番外編 第二王子の想い人②
数日後。
エレノアは、王立研究所の会議室へ呼び出されていた。
机の上には、彼女の実家が治める伯爵領の地図が広げられている。
砂漠地帯。
岩場。
僅かに残された農地。
町と村の位置。
過去に掘られた井戸まで、細かく記されていた。
「殿下。なぜ、我が領地の地図がこちらにあるのでしょうか?」
エレノアは警戒を滲ませた声で尋ねた。
正面には、カイル。
その隣には、アリスとセドリック。
さらに、代替魔道具の開発に関わる研究員たちが座っている。
マクシミリアンも、提案者として会議へ呼ばれていた。
「砂漠地帯へ、熱を利用した代替魔道具を設置できないかと考えている」
カイルが答えた。
「熱を利用した代替魔道具……ですか?」
「砂漠の暑さを利用し、魔石を生産する装置ですわ!」
アリスが、目を輝かせながら身を乗り出す。
「ただし、熱ければ、それだけで装置を動かせるわけではございません。必要なのは、温度の差です」
アリスは、用意していた図面を広げた。
砂漠の地表には、太陽の光を集める黒い板を並べる。
板の中へ管を通し、その内部を流れる液体を熱する。
熱せられた液体は膨張し、管の中を勢いよく移動する。
その力で羽根と軸を回転させる。
役目を終えた液体は、温度の低い地下へ送られ、冷やされた後、再び地上へ戻る。
「液体は管の中へ閉じ込め、循環させます。砂漠で貴重な水を消費し続ける必要はございませんわ」
アリスは、装置の中心部を指し示した。
「回転によって生じた力を無属性のマナへ変換し、安定させた後、火属性を与えて魔石へ定着させます。これまでに開発した代替魔道具の仕組みを利用できますので、全てを初めから作り直す必要もありません」
エレノアは図面へ目を落とした。
「我が領地の砂漠で、本当に魔石を作れるのですか?」
「まだ、実験が必要です」
セドリックが答える。
「地表と地下に十分な温度差があるのか。砂が装置へ及ぼす影響はどの程度か。安定して魔石を作れるだけの力を得られるか。それらを確かめなくてはなりません」
「この計画は、乾燥地帯で代替魔道具を利用するための国家事業として行う」
カイルが続けた。
「成功すれば、同じ問題を抱える他の領地にも技術を広げられる。お前の領地を助けるためだけの施しではない」
エレノアが、カイルを見つめる。
自分が施しを受けることを嫌うと、見抜かれている。
「だが、最初の装置を作るには、その土地をよく知る者が必要だ」
カイルは、エレノアの前へ一冊の資料を置いた。
「過去の気温。砂嵐の起きる時期。地下の状態。資材を運べる道。住民が装置を維持するための仕組み。研究員だけでは分からないことが多い」
「それを、私に調べろと?」
「調べるだけではない。計画の責任者の一人として、装置の開発と設置に携わってほしい」
エレノアは、もう一度図面を見た。
これまで、領地の三分の一を占める砂漠は、何も生み出さない土地だと考えられてきた。
農作物は育たない。
家畜も長くは放せない。
強い日差しと熱は、人々を苦しめるだけのものだった。
しかし、その熱が魔石へ変わるのなら。
価値がないと諦めていた土地が、領地を支える力になる。
エレノアの目に、決意が宿った。
「やらせてください」
カイルを真っ直ぐに見つめる。
「必ず、必要な記録を集めます。領地の者たちにも協力を求めます。砂漠が本当に領地を救えるのなら、私にできることは何でもいたします」
その答えを聞き、カイルは笑みを浮かべた。
「頼んだぞ、エレノア」
「はい、殿下」
◇
装置の開発は、すぐに始められた。
エレノアは領地へ戻り、過去十年分の気温と天候の記録を集めた。
古い井戸の深さ。
地下の温度。
砂嵐の方向。
昼と夜の気温差。
住民からも話を聞き、砂漠の中で比較的地盤が安定している場所を探した。
