第122話 届かないマナ
古代魔道具の分解は、その後も慎重に進められた。
水の流れを回転へ変える部分。
歯車を使って回転の速さと力を調整する部分。
急激な水圧の変化を抑え、余分な水を別の通路へ逃がす部分。
外側にある仕組みについては、アリスたちの計算によって、ほぼ全ての役割が明らかになった。
最後に残されたのは、装置の中心部である。
そこには、三つの輪が重なるように配置されていた。
外側の輪は、軸から伝わってきた力を受け取る。
中央の輪には、古代文字を組み合わせた複雑な術式が刻まれている。
内側の輪には、魔石を置くための窪みが設けられていた。
しかし、刻まれた術式の一部は欠け、長い年月によって線が擦り減っている。
完全な形を読み取ることはできなかった。
「外側から伝わった力は、この術式へ送られています」
セドリックが、分解記録を見ながら言った。
「そして、ここでマナへ変えられた後、水属性を与えられ、中央の石へ移されていたのでしょう」
「おそらく、間違いありませんわ」
アリスは三つの輪を順番に指し示した。
「物理的な力を、無属性のマナへ変換する部分。そのマナへ水属性を与える部分。そして、魔石へ蓄える部分。古代魔道具は、この三つの工程を分けていたのですわ」
一つの術式で、水の力を直接、水の魔石へ変えていたわけではない。
まず、異なる形のエネルギーを、属性を持たないマナへ変える。
次に、そのマナへ必要な属性を与える。
最後に、魔石へ定着させる。
この構造であれば、最初と最後の部分を流用し、途中の術式だけを変えることで、異なる属性の魔石を作ることもできる。
ベレニケ領の古代魔道具とランバート領の古代魔道具が、よく似た構造を持っていた理由も説明できた。
「ならば、同じ構造を再現する」
王太子の指示によって、代替魔道具の試作が始まった。
◇
初めに作られたのは、ランバート領の古代魔道具を小型化した試作機だった。
水を流す管。
斜めに傾けた羽根。
回転軸。
大きさの異なる歯車。
回転を安定させる円盤。
さらに、古代魔道具の中心部を参考にして作られた三つの術式が組み込まれている。
装置へ実際に水を流すと、羽根が回り始めた。
軸から歯車へ力が伝わり、円盤も計算どおりの速さで回転する。
物理的な部分には、何の問題もなかった。
「始動用の魔力を注ぎます」
研究員が、術式へ僅かな魔力を流す。
これは魔石を作るためのエネルギーではない。
術式を起動し、装置の中で生じる変化を測定するためのものだった。
中央の輪に刻まれた術式が、淡い光を放つ。
アリスたちは息を詰め、内側に置かれた石を見つめた。
しかし、石には何の変化も起きない。
光はすぐに消え、装置の回転だけが残された。
「停止してください」
水が止められ、試作機の回転も徐々に遅くなっていく。
研究員たちは、すぐに装置を調べ始めた。
水の流れ。
軸の回転数。
歯車の動き。
中心部へ伝わった力。
どれも、計算された範囲に収まっている。
それにもかかわらず、魔石には僅かな魔力さえ残っていなかった。
「術式の再現が不完全なのでしょう」
研究員の一人が言った。
「欠けた部分を、別の古代文献に残されている術式から補ってみます」
最初の試作機は分解され、術式が修正された。
二台目。
今度は、中心部で一瞬だけ魔力反応が確認された。
だが、直後に試作機へ組み込まれていた安全術式が作動し、全ての反応が停止する。
三台目では、術式へ流す始動用の魔力を減らした。
反応は起こらなかった。
四台目では、逆に魔力を増やした。
中心部が強く光った直後、術式の一部が焼き切れた。
「停止! 直ちに水を止めろ!」
研究員たちが試作機から離れる。
保護用の結界が作動したため、怪我人はいなかった。
だが、魔石へ力を移すことはできていない。
その後も、試行錯誤が繰り返された。
術式の線を太くする。
魔力が流れる順番を変える。
術式同士の距離を調整する。
中心部に使う材質を変える。
魔石の大きさを変える。
水の量を変え、回転する速さを変える。
組み立てては動かし、失敗すれば分解する。
記録を見直し、仮説を立て、次の試作機を作る。
しかし、結果は変わらなかった。
全く反応しないか、一瞬だけ反応して停止する。
ごく僅かなマナが発生しても、魔石へ届く前に消えてしまう。
物理的な仕組みは、古代魔道具とほとんど同じものを再現できている。
問題は、物理的な力をマナへ変える術式だった。
そこだけが、どうしても再現できない。




