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無自覚転生令嬢の物理魔法  作者: 深谷 汎
第2章 側近の秘密 と 王太子暗殺未遂事件

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第12話 仕事中毒(ワークホリック)な側近の欲望

セドリックの頭の中では、先ほど目撃した「物質浮遊」の光景が何度もリプレイされていた。

彼をこの研究室へ向かわせた最大の理由――すなわち、王太子やカイル王子から下された『魔力残滓の調査』という重大な密命は、この瞬間、彼の優秀な脳内から完全に消し飛んでいた。  もし、あの魔法が――自分にも使えたらどうなるだろうか。


(……カイル王子との執務。あの膨大な量の書類。私が作成した決裁文書を、いちいち歩いて王子の机まで運び、返却されるのを待つ。あの移動時間は、一日で見ればかなりの損失だ)


セドリックは、生徒会室で書類が鳥のように舞い、自分の机から王子の机へと整然と飛んでいく光景を思い浮かべた。自分は席を立つことなく、空中でペンを走らせ、次々と書類を処理していく。


(……素晴らしい。もしこれが実現すれば、睡眠時間を一時間は増やせるかもしれない。あるいは、さらに高度な政務に時間を割ける)


仕事中毒ワークホリックな側近にとって、それは国家の危機管理や「真実の愛」などよりも遥かに魅惑的な、究極の理想郷ユートピアに思えた。


「……これが使えれば、執務が劇的に効率的になるのに……」


国家の密命を帯びた冷徹な側近の口から、無意識のうちに、ただの仕事中毒としての本音が小さな呟きとなって漏れ出した。


* * *

報告書を読み終えた私の耳に、その呟きが届いた。私は顔を上げ、彼をじっと見つめた。


「教えましょうか?」

「……えっ?」

セドリック様が、まるで国家機密でも漏洩した現場を見つかったかのように、目を見開いて硬直した。


「い、いいのか? これは君の、独自の……秘匿された技術ではないのか?」

「秘匿? いえ、別に隠してはいませんわ。ただ、以前マクシミリアン様に説明しようとしたら『変人の妄言だ』と一蹴されましたし、私の家族も『アリスはすごいね』と言って聞き流すだけでしたから」


(他者に理解を求める際のS/N比(信号対雑音比)があまりに低すぎて、コストに見合わないと判断して出力アウトプットを止めていただけだわ)


私は椅子に深く座り直し、少しだけ楽しげに口角を上げた。


「教えるのは構いません。ですが、この技術は既存の『属性魔法』のセンスでは扱えませんわ。まずは世界の成り立ち――すなわち『原理』を基礎から理解していただく必要がありますが、それでもよろしいかしら?」


(……! ぜひ、学びたい! そうだ、私にはカイル王子たちから下された『密命』があったではないか!)


セドリックの脳内で、先ほどまで見事に忘れ去られていた国家の重大任務が、都合よく蘇った。


(彼女の根本的な思考回路を知ることは、『魔力残滓のメカニズム解明』にも直結するはずだ。決して、私の私的な執務効率化のためだけではない。そう、これはあくまで国家のための潜入調査だ……!)


己の暴走しそうな好奇心と欲望に、再度『密命』という言い訳を繰り返し、セドリックは真顔で深く頷いた。


「原理?……が何かは知らんが……、構わない。むしろ、それを知りたい」

セドリック様の瞳に、かつてないほど強い知的好奇心の光が宿った。  その瞬間、私の中に微かな期待が芽生えた。この世界で初めて、私の「言語」を理解しようとする人間が現れたのかもしれない。


「いい返事ですわ。ではセドリック様。最初の講義レクチャーを始めましょうか」

私は真っ白な羊皮紙を広げ、その中央に一本の垂直な線を引いた。重力加速度という、もっとも身近で美しいベクトルの説明から始めるために。


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