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【完結】無自覚転生令嬢の物理魔法  作者: 深谷 汎
第7章 ランバート領 と 新たな謎

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第112話 山の重みと水の恵み

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目の前に立ちはだかる石壁は、複数の石を隙間なく組み合わせて造られた、人工の壁だった。


中央には円形の石が埋め込まれ、その左右の床には細長い石板が敷かれている。


石板の周囲には溝が刻まれ、中央の円へつながっていた。


「行き止まりですか?」


リリィが尋ねる。


「いいえ」


アリスは携帯灯の炎を確認した。


炎は、石壁の方へ僅かに傾いている。


「この先から空気が流れてきますから、壁の向こうにも空間があるはずですわ」


騎士たちが石壁を押したが、動く様子はない。


取っ手も、鍵穴も見当たらなかった。


エレノアは、壁の上部に刻まれた彫刻へ携帯灯を近づけた。


表面は劣化していたが、二人の人物が向かい合い、それぞれ異なるものを捧げているように見える。


片方は岩。


もう片方は、水を入れた器。


二人の間には、山を表す三角形と、波を表す曲線が刻まれていた。


その下には、見慣れない古い文字が並んでいる。


「読めますか?」


カイルが尋ねる。


「全てではありませんが、一部は地方史の古文書で見たことがあります」


エレノアは指先で文字を追った。


「これは、源泉へ立ち入る前に行われていた儀式について記したものです」


「儀式?」


「山の重みと、水の恵み。二つを捧げ、それらが等しくなった時、内なる道が開かれる……おそらく、そのような意味です」


エレノアは左右の細長い石板を見下ろした。


「古い神殿では、聖域へ入る前に、石と水を天秤へ載せる儀式が行われていたという記録があります。神官が山から切り出した石と、泉から汲んだ水を捧げ、両者の均衡を示したそうです」


「では、この石板が天秤なのか?」


マクシミリアンが片方へ足を載せる。


石板が僅かに沈み、反対側の石板が浮き上がった。


同時に、中央の円形の石が小さな音を立てる。


「動きましたわ!」


石板の側へ駆け寄ろうとするアリスだが、セドリックに手を引かれ、その場から動くことができなかった。


「床を確認してからです」


「もう亀裂はありませんわ」


「装置が動いた直後です」


護衛が周囲の安全を確かめた後、アリスは二枚の石板を詳しく調べた。


左右の石板は、中央の円形の石を挟むように配置されている。


一見すると同じ長さだが、床の溝をたどると、地下で力が伝わる位置が異なっていた。


「エレノア様の知識がなければ、これが扉を開く装置だとは気づかなかったでしょう」


アリスは石板の端から中央までの距離を測った。


「ですが、単純に同じ重さのものを載せればよいわけではありませんわ」


「等しくするのではないのか?」


カイルが尋ねる。


「等しくするのは、重さではなく、回転させる力です」


アリスは紙へ簡単な図を描いた。


「同じ重さでも、支点から遠い場所へ載せた方が、装置を回そうとする力は大きくなります。扉の下にある回転軸へ伝わる力を、左右で釣り合わせる必要があるのでしょう」


「儀式に使われた石と水の量が分からなければ、開けられないのではありませんか?」


リリィが不安そうに尋ねる。


「元と同じものである必要はありませんわ。左右から伝わる力さえ同じになればよいのです」


アリスは石板の長さと、溝が中央へ集まる位置を測った。


左側は、力が伝わる位置が中央に近い。


右側は、その倍近く離れている。


「左側には、右側のおよそ二倍の重さが必要です」


持参した荷物から、重さの近い箱が選び出された。


左の石板へ二箱。


右の石板へ一箱。


それぞれ、アリスが指定した位置へ置く。


石板がゆっくりと沈んだ。


しかし、中央の円に刻まれた線は、僅かに左へ傾いている。


「もう少し調整が必要ですわね」


「石を足しますか?」


「石では細かな調整ができません。水を使いましょう」


予備の水が入った革袋を右側の箱へ載せ、少しずつ水を注いでいく。


水が増えるたびに、中央の線が動いた。


アリスは線の傾きを見ながら、注ぐ量を調整する。


やがて二本の線が、一直線に重なった。


低い金属音が、石壁の内部から響く。


「釣り合いましたわ」


次の瞬間、中央の円形の石が奥へ沈んだ。


壁の向こうで、重いものが動き始める。


石と石が擦れる音が円形の空間へ響き、目の前の石壁がゆっくりと左右へ分かれていった。


隙間から、冷たい風が吹き抜ける。


これまでよりも強い、水の匂いがした。


エレノアは、開いた壁と彫刻を交互に見てつぶやいた。


「開きました……。儀式として伝えられていたものが、そのまま扉を動かす方法だったのですね」


石壁の先にも、洞窟は続いていた。


先ほどまでより天井が高く、通路の傾斜も急になっている。


壁には一定の間隔で人工的に削られた窪みがあり、かつては照明か何かが設置されていたと思われた。


一行は装備を確認し直し、さらに奥へ進んだ。


進むほど湿度が上がっていく。


岩肌を流れる水の量も増え、足元には細い流れができていた。


やがて、水滴の音に別の音が混じり始める。


低く、途切れることのない響き。


大量の水が、どこかで揺れている音だった。


「近いですわ」


アリスが足を速めようとする。


セドリックが、再び繋いだままの手を引いた。


「走らないでください」


「走っておりませんわ。少し歩く速度が上がっただけです」


「同じことです」


「違いますわ」


言い合いながらも、アリスはセドリックの手を振りほどかなかった。


通路の先に、広い空間が現れた。


先頭の騎士が足を止め、携帯灯を高く掲げる。


しかし、その光だけでは空間の奥まで届かない。


続く者たちも灯りを掲げた。


幾つもの光が重なり、巨大な洞窟の一部を照らし出す。


その先で、暗い水面が揺れていた。


光を映した波紋が、どこまでも奥へ広がっていく。


対岸は見えない。


天井も、携帯灯の光が届かないほど高い。


山脈の地下に、人知れず広大な湖が存在していた。


「地底湖……」


エレノアの声が、静かな洞窟の中へ響いた。


水面の向こうから、冷たい風が吹いてくる。


一行は言葉を失ったまま、暗闇の中に広がる湖を見つめていた。


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