第110話 調査は明日へ
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カイルの決定に、張り詰めていた空気が僅かに緩んだ。
「入口と四本の柱の状態を記録し、仕掛けを閉じる。明日の朝、必要な装備を整えて戻る」
「承知いたしました」
レオナルドが答える。
「明日は地下で長時間行動することを想定しろ。縄、目印、予備の食料と水、携帯灯を用意する。油と燃料も持ってくるが、内部の空気を確認するまでは火を使うな」
「空気の流れや状態を調べる器具も必要ですね」
セドリックが付け加えた。
その声は、いつもと変わらず落ち着いている。
「内部の空気に異常があれば、明かりの魔法が使えたとしても、人が入れるとは限りません」
「階段や床の状態を確かめる道具も必要ですわ」
アリスは残念そうに階段を見つめながらも、既に明日の調査へ気持ちを切り替えていた。
「石を叩いて音を確かめる棒と、傾斜を測る器具。それから温度と湿度の計測器も――」
「アリス」
マクシミリアンが低い声で呼んだ。
「何ですの?」
「今日は戻るという話だ。今から道具を持って階段へ降りようとするなよ」
「必要な装備を考えているだけですわ」
「階段から目を離してから言え!」
カイルは二人のやり取りを聞き流し、レオナルドへ指示を続けた。
「明日、内部へ入る者は最小限にする。地上にも護衛と連絡役を残せ。戻る時刻をあらかじめ決め、それを過ぎても連絡がなければ、領主館へ知らせる手順も整えておくんだ」
「直ちに準備いたします」
調査員たちは手分けをし、入口と階段の寸法を記録した。
四本の柱がどの位置にあるのか。
それぞれをどの方向へ動かしたのか。
最後にどの柱へ力を加えたことで、石畳が開いたのか。
明日、同じ状態を再現できるよう、図面と文章の両方へ残していく。
入口の下へ紙片を落とし、風が吹いてくる方向も記録した。
全ての記録が終わると、仕掛けを閉じる作業へ移った。
まず、最後の留め具を動かした柱を元の状態へ戻す。
続いて、四本の柱を記録に従い、入口を開いた時とは逆の順番で動かしていった。
最後の柱が元の位置へ収まる。
石畳の下から重い音が響き、左右へ分かれていた石がゆっくりと動き始めた。
暗い階段が少しずつ隠れていく。
やがて二枚の石が中央で噛み合い、低い音とともに動きを止めた。
地下から吹き上がっていた冷たい風も、水を思わせる匂いも、そこで途切れた。
一見しただけでは、その下に階段があるとは分からない。
柱の位置と石畳の継ぎ目には、動かされた場合に分かるよう印が付けられた。
カイルは護衛騎士の中から数名を選んだ。
「お前たちはここに残り、遺跡を見張れ。領主館へ戻り次第、交代要員と夜営の道具を送る。誰かが近づいても、柱には触れさせるな」
「はっ!」
騎士たちが声をそろえる。
「明日こそ、この先を調べられますわね」
閉じた石畳を見つめながら、アリスが呟いた。
「明日まで待てればな」
マクシミリアンが疑うような目を向ける。
「夜中に一人で戻ってきたりしませんわ」
「本当だろうな?」
「ここまでの道を一人では覚えていませんもの」
「覚えていたら来るつもりだったのか!?」
マクシミリアンの声が、夕暮れの遺跡へ響いた。
「冗談ですわ」
「お前の場合、冗談に聞こえない!」
森へ戻る準備を始めた者たちの間から、小さな笑いが起きた。
日が沈む前に森を抜けるため、一行は来た道を引き返した。
アリスは森へ入る直前に一度だけ振り返った。
四本の柱に囲まれた石畳は、何事もなかったかのように、静まりかえっていた。
本日午前11時に、セドリック視点の閑話
『セドリック~婚約者は私なのだが~』を投稿します。
次の地下調査へ進む前に、普段は冷静なセドリックの胸の内を、少しだけ覗いてみませんか?
※本編の進行には影響しない閑話です。




