この世界の繁華街の片隅に
そんな訳で会社の応接室。
「お疲れ様、お姉ちゃん」
そこにはブラウスの上からカーディガンを羽織ったスカート姿の月依が
手持無沙汰そうに椅子に腰かけていた。
「何やってたの?時間に来ないから何かあったのかと思ったよ」
「ネットゲームをしてました、すいません……」
私はそう言って目の前で手を合わせる。
「そうなんだ。結構、懐が広い会社なんだねぇ」
「私達が日本と通信できる場所、ここしかないらしいしね」
「うん。私も時々使わせてもらってる」
「それじゃ、ご飯食べに行きますか」
「美味しいお店しってるから、私が案内するよ」
軽やかに席を立ち月依はそう言う。
「ありがと」
そして私達二人は会社の事務所を後にした。
―――
「それでどの辺にあるの?」
タカマガハラの近未来的な建物が並んだ繁華街を進みながら隣を歩く月依に問いかける。
「もうちょっと歩いたとこに小さなお店があるんだ。私のオススメのお店だよ」
「そうなんだ」
月依のオススメなら楽しみだな。
私達姉妹は味覚は割と似通ってるから、私が好きなものは月依も好きだし、
月依が好きなものは私も好きなのだ。
「ここ、ここ」
月依そう言って指さした先には、近未来的なタカマガハラの繁華街に似つかわしくない
超和風な建物が一軒立っていた。
その建物の軒先の看板には大きく『生田亭』の文字。
「いくたてい?」
「うん。そう。いくたてい」
なんか高そうなお店だなぁ。
軒先にメニューもないし、一見さんお断りのお店ってやつなんじゃないかな、ここ。
けれど、月依は慣れた手つきでガラガラと扉を開けて店内に入っていく。
「おこしやす~」
聞き覚えのある声の店員さんから、そう声をかけられる。
「あれ、ヒルコちゃん?」
よくよく見ると和服にエプロン姿のヒルコちゃんだった。
いつもラフな姿のヒルコちゃんしか