王都へ戻ると、集めた記録を研究員たちへ渡し、装置を設置する位置について意見を出す。
試作機が完成すると、エレノアも研究所へ通い、その仕組みを学んだ。
だが、開発は順調に進んだわけではない。
最初の試作機は、砂を吸い込んで回転部分が止まった。
次の試作機は、昼間に回転が速くなりすぎ、安全術式が作動した。
三台目は、地下で液体を十分に冷やすことができず、循環が次第に弱くなった。
そのたびに、アリスたちは原因を調べた。
「砂を完全に防ぐには、装置全体を覆う必要がございますわ」
「ですが、覆い方によっては熱を集めにくくなります」
「では、集熱する部分と回転する部分を離しましょう」
エレノアも、領地から届いた記録を広げた。
「この方向から砂嵐が吹くことが多いのであれば、吸入口を反対側へ向けるべきです。それから、砂が積もる場所へ装置を固定してしまうと、住民だけでは掃除ができません。集熱板を一枚ずつ動かせる構造にしてください」
研究員が、エレノアの指摘を書き留める。
「地下の冷却部分は、こちらの古い井戸を利用できるかもしれません」
「ですが、その井戸は枯れているのでは?」
「水はありません。だからこそ、住民の生活へ影響を与えずに使えます。井戸の底は、昼間でも温度がほとんど変わらなかったと記録されています」
エレノアの提案によって、冷却用の管は枯れた井戸の内部へ通されることになった。
集熱板には、砂を落としやすい傾斜を付ける。
回転部分は厚い覆いで守る。
急激に温度が上がった時には、熱を一時的に蓄える部品へ逃がし、装置へ流れ込む力を一定に保つ。
王都と伯爵領を何度も往復しながら、試作と改良が繰り返された。
そして、開発開始から数か月後。
砂漠の中央へ設置された試作機が、初めて安定した回転を始めた。
太陽の熱によって温められた液体が管の中を進み、羽根を回す。
軸から変換術式へ力が伝わる。
発生した無属性のマナは制御術式によって安定し、火属性を与えられた後、中央の石へ移っていった。
透明だった石が、ゆっくりと赤く染まる。
「魔力反応、安定しています!」
研究員の声が上がった。
「魔石への定着を確認!」
エレノアは、赤く輝く魔石を見つめたまま動けなかった。
自分たちを苦しめてきた灼熱の太陽。
何も生み出さないと思っていた砂漠。
その砂漠が今、確かに魔石を作り出していた。
「成功ですわ!」
アリスが、エレノアの両手を取った。
「この土地で、魔石を作れます!」
「本当に……できたのですね」
エレノアの目に、涙が浮かんだ。
少し離れた場所で、カイルも装置を見守っていた。
声をかけることはせず、涙を拭うエレノアを静かに見つめていた。
この成果は、王子から与えられたものではない。
エレノア自身が領地を歩き、記録を集め、研究員たちと共に失敗を重ねて完成させたものだった。
◇
試作機の成功後、砂漠には複数の変換装置が設置された。
作られた火属性の魔石は品質が安定しており、王都だけでなく、寒冷地や鍛冶工房からも多くの注文が入った。
装置を管理する者。
魔石を検査する者。
砂漠から町まで運ぶ者。
新たな仕事も生まれた。
魔石の販売によって得た利益は、井戸の整備や農地へ水を運ぶ設備へ使われた。
領地の収入は少しずつ増え、借金も減っていく。
エレノアの弟が、学園を辞める心配もなくなった。
やがて、砂漠で作られる赤い魔石は、伯爵領を代表する特産品として王国中に知られるようになった。
以前は領地を苦しめていた灼熱の太陽が、人々の生活を支える力へ変わったのである。
その変化の中心には、いつもエレノアがいた。
装置の仕組みを学び、収支を管理し、住民が長く運用できる制度を作る。
エレノアは、自らの手で領地を立て直した。
そしてカイルは、その時を待っていた。




