第108話 紋が示すもの
「この紋は、目印だけではなかったのですね」
セドリックが、紙へ描かれた線を見つめた。
「この四本の柱の動かし方を示しているのかもしれませんわ」
アリスは、柱の位置を書き加えた。
三本の柱は、それぞれ三つの曲線に対応している。
直線の溝がある柱は、中央を貫く線の端に置かれていた。
「からくり仕掛けのようなものですわね」
「カラクリ?」
リリィが聞き慣れない言葉を繰り返す。
「像の向きを変えたり、決められた順番で石を動かしたりすると、内部の留め具が外れるのですわ」
「留め具が外れると、どうなる?」
マクシミリアンが尋ねた。
「それは、動かしてみなければ分かりませんわ」
「分からないものを動かそうとするな!」
「ですが、調査に来たのですから――」
「二人とも、少し待て」
言い争いが始まる前に、カイルが止めた。
「仕掛けである可能性は高い。だが、何が起こるか分からないのも事実だ。動かすなら、全員を柱の外へ下げてからにする」
四本の柱が囲む範囲から、必要のない者を退避させる。
柱を動かすのは護衛と調査員に限り、アリスとセドリックは離れた場所から指示を出すことになった。
最初に、三本の柱を弧状の溝に沿って回転させる。
石畳に刻まれた曲線と、柱の根元にある印が重なる位置を探した。
一本目の印が重なった時、地下から硬い音が響く。
「そこで止めてくださいませ!」
アリスの声を受け、護衛たちが柱を固定する。
二本目を動かすと、今度は別の場所から金属の擦れる音が聞こえた。
少し戻し、再び動かす。
根元の印が線と重なった瞬間、最初の柱と同じ音がした。
三本目も、同じように位置を合わせる。
三本の柱が所定の位置に収まると、石畳の下を何かが移動していった。
低く、重い音だった。
一行は息を潜めた。
しかし、それ以上の変化は起こらない。
「間違っていたのでしょうか」
リリィが尋ねた。
アリスは紙へ写し取った紋と、四本の柱を見比べた。
三つの曲線に対応する柱は、全て位置が合っている。
残っているのは、中央を通る一本の線だけだった。
アリスは、最初にマクシミリアンが動かした柱へ目を向けた。
「マクシミリアン様」
「何だ」
「先ほどと同じ方向へ、あの柱を押してくださいませ」
マクシミリアンは不満そうな顔をした。
それでも、リリィが見守っていることに気づくと、何も言わず柱の前へ進んだ。
護衛たちと共に縄を握り、柱へ力を加える。
柱が直線の溝に沿って、ゆっくりと中央へ動いていく。
指一本分。
さらに、もう少し。
やがて柱の根元にある印が、石畳の直線と重なった。
その瞬間、四本の柱の下から重い音が響いた。
石畳が震える。
「全員、下がれ!」
カイルの声と同時に、護衛たちが柱から離れた。
マクシミリアンは真っ先にリリィのもとへ戻り、彼女を抱き寄せて石畳の外へ下がる。
石畳の中央に、黒い線が走った。
亀裂に見えたそれは、左右へ真っ直ぐ伸びていく。
次の瞬間、中央に並んでいた石が二つに分かれ、低い音を立てながらゆっくりと移動し始めた。
土と苔が剥がれ落ち、石の下から冷たい空気が吹き上がる。
やがて、石の動きが止まった。
四本の柱の中央に、暗い穴が開いていた。
その中には、地下へ向かって延びる石造りの階段がある。
誰も、すぐには言葉を発しなかった。
階段の先は、地上から差し込む光が届かないほど深い。
神殿跡地には、何も残されていなかったのではない。
入口そのものが、長い年月、石畳の下へ隠されていたのだ。
「地下に、何かありますわ」
アリスが階段へ一歩近づいた。
その肩を、マクシミリアンがすぐに掴む。
「待て。まだ入るな」
「見るだけですわ」
「お前の“見るだけ”は信用できない!」
石畳の下から吹き上がる冷たい風が、一行の間を通り抜けた。
その風には、湿った匂いが混じっていた。




