第109話 暗闇へ続く階段
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地下へ続く階段を前に、しばらくの間、誰も動かなかった。
石畳の下から吹き上がる冷たい空気が、入口の周囲に立つ者たちの衣服を揺らしている。
階段は真っ直ぐ下へ続いていた。
だが、地上から差し込む光が届くのは、最初の十数段だけだった。
その先は、どこまで続いているのかも分からない暗闇に包まれている。
カイルは階段を見下ろした後、腰に下げた剣の位置を直した。
「まずは入口付近を確認する。護衛を先頭に――」
その言葉が終わるより早く、アリスが階段へ足を踏み出そうとした。
しかし、マクシミリアンの手は、まだ彼女の肩から離れていなかった。
「待てと言っているだろう!」
「カイル様の許可が出ましたわ」
「護衛を先頭にと言っていただろう! なぜお前が最初に入ろうとする!」
「入口付近を確認するだけですわ」
「お前の“だけ”は信用できない!」
アリスが肩に置かれた手を外そうとしていると、エレノアがカイルの前へ進み出た。
「お待ちください、カイル殿下」
カイルが彼女へ顔を向ける。
「どうした?」
「入口付近だけであっても、今から地下へ入るべきではないと考えます」
エレノアは、開かれた入口へ視線を向けた。
「この階段がどれほど深くまで続いているのか、私たちには分かりません。神殿の一室へ通じているだけかもしれませんが、山の内部に造られた大規模な施設である可能性もあります」
彼女の声は落ち着いていた。
王族であるカイルの判断を止めることに、迷いは見られない。
「途中で通路が枝分かれしているかもしれません。床や天井が崩れている可能性もありますし、侵入者を防ぐための仕掛けが残されていることも考えられます」
「目印を付け、入口から離れすぎないようにすればよいのではないか?」
「その目印も、十分には用意しておりません」
エレノアは即座に答えた。
「それに、長く閉ざされていた場所です。入口から風が吹いているからといって、内部のどこでも安全に呼吸できるとは限りません」
その言葉に、アリスも抵抗をやめた。
階段の下からは絶えず冷たい空気が流れている。
どこかに別の通気口があるのかもしれない。
しかし、途中に空気の滞留した場所がないとは言い切れなかった。
エレノアは空を見上げた。
太陽は既に西へ傾き、山の影が石畳の大半を覆っている。
「間もなく日が暮れます。地上から差し込む光も失われます」
森を抜け、草原を歩き、遺跡の調査を始めてから、長い時間が経っていた。
「明かりの魔法を使い続ければ、魔力を消耗します。未知の場所を警戒しながら進み、帰路のための魔力も残さなければなりません」
エレノアはカイルを真っ直ぐに見た。
「本日の調査はここで終え、入口と仕掛けの状態を記録するべきです。必要な装備を整えたうえで、明日の朝から改めて内部を調査することを進言いたします」
カイルは、すぐには答えなかった。
開かれた階段へ視線を戻す。
その先には、長い間探していた古代文明の手掛かりが残されているかもしれない。
できることなら、今すぐ確かめたかった。
だが、カイルは階段から目を離し、周囲を見回した。
レオナルドとマクシミリアンには、まだ余力があるように見える。
セドリックにも、身体の疲れはほとんど表れていなかった。
ただ、その視線はアリスとマクシミリアンの方へ向けられている。
表情も、疲労とは別の理由で僅かに曇っていた。
カイルは片方の眉を上げたが、何も言わずに視線を移した。
同行した騎士や文官たちは、朝から調査道具を運び、草に埋もれた石材を掘り起こしている。
騎士たちの鎧や衣服は土に汚れ、額には汗が浮かんでいた。
記録を担当していた文官たちも疲れを隠そうとしていたが、紙を支える手が下がっている。
案内を務めた猟師にも疲労の色が濃い。
リリィは何も言わず立っていたが、長い距離を歩き続けたため、僅かに肩で息をしていた。
この状態で未知の地下施設へ入れば、普段なら避けられる危険にも対応できなくなる。
「……エレノアの言うとおりだ」
カイルは階段から一歩離れた。
「危険を指摘してくれて助かった。入口の確認も、今日は行わない」
エレノアは静かに一礼した。
カイルは改めて一行を見回し、全員に届く声で告げた。
「本日の調査は、ここまでとする!」




