第10話 王太子の密命と、側近の大義名分
狐の召喚獣によるお菓子泥棒事件の解決から、わずか数時間後。
夜の帳が下りた生徒会室で、第二王子カイルは、王宮にいる兄・王太子への暗号報告書を書き終え、緊急用の伝令鳥を放った。
アリスが提示した『魔力残滓による個体識別』――それは国家の根幹を揺るがす技術革新だ。暗殺、諜報、あらゆる魔法犯罪の「匿名性」が、彼女の理論の前では無に帰す。いずれ国を背負う王太子へ、この予測不能な存在の出現を即座に共有することは、学園の統治者であり弟であるカイルの義務だった。
室内にはカイルと、影のように控える側近セドリックの二人だけ。ひりつくような沈黙の中、一時間もしないうちに、窓を叩く鋭い羽音が響いた。王宮からの返信だった。
カイルは鳥の脚から魔導封印された書簡を取り出し、自身の魔力で解凍する。そこには、次期国王たる兄の、驚愕と冷徹なまでの即断が綴られていた。
『カイルへ。
報告の件、俄には信じがたいが、君とセドリックの目が同時に眩まされたのでない限り事実なのだろう。魔力に「個人を特定する情報」が刻まれているなど、研究所の老害どもに聞かせれば卒倒するぞ。この技術は、我が国にとって最大の利益(防諜の切り札)にも、他国に渡れば最悪の脅威(暗殺の道具)にもなり得る。
そのアリス嬢について調査しろ。全容を把握することが最優先だ。彼女がどのようにしてそれを可能にしているのか、早急に詳細を掴め。続報を待つ』
「……兄上も、さすがに椅子から飛び上がらんばかりの驚きだろうよ」
カイルは苦笑しながら書簡を燃やし、深く椅子にもたれかかった。
「セドリック。兄上からも、彼女の動向を注視し、『魔力残滓』のメカニズムを調査せよと内密に仰せつかった。これは公式の身辺調査という名目の『密命』だ」
カイルはエメラルドの瞳を細め、手元にあった公式の調査状をセドリックへと滑らせた。
「君が直接彼女の個人研究室へ赴き、その『魔力残滓』の詳細なメカニズムを聞き出してきておくれ。君なら可能だろう?」
「……御意。生徒会執行部として、不審な行動がないか確認する一環として、行ってまいります」
セドリックは短く答え、調査状を懐に収めた。自らの激しい好奇心に「義務」の仮面を被せたものの、その胸の鼓動が、ほんの少しだけ加速していることに、完璧な側近はまだ気づいていなかった。
こうして彼は、興味の対象に近づく最高の大義名分を得たのである。




