第119話 代替魔道具開発の突破口
次の瞬間、領主館の景色が消える。
光が収まった時、一行は王宮内に用意された転移室へ立っていた。
既に帰還の知らせを受けていた王宮の者たちが、慌ただしく動き始める。
転移陣の中央に置かれた古代魔道具は、魔力を遮断するための布で覆われ、そのまま厳重な管理下へ移された。
採取した魔石や古代文字の写し、地底湖と地上の湖を記した地図も、担当の研究員たちへ引き渡されていく。
「カイル殿下、レオナルド様。陛下がお待ちです」
二人には、すぐに会議室へ向かうよう伝えられた。
王都では既に、ベレニケ領の古代魔道具に代わる装置の開発が進められている。
しかし、自然の力を受け止め、それを魔石へ移す仕組みを再現できず、開発は長く行き詰まっていた。
ランバート領で発見された停止中の古代魔道具は、その状況を変える可能性を持っていた。
◇
会議室には、国王、王太子、宰相をはじめ、魔法研究所の責任者と代替魔道具の開発に関わる各所長が集められていた。
長い机の上には、ベレニケ領の古代魔道具を調査して作られた図面と、これまでに製作された試作機の記録が並んでいる。
その隣へ、ランバート領から持ち帰った資料が置かれた。
神殿跡地の地図。
地下通路と地底湖の図面。
壁面に残されていた古代文字の写し。
微弱な水属性の魔力を残す石。
そして、地底湖から取り外した古代魔道具の外観図。
国王は二つの装置の図面を見比べた。
「現地からの報告には目を通した。ランバート領の装置は、ベレニケ領のものと同じ構造を持っていたのだな?」
「はい」
カイルが答える。
「大きさや一部の形状には違いがありますが、中心となる構造と、古代文明の紋は一致しています。ただし、利用していた力は異なります」
カイルは、地底湖の図面を示した。
「ベレニケ領の装置が火山活動によって生じる力を利用していたのに対し、ランバート領の装置は地下水による水圧を利用していました」
続いて、レオナルドが古代文字の写しを机の中央へ置く。
「壁面には、“水の力を石へ移す器”と記されていました。装置の周辺からは同じ形に加工された石が複数発見され、その一部には微弱な水属性の魔力が残っていました」
レオナルドは、地底湖から持ち帰った石を一つ取り出した。
「この石へ水属性の魔力を補い、ランバート領に残されていた石柱へ装着したところ、石柱から水が流れ出しました」
「つまり、地底湖の装置で水の魔石を作り、それを領内へ配っていたということか」
王太子が尋ねる。
「その可能性が高いと考えています」
古代文明の時代。
地底湖の装置は、水圧によって生じる力を水の魔石へ変えていた。
作られた魔石は領内各地へ運ばれ、集落や農地に設置された石柱へはめ込まれていた。
それによって、水利の悪い土地でも生活と農業を維持していたのだ。
しかし、古代魔道具が停止した。
水の魔石の供給が失われただけではない。
それまで装置が受け止めていた水圧が別の方向へ加わり、岩壁を抜けた地下水が村のあった窪地へ流れ込んだと考えられた。
「装置の停止によって、神殿を管理していた村が沈んだと推測されます」
カイルの言葉に、会議室が静まり返る。
ベレニケ領の古代魔道具が停止した場合、大きな災害が起こる危険性については、既に何度も話し合われていた。
だが、それは古代魔道具の役割から導き出した予測だった。
ランバート領には、装置の停止が実際に周囲の地形と人々の暮らしを変えた痕跡が残されていた。
「我々が恐れていたことが、既に別の土地で起きていたということか」
国王が低い声で言った。
「断定するには、地下水脈と地質の調査が必要ですが……」
カイルが答える。
「しかし、地底湖の水の流れ、岩壁に生じた亀裂、地上の湖の位置は同じ方向にあります」
国王はしばらく地図を見つめた後、魔法研究所の責任者へ顔を向けた。
