第114話 水の力を石へ
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岩壁から現れたのは、古代魔道具だった。
アリスが構造物へ駆け寄ろうとするが、その手をセドリックがすぐに引いた。
「足元が濡れていて危険です」
「見えておりますから大丈夫です」
「いいえ、あなたは魔道具しか見ていません」
セドリックは安全な場所を確認してから、アリスを構造物の側へ連れていった。
古代魔道具は、岩壁の一部へ組み込まれるように設置されていた。
中央には魔石を収めるための窪みが幾つも並び、その奥から複数の管が岩壁の中へ伸びている。
一部は壊れていたが、主要な構造は残っていた。
「ベレニケ領の装置と似ていますわ」
アリスは持参した図面を広げた。
火山の地下で発見された古代魔道具。
その内部には、火山活動によって生じる力を受け取り、別の形へ変換する構造があった。
目の前の装置にも、同じ形の部品が使われている。
力を受け取る部分。
内部へ伝える部分。
魔石を収める部分。
配置や大きさは異なるものの、基本的な構造は一致していた。
同じ頃、エレノアは魔道具の側にある壁面を調べていた。
苔と堆積物の下から、何列もの古代文字が現れる。
エレノアは文字を書き写し、一つずつ読み解き始めた。
アリスは魔道具の内部を確認する。
エレノアは壁面の文字を追う。
二人の作業は、しばらく無言で続いた。
やがて、アリスが顔を上げた。
それとほぼ同時に、エレノアも最後の文字から目を離す。
「「これは、魔石を生成する魔道具です」」
二人の声が重なり、互いに顔を見合わせる。
「アリス様は、装置の構造から分かったのですか?」
「はい。ベレニケ領の古代魔道具と同じです。外部から力を受け取り、それを魔石へ蓄える構造になっていますわ」
「さすがです。壁面にも、そのように記されています」
エレノアは、書き写した文字を全員へ見せた。
「正確には、“水の力を石へ移す器”という意味です。水そのものを生み出すのではなく、水が持つ力から魔石を作る装置だと考えられます」
「水が持つ力?」
リリィが地底湖へ目を向ける。
アリスは岩壁へ伸びる管を確認した。
「水圧ですわ」
「水圧から魔石を作っていたということですか?」
「おそらく、この湖へ流れ込む水か、地下水脈から受ける圧力を利用していたのでしょう」
エレノアが、さらに壁面の文字を読み進める。
「設置方法についての注意も残っています」
「何と書かれている?」
カイルが尋ねた。
「この魔導具は、水が強く押す場所へ設置すること。水の押す力に変化が見られた場合は、より強い場所へ位置を調整すること……現代の言葉に置き換えれば、そのような意味です」
「それだけですか?」
レオナルドが尋ねる。
エレノアは壁面を改めて確認した。
「はい。設置場所と調整についての注意しか残されていません。内部の構造や、魔石が生成される仕組みまでは記されていません」
アリスは装置へ魔力を流し、反応を確かめた。
しかし、どの部分も動かない。
魔力を保持している部品もなく、完全に停止していた。
「現在、この装置は起動しておりませんわ」
「停止したのは、かなり昔でしょうか」
「周囲の堆積物を見る限り、短くても数百年は動いていないと思われます」
アリスは、装置の奥へ続く管と岩壁を見比べた。
装置が設置されている岩には、水が長期間流れていた痕跡がある。
だが、現在はほとんど水が流れていない。
「装置が動いていた頃は、この場所へ強い水圧がかかっていたのでしょう」
アリスは地底湖の水面へ目を向けた。
「装置は水圧の力を受け取り、それを魔石へ変換していた。しかし、装置が停止したことで、この場所では水圧の力を受け止められなくなった」
「受け止められなくなった力は、どこへ行ったのだ?」
マクシミリアンが尋ねる。
「別の方向ですわ」
アリスは湖岸の地形を記録した紙を広げた。
調査員が測定した水の流れを書き加える。
地底湖へ流れ込む水は、完全に止まっているわけではない。
湖の奥から絶えず新しい水が入り、反対側の岩壁へ向かって、ごく緩やかに流れている。
水面へ小さな木片を浮かべると、時間をかけて同じ方向へ移動していった。
「水は、あちらの岩壁へ向かっています」
岩壁には細い亀裂が幾つもあった。
その周囲だけ、水面が僅かに揺れている。
「装置が停止した後も、地下水は流れ込み続けた。行き場を失った水圧が岩の弱い場所へ加わり、長い年月をかけて新しい水路を作った可能性がありますわ」
「その水路が、地上まで続いていると?」
「まだ断定はできません。ですが、方向は確認できます」
調査員たちは、亀裂が伸びている方角を記録した。
地上の地図へ重ねると、その先は神殿跡地の草原ではない。
山脈から枝分かれした山と山の間へ向かっていた。
一行は周囲をさらに調査した。
微弱な魔力が残る魔石を採取する。
魔道具の寸法と構造を記録する。
水の流れと岩壁の亀裂を、可能な限り図面へ残す。
古代魔道具については、現在まったく起動しておらず、装置へ直接水圧がかかっていないことも確認された。
「取り外しても、地底湖へ影響を与える可能性は低いと思われますわ」
アリスの報告を受け、カイルが決断する。
「この装置は王都へ持ち帰る。ベレニケ領の装置と比較し、内部を調査する」
魔法研究員と騎士たちが、慎重に古代魔道具を岩壁から取り外していった。
取り外した部分は一つずつ保護布で包まれ、運搬用の箱へ収められる。
最後に湖岸と装置があった場所を再確認し、一行は地底湖を後にした。
地上へ戻るまで、アリスの頭から一つの疑問が離れなかった。
装置が停止した後、水圧はどこへ向かったのか。
その答えは、山脈のどこかに残されているはずだった。




