第104話 地図にない湖
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それから数日後。
文献調査チームから、ランバート領の旧神殿に関する報告書が届けられた。
開発室へ集まったアリスたちの前で、レオナルドが報告書を開く。
「ランバート家に残されていた記録と、王宮へ保管されている古い地方史を照合した結果、旧神殿について記された文献が一冊だけ見つかりました」
「一冊だけか?」
カイルが尋ねる。
「はい。現在の領地記録が整えられるよりも前に書かれたものです。傷みが激しく、前後の頁も失われています」
レオナルドは慎重に紙をめくり、文献から読み取れた内容を伝えた。
「記録によれば、かつて旧神殿のさらに奥には、神殿を管理する一つの村が存在していたそうです。」
「村?」
リリィが聞き返す。
「はい。しかし、その村は湖の底へ沈んだと記されています」
開発室に、僅かな沈黙が落ちた。
「湖とは、どこの湖だ?」
マクシミリアンが尋ねた。
「分かりません」
レオナルドは首を横に振った。
「現在の地図にも、過去に作られた地図にも、旧神殿付近に湖は記されていません。文献にも、村が沈んだ理由や湖の位置までは残されていませんでした」
「では、なぜ村が湖へ沈んだと分かったのですの?」
アリスが尋ねる。
「文献には、こう記されています」
レオナルドは、判読された文章を読み上げた。
「神殿を守りし村は湖の底へ沈み、その地には災いが残された。神殿跡地は呪われているため、決して近づいてはならない――と」
「呪い……」
リリィの顔から、先ほどまでの穏やかな表情が消えた。
「リリィ。知っていたのか?」
マクシミリアンが尋ねる。
「いいえ」
リリィは、はっきりと首を振った。
「私たちに伝わっているのは、あの場所は危険だから近づいてはいけないということだけです。村が湖へ沈んだことも、旧神殿が呪われていることも、聞いたことがありません」
「領民にも伝わっていないのですか?」
セドリックが確認する。
「はい。少なくとも、現在のランバート領では、そのような話をする者はいないと思います。旧神殿は崩落の危険があるから近づいてはいけないのだと、皆そう考えています」
長い年月の間に、村と湖と呪いの話は失われ、「近づいてはいけない」という警告だけが残ったのだろう。
「村が沈んだ湖は、今は存在しない」
アリスは、報告書の記述を見つめながら呟いた。
「地図にも残っておらず、領民も知らない。ですが、村が湖底へ沈んだという記録だけは残されている……」
「記録そのものが、事実ではなく伝承である可能性もあります」
セドリックが慎重に言った。
「ええ。ですが、“呪い”と呼ばれたものが、本当に呪いだったとも限りませんわ」
古代文明の仕組みを知らない者が、理解できない現象を呪いや神の力として記録した可能性はある。
ベレニケ領の古代魔道具も、仕組みを知らなければ、誰も触れていないのに火の魔石を生み出す不可思議な祭壇にしか見えなかった。
「旧神殿の紋。領内の家や田畑に残された石造物。そして、湖底へ沈んだという村」
アリスは、三つの手掛かりを書き並べた。
「別々の伝承ではなく、全てが一つの仕組みにつながっている可能性がありますわ」
「しかし、現在の旧神殿付近には湖がない」
カイルが言った。
「はい。だからこそ、現地を確認する必要があります」
アリスの瞳には、すでに疲労とは異なる光が宿っていた。
マクシミリアンはその表情を見て、嫌な予感を覚えたように眉をひそめる。
「先に言っておくが、呪われていると書かれた場所へ、何の準備もせず飛び込むつもりではないだろうな?」
「もちろんですわ」
アリスは即答した。
その返事があまりにも早かったため、マクシミリアンの疑いは、むしろ深くなった。
カイルは小さく息を吐き、レオナルドへ指示を出した。
「ランバート家へ正式に調査を申し入れる。旧神殿だけでなく、その周辺一帯を確認できるよう手配しろ。」
「承知いたしました」
「それから、安全確認を最優先とする。崩落への備えも必要だ」
カイルの言葉に、マクシミリアンが強く頷いた。
湖のない場所で、村が湖底へ沈んだ。
呪いと呼ばれた災い。
そして、お守りとして残された石の置物。
王都で止まっていた調査は、ランバート領へ向けて再び動き始めた。




