第5話 解放されつつある心
俺は、ダリアを連れて自分の家に帰る。
とりあえず、彼女が落ち着くまで待つ事にした。
彼女の家に侵入して、着替えくらいは確保する。
彼女の服や荷物は、手が付けられていなかったが、母親の荷物はごっそりと無くなっていた。
俺は、彼女の父親の荷物などを整理して、彼女には自分の荷物を整理させた。
(今は混乱しているだろうが、いずれは父親も出所するだろう。
それまで、荷物の世話とか、面会くらいはするようにさせないとな……。
いくらあんな事があっても、彼女の親だ。
彼女を大切にすると言うのなら、もう一度一緒に生活させてやる事が大切だろう。
性的犯罪は、刑務所内でもかなりの扱いを受ける。
実の娘が励ませば、出所まで耐えられるかもしれない!)
俺はそう考えて、彼女と父親を会わせる段取りを付ける。
彼女自身では決め難い事だろうが、他人が少し強要した方が上手く行く物だ。
しばらくは、彼女のトラウマもあるのだろうが、気分が落ち着いてから一緒に会いに行こうと思う。
彼女は、俺の考えを読んだのか、こうお礼を言って来た。
「いろいろ気遣ってくれてありがとう。
なんとか、自分で事件の処理とかをできるように頑張るね……」
「無理するな……。
俺の養父も養母も良い人だ。
お前の気持ちが落ち着くまでは、俺が頼み込んで住まわせてやる。
お前の母親も、その内会いに来るはずだ。
ゆっくりと今後の生活を考えて行こう。
俺も、お前と一緒に学校を卒業したいしな……」
「うん、そうだね……。
私、泊めたのが宋史君で良かったよ。
じゃなかったら、もっと酷い事になっていたかも……」
俺と彼女が話していると、俺の養母が話しかけて来た。
俺の養母は、年齢が60歳前半だが、やはり娘が欲しいという欲求を持っていた。
女の人なら、自分と気の合う女の子を友達感覚で付き合いたいと思う人は多くいるはずだ。
彼女もその1人だった。
養子にしたのは俺という息子だが、娘も欲しいと心の奥底では願っていたらしい。
その為、ダリアを自分の娘のように可愛がり始めた。
今の傷心のダリアには、こういう人と一緒にいる方が助けになるだろう。
「まあ、凄い可愛い子ね!
お人形さんみたい!」
「日本人と外国人のハーフなんだ。
いろいろワケがあって、数日間一緒に住みたいんだけど……」
「私達は、問題ないですよ!
ダリアちゃんさえ良ければ、ずっと家にいらっしゃい」
嬉しい事を言ってくれるが、それを鵜呑みにする事はできない。
養子縁組の手続きを慎重にやって、家族が生活していけるかを考えなければならないのだ。
養子縁組と言っても、やはりいろいろな税金やら生活費やらがかかる。
動物のように、すぐに養っていけるというほど甘くはないのだ。
数日間なら一緒に住む事はできるが、数年となると家族で話し合わなくては決められない問題だ。
「どうも、お世話になります!
宋史君のクラスメートで、ダリアと申します。
しばらくご厄介になります!」
彼女は、とても行儀良く挨拶をした。
この様子なら、おそらく1年くらいは一緒に生活できるだろう。
初対面での礼儀は、第1印象を決める点でも重要な要素だ。
これが良ければ、その後の関係もスムーズに行くのだ。
俺は、養母に彼女の部屋を用意してくれるように頼む。
「お母さん、彼女の部屋を用意してくれるかな?
彼女も1人になりたい時があるだろうし……」
「ふふ、アキラ君のお嫁さんが来たみたいで嬉しいわ!」
「余計な事は言わなくて良いから……」
照れる俺と彼女だったが、内心は喜んでいた。
もしも、彼女が家族になれるなら、それが一番良い結果かもしれない。
養母に案内され、彼女は客間へ入っていった。
「さて、今日は家族サービスをするか。
さすがに、無理なお願いを聞いてくれたわけだしな……」
俺は、食事の準備や掃除などを積極的にし始めていた。
養子になっている以上、定期的に感謝を示すのは重要なのだ。
俺の計算に基づいて、人と仲良くなる上での基本パターンだった。
俺がそうした仕事をしている間に、彼女と養母は仲良くなっていた。
養母は、人付き合いの良い人であり、彼女とも気が合うようだ。
「こちらの部屋を使ってくださいね!