「代替魔道具の開発は、現在どこまで進んでいる」
「自然の力を装置へ取り込むところまでは、試作機でも反応を確認できています」
責任者は、机に置かれた試作機の記録を開いた。
「しかし、取り込んだ力を魔石へ安定して移すことができません。魔力の流れを維持できず、途中で反応が途切れてしまいます」
ベレニケ領の古代魔道具は、今も火山活動によって生じる力を受け止め続けている。
内部を詳しく調べるために停止させたり、分解したりすることはできない。
外側から測定できる情報だけを頼りに試作を続けてきたが、装置の中心部分がどのような構造になっているのかは分からないままだった。
王太子の視線が、ランバート領の古代魔道具の図面へ移る。
「だが、今回は停止した装置そのものを持ち帰ることができた」
「はい」
レオナルドが答えた。
「しかも、水圧を利用する装置と火山活動の力を利用する装置は、基本構造がよく似ています」
レオナルドは二つの図面を並べ、形状が一致する部分を指で示した。
「利用する力が異なるにもかかわらず、装置の中心部分が同じ形をしているのであれば、力を受け取る部分と、受け取った力を魔石へ移す部分は、分けて作られている可能性があります」
「水圧を受ける部分と、火山の力を受ける部分は異なる」
王太子が図面を見ながら言った。
「だが、その先で魔石へ力を移す仕組みは共通しているかもしれないということか」
「そのとおりです」
これまで、研究員たちはベレニケ領の装置全体を一つの仕組みとして再現しようとしていた。
しかし、古代文明の装置が役割ごとに分けて作られているのであれば、全てを一度に再現する必要はない。
まず、自然の力を受け取る部分。
次に、その力を魔石へ移す部分。
さらに、装置全体を制御する部分。
それぞれの役割を切り分けて調べることができる。
「ランバート領の装置は、取り外した後も地底湖に変化がなかったのだな?」
国王がカイルへ確認する。
「はい。装置に直接水圧はかかっておらず、魔力反応もありませんでした。地下水は既に別の方向へ流れています」
「分解による危険は?」
「現時点で、装置が再び動き出す兆候は確認されていません。ただし、安全を確かめながら、外側から順番に調べる必要があります」
魔法研究所の責任者が答えた。
「部品を一つ取り外すごとに、形状、材質、魔力の流れを記録します。ベレニケ領の装置と共通する部分については、特に慎重に調べます」
国王は頷いた。
「ならば、ランバート領から持ち帰った装置の分解調査を許可する」
その言葉に、研究員たちの表情が引き締まる。
「ただし、装置を壊すことだけを目的とするな。全ての部品について記録を残し、可能な限り元の状態へ戻せる方法で進めよ」
「承知いたしました」
「そして、判明した構造を、現在開発中の代替魔道具へ反映させるのだ」
国王は、試作機の記録と古代魔道具の図面へ視線を落とした。
「これまで再現できなかった、自然の力を魔石へ移す仕組み。その手掛かりが、この装置の中にあるかもしれぬ」
「必ず見つけ出します」
カイルが答えた。
王太子の視線が、カイルからレオナルド、そして研究所の責任者へ移る。
「開発の方針を改める。これより、試作機の改良と古代魔道具の分解調査を並行して進める」
「はい」
カイルは力強く頷いた。
「ランバート領で得られた全ての記録を、開発チームへ共有します」
代替魔道具の開発が、この日始まったわけではない。
火山の力を安全に受け止め、ベレニケ領を守るための研究は、既に何度も実験と失敗を重ねていた。
それでも越えられなかった壁がある。
自然界に存在する力を、どのようにして魔石へ移すのか。
停止した古代魔道具の内部に、その答えが残されているかもしれない。
長く行き詰まっていた代替魔道具の開発に、ようやく新たな道が開かれようとしていた。




