の幸せを願わない兄がいるものか」
王太子は何度も頷いた後、ふと首を傾げた。
「しかし、よくエレノア嬢を説得できたな。持参金はいらないと伝えるだけでは、納得しなかったのだろう?」
「はい。ですから、まず彼女自身の力で領地を立て直せるようにしようと考えました」
カイルは、砂漠の変換装置を作ることになった経緯を説明した。
リリィへエレノアの好みを尋ねたこと。
マクシミリアンに誤解されたこと。
その場で領地の話になり、砂漠の熱を利用する案が出たこと。
本人が開発へ携われば施しにはならないと、マクシミリアンに助言されたこと。
最後まで聞いた王太子は、目を見開いた。
「マクシミリアンが……?」
「はい。あの提案がなければ、今もエレノアを口説く方法を考えていたかもしれません」
「そうか」
王太子は考え込んだ。
マクシミリアンは、かつて学園で婚約破棄を宣言し、婚約解消後も元婚約者であるアリスの実験巻き込まれ続けた青年だった。
特別日程を組まれ、物理学を含む多くの課題を課され、不満を口にしながらも最後までやり遂げた。
騎士となった後も、魔道具の開発や遺跡調査へ参加し、少しずつ経験を積んでいる。
今回の提案も、単に思いつきを口にしたものではない。
砂漠の熱をエネルギーとして捉え、代替魔道具の仕組みへ結びつけた。
さらに、エレノアの性格を考え、本人が開発へ関わる方法まで提案している。
「カイル。マクシミリアンを呼んできてくれ」
「何をなさるのですか?」
「少し、話がある」
◇
呼び出しを受けたマクシミリアンは、緊張した面持ちで王太子の執務室へ入った。
心当たりはなかった。
王太子から直接呼び出される時は、何か問題が起きた場合が多い。
「マクシミリアン。前へ」
「はい」
指示された場所まで進み、姿勢を正す。
王太子は、しばらくマクシミリアンを見つめた。
「砂漠の熱を利用した変換装置は、お前の提案から始まったそうだな」
マクシミリアンは、僅かに目を見開いた。
「提案と呼べるほどのものではありません。以前に開発へ参加した代替魔道具を思い出し、使えるのではないかと口にしただけです」
「知識を持っていても、目の前の問題と結びつけられる者は多くない」
「しかし、実際に装置を設計したのはアリスたちです。領地へ設置し、運用方法を整えたのはエレノア嬢です」
「分かっている」
王太子は頷いた。
「私は、一つの功績を全てお前のものにするつもりはない。だが、お前の考えが始まりになったことも事実だ」
マクシミリアンは黙って、次の言葉を待った。
「騎士に必要なのは、剣の腕だけではない。守るべき者が何に苦しみ、何を必要としているのかを見極める力も必要だ」
王太子は机の上へ置かれていた任命書を手に取った。
「お前は、学んだ知識を使い、領地の問題を解決する道を見つけた。それだけでなく、エレノア嬢の誇りを守る方法まで考えた。その判断を、私は高く評価する」
「殿下……」
「マクシミリアン。これより、お前を私の直属の護衛騎士へ任命する」
マクシミリアンは言葉を失った。
未来の国王となる王太子の直属護衛。
王宮騎士の中でも、最も大きな信頼を求められる役目である。
かつての自分であれば、決して届かなかった場所だった。
家柄があっても。
誰かの婚約者であっても。
剣の腕だけを磨いても、この任命を受けることはできなかった。
特別講義を受け、物理学を学び、魔道具の開発へ参加した。
危険な調査へ向かい、自分にできることを一つずつ増やしてきた。
その積み重ねを、王太子は見ていたのである。
マクシミリアンは、その場へ膝をついた。
「謹んで、拝命いたします」
「期待しているぞ」
「はい。必ず、殿下をお守りいたします」
深く頭を下げたマクシミリアンの胸に、静かな誇りが満ちていった。
この地位は、家名によって与えられたものではない。
婚約によって得たものでもない。
誰かから譲られたものでもなかった。
自分が学び、考え、行動した結果として、王太子から認められたのである。
こうしてマクシミリアンは、自らの力で、未来の国王を守る護衛騎士の座を掴み取った。