自分の家だと思って、くつろいでくれて良いのよ!」
「ありがとうございます!」
「ふふ、アキラが女の子を連れて来るなんて初めてだわ。
愛想笑いはできるけど、いつも仏頂面で困っていたのよね。
あなたが友達になってくれれば、アキラも明るくなるわ!」
「彼は、なぜいつも仏頂面何でしょうか?
心は優しいのに、笑顔が少ないですよね……」
「そうね、でも、育児施設に入っている子の大半がそんな感じなのよ。
長期的な絶望を経験すると、徐々にそのようになるそうよ。
笑顔というのは、自然に出て来る物。
それが阻害されたり、むりやりに訓練すると、そうなるらしいわ」
「なら、私、宋史君を笑わせてみたい!
愛想笑いじゃなくて、心の底からの笑顔を……」
「うん、ダリアちゃんならできると思うわ!」
俺は、タオルや日常品を彼女に渡そうとして、彼女の部屋の前まで来ていた。
自分が絶望するような状況に追い込まれた場合、他人の事を考える事によって気分を紛らわせる事が出来るらしい。
(ダリアがヤル気になったのなら、それでも良いか……)
俺は、タオルやドライヤーなどを置いて立ち去った。
さすがに、彼女達の計画を聞くわけにもいくまい。
俺を笑わせるという彼女の言葉に、愛情を感じ取っていた。
「ああ、この話は、ここまでで……」
「どうしたの?」
彼女は、俺が近くにいる事を察したようで、静かになる。
俺は、その状況を感じ取って、無言のエールを送っていた。
わずかばかりだが、笑顔になっていたと思う。
(まあ、せいぜい頑張ってくれ)
そう思ったが、同時に、俺の心を開けるのは、同じ境遇の彼女しかいないのかもしれないと感じていた。
その証拠に、無関心だった俺が、彼女だけは助けようとしている。
俺が部屋から立ち去ると、養母は自分が昔に着ていた浴衣を引っ張り出して来た。
どうやら客間に仕舞っていたようで、自分の娘ができた時にあげようと思っていた物らしい。
自分との血の繋がりのある娘は誕生させる事ができなかったが、それを彼女にあげようとしていた。
黄色の布地に、ピンク色の花が咲いている浴衣だった。
「わあ、こんな良い物を貰っても良いんですか?」
「ふふ、虫食いとかが無くて良かったわ。
この生地なら、あなたの髪の色にも合いそうだと思ってね。
今さっき思い出したの。
それに、明日は夏祭りもあるからね。
浴衣を着て、花火を見て、2人で楽しんで来てね。
ほら、アキラの浴衣も用意してあったのよ!」
「うわぁ、明日の夏祭りが楽しみです!」
俺が食事の準備をしていると、ダリアがエプロンを着けて手伝いに来た。
どうやらコイツも感謝を込めて作業するタイプで、俺と共に養母の手伝いをする。
まるで、新婚生活を始めたような初々しさがある。
朝になり、俺とダリアはデートする事になった。
近所のテーマパークに行くだけだが、彼女はオシャレをして出て来た。
どうやら養母が適当に洋服をアレンジしてくれたらしい。
金髪のショートカットに、白色のワンピース、紺のカーディガンを羽織っていた。
「この服、どうかな?
叔母さんが選んでくれたんだけど……」
俺は、服をじっと見て評価する。
シンプルな衣装だったが、とても彼女に合っていた。
俺は、一度絶望を味わった関係上、正直に感想を言う。
「とっても可愛いよ。
お姫様みたいだ……」
「ありがとう。
叔母さんのくれた服、良い物だからね。
私には似合わないや……」
「いや、服が可愛いのはもちろんだけど、お前も可愛いよ……」
俺がそう言うと、彼女は服の袖で顔を隠している。
顔が赤くなり、本当のお姫様のような仕草だった。
しばらく、俺の顔をまともに見れないらしい。
「ありがとう、ちょっと照れる……」
「行こうぜ!」
俺は、恥ずかしがって顔を隠す彼女の手を繋いで、半ば強引にデートを開始した。
彼女は、よろよろっと躓いて、俺の腕にしがみ付いて来た。
少しふっくらとしたオッパイが当たるが、俺は気にしない。
「デートだったら、この体勢くらいが丁度良いんじゃないか?
