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【完結】無自覚転生令嬢の物理魔法  作者: 深谷 汎
第8章 代替魔導具 と 物理学普及

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第123話 失敗の正体

※毎日 朝5時に予約投稿で更新中

日付だけが、無情に過ぎていった。


研究所の窓から見えていた鮮やかな緑は、いつしか色を変え始めていた。


朝夕の空気は冷たくなり、研究員たちが厚い上着を羽織る日も増えている。


机の上には、失敗した試作機の記録が積み上がっていた。


一台目。


二台目。


三台目。


既に、何台作ったのかを数える意味さえなくなりつつある。


この日も、試作機は一瞬だけ光を放った後、安全術式によって停止した。


「魔力反応、消失しました」


研究員が力なく報告する。


「魔石への定着は?」


「確認できません」


誰も、すぐには次の言葉を発しなかった。


疲労の滲んだ顔で、記録用の紙へ結果を書き込んでいく。


また、失敗。


アリスは、机の上に置かれた小さな石を見つめていた。


これまでなら、失敗すれば新たな疑問が生まれた。


なぜ動かなかったのか。


どこを変えれば、次は成功するのか。


失敗した記録さえ、新たな研究を始めるための材料に見えていた。


だが、今は違う。


考えられる方法は、ほとんど試した。


物理的な構造は合っている。


水から得られる力も、計算どおり中心部へ届いている。


それでも、変換だけが成功しない。


古代文明にできたことが、自分たちにはできない。


その事実が、少しずつアリスの心を削っていた。


「……やはり、無理なのでしょうか」


口から漏れた言葉に、セドリックが顔を上げた。


「アリス?」


「古代文明の術式を、現在の知識だけで再現することは……できないのかもしれませんわ」


自分の口から、そのような言葉が出たことに、アリス自身も驚いていた。


それでも、一度生まれた『諦め』は、簡単には消えてくれなかった。


かつて、別の人生で同じような研究に携わっていた頃も、最後に立ちはだかったのは、変換そのものではなく、変換後の力を扱う難しさだった。


膨大なエネルギーを安全に取り出し、人々が長く利用できる形へ変える。


そのための装置は、最後の実験で制御を失った。


変換された力が予測を上回る速さで蓄積し、外部へ逃がすこともできないまま、装置は爆発した。


今世でも、エネルギーをマナへ変換する研究に失敗しようとしている。


「また、制御できずに……」


そこまで考えたところで、アリスの思考が止まった。


「……ん?」


かつての研究。


変換されたエネルギー。


今世の研究。


マナへの変換。


何かが、頭の中でつながった。


「エネルギーの……変換……」


アリスは勢いよく立ち上がった。


椅子が後ろへ倒れ、研究所の床へ大きな音を立てる。


「アリス!」


セドリックが驚いて手を伸ばす。


だが、アリスは倒れた椅子にも気づかず、机に積まれた過去の実験記録を次々に開いていった。


一台目。


二台目。


四台目。


直近の試作機。


それぞれの魔力反応を記した紙を、横一列に並べる。


「同じですわ……」


(エネルギーの変換も、マナの変換も……研究として、やっていることは同じですわ!)


周囲の研究員たちが、アリスへ顔を向けた。


(かつて、反応によって生じた膨大なエネルギーを、利用できる形へ変換しようとした。今回は、水の流れによって生じた力を、マナへ変換しようとしている)


アリスは、自分の胸へ手を当てた。


(変換する対象も、変換後の形も違う、ですが、異なる形で存在するエネルギーを、利用可能な形へ変えるという構造は同じですわ)


前世での実験の最後。


装置は確かに、反応によって生じた膨大なエネルギーを、目的としていた形へ変えていた。


変換そのものが失敗したのではない。


予測を上回る速さで、変換後のエネルギーが装置の内部へ蓄積された。


制御装置が変化に追いつかず、外部へ安全に逃がすこともできないまま、許容量を超えた。


そして――爆発した。


最後に見た、全てを覆い尽くす白い光が、鮮明に蘇る。


(失敗したのは、変換ではない)


アリスは、試作機の記録へ視線を戻した。


「制御ですわ!!」


その言葉に、セドリックが僅かに目を見開く。


アリスは、試作機が停止する直前の測定結果を指差した。


「見てくださいませ。全ての試作機で、停止する直前に僅かなマナの上昇が記録されています」


「これは、始動用に注いだ魔力が漏れたものではないのですか?」


研究員が尋ねる。


「わたくしも、そう考えていました。ですが、注いだ魔力と発生したマナでは、波形が異なっています」


始動用に注いだ魔力には、術者自身の属性が僅かに含まれている。


しかし、停止直前に確認された反応には、属性がなかった。


何にも染まっていない、無属性のマナ。


水の流れによって生じた力が、ほんの一瞬だけマナへ変わっていた証拠である。


「変換術式は、既に動いていたのですわ」


「では、なぜすぐに消える?」


カイルが尋ねる。


「発生したマナを制御できていないからです」


変換されたマナは、一定の量で安定して流れていたわけではない。


発生した直後に大きく揺れ、その変化を異常と判断した安全術式によって、装置全体が停止させられていた。


四台目で術式が焼き切れたのも、変換できなかったからではない。


一瞬にして許容量を超えるマナが発生したからだった。


「わたくしたちは、変換術式が弱いのだと思い、何度も強くしようとしていました」


アリスは、これまでの修正記録を見回した。


「ですが、必要なのは強化ではありません。制限ですわ」


「発生するマナの量を、術式で抑えるということですか?」


セドリックが尋ねる。


「ただ上限を決めるだけでは足りません。変換されたマナの量を常に測り、多すぎれば変換へ送る力を減らし、少なければ増やす。出力に合わせて自動的に調整する術式が必要です」


かつて完成させられなかった制御の仕組み。


変換後のエネルギー量を測定し、目標との差を計算する。


増えすぎれば入力を抑え、減れば戻す。


急激な変化が起きた時には、余分な力を一時的に別の場所へ逃がす。


それを、魔道具の術式によって再現する。


「変換する術式と、制御する術式を分けます」


アリスは新しい紙を取り出し、勢いよく線を引き始めた。


「変換された無属性のマナを、すぐに水属性へ変えようとしてはいけません。まず一度、安定させます。その後で属性を与え、最後に魔石へ移すのですわ」


変換。


制御。


属性の付与。


魔石への定着。


全てを一つの術式で同時に行うのではなく、明確に段階を分ける。


各段階の間に、前の工程から流れ込む力を制限する術式を置く。


「これなら……」


セドリックが、アリスの描いた図を見つめる。


「一度に大量のマナが発生しても、次の術式へ流れる量を一定に保てます」


「はい。そして、許容量を超えた分は、外側の水路へ戻す仕組みと連動させます。変換できない力を、無理に術式へ押し込んではならないのです」


マクシミリアンは、積み上げられた失敗記録へ目を向けた。


「つまり、これまでの失敗は……」


「失敗ではありませんでした」


アリスは、停止直前の小さな反応を指で示した。


「全ての試作機で、変換には成功していたのですわ。ほんの一瞬だけですが」


できなかったのではない。


できていたことに、気づかなかった。


アリスは新しい術式を書き始めた。


長く積み重ねられてきた失敗の記録が、この瞬間、初めて一つの答えへ変わった。

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