女の子と一緒に歩くなんて、初めてだけど……」
「うう、恥ずかしくて、緊張して、死んじゃいそう……」
彼女は、俺にしがみ付いたままそう言った。
それでも、俺の提案に従うようで、腕を掴んで離さない。
ゆっくりと俺達は歩き出した。
「視聴覚センターに行こう!
科学的な実験とか、プラネタリウムとか見れるらしいよ!
多分2人で楽しく遊べるはずだよ!」
「うん、プラネタリウム好き」
「他にも、不思議な実験とかあるみたい。
雲のでき方とか見れるよ!」
「ええ、雲ってどうやってできるの?」
「そんなに期待されても困るけど、気圧が変わって曇るのと同じなんだ。
雲のでき方の装置を見れば、ふーん、そうか……、と思うよ。
そんなに面白くもない。
それよりは、電気磁石とかの方が面白いよ。
単純だけど……」
俺とダリアは、視聴覚センターへ向かった。
昼の一時まで遊んで、昼ご飯を食べる。
ダリアが喜んでいたので良かった。
昼は、うどんを食べて、街をぶらぶら歩く。
やはり彼女は可愛く、街のみんなが見て来た。
彼女が嫌がっているようなので、アピタに入って買い物をする。
そこで2時間ほど時間を潰した。
「どうしたの?
欲しい物があった?」
彼女がアクセサリーショップの前で指輪を見入っていた。
俺は、それに気が付いて質問する。
どうやら青色のネックレスが気に入ったようだ。
「これ、可愛い……」
「カーディガンも青いからな。
良く似合ってる。
プレゼントさせてくれ!」
「ええ、そんなの良いよ!
そんなに安くない値段だよ!」
「良いんだよ、1つ買ってやる予定だったし……。
浴衣にも合いそうだから、今日一日中付けて入れるよ」
「うー、ありがとうございます!
お言葉に甘えさせてもらいます!」
「できたら、来年のデートにも付けて来てくれよ!
みんなで話し合ったら、もう1人くらい養う奴が増えても問題ないそうだ。
これから一緒に住んでも良いんだぜ!」
「嬉しい……。
ありがとうございます!」
「まあ、感謝は、親達に言ってくれよ!
俺は、対して何にもしていない」
「はい!」
彼女は本気で喜んでいた。
実の父親が出所して、2人で住めると保証されるまでは、彼女を養っていけるように準備してくれた。
「さてと、帰って浴衣に着替えよう。
今日の天気は良いから、花火も綺麗に見える」
「うん、楽しみだな!
ありがとうございます!」
彼女の顔に、満面の笑みが蘇っていた。
訓練された物ではない、心の底からの笑顔だ。
俺は、それを横目に見て、薄っすらと笑う。
夕日が落ち始め、世界が赤く染まり始めていた。
彼女の顔も赤くなっており、少し色っぽく見える。
俺は、衝動でキスしたくなっていた。
考えるよりも先に、手が動いてしまっていた。
彼女に拒絶され、初めて恋心を抱き始めていることに気が付いた。
彼女は、一瞬キスしようとするも、俺の胸を触って顔を背ける。
「あ、ダメです……。
私、汚れてますから……」
彼女は、おそらく父親からレイプされた時の事を言っているのだろう。
キスだけでは無く、嫌な事も強要されたのかもしれない。
俺が守ってあげられれば良かったが、俺は見て見ぬ振りをしていた。
「汚くなんてない。
凄く良い香りがするし、色もピンク色で綺麗だ。
なら、これでどうだ!」
俺は、彼女の頬っぺたに軽くキスをした。
肌が綺麗で柔らかく、プニッとしている。
彼女は、頰を押さえて、ジッと俺を見た。
「うー、頬っぺたなら良いかな?
私も、宋史君にしてあげたい!」
彼女は、ぷるんとした唇を頬っぺたに当てる。
俺の頰は息がかかって、少し暖かくなっていた。
髪の毛が軽く顔に当たり、甘い香りが漂う。
「うふふ、ネックレスのお礼……。
喜んでくれたら嬉しいけど……」
「凄く気持ちが良いよ。
お前がキスしたいと思ったら、キスしようぜ。
それまで、気長に待っているよ」
「うん……」
帰り道では、彼女の方から手を繋いで来ていた。
男性と女性の手では、柔らかさが違う。
小さな手が、キュッと俺の手を懸命に握り締めて来た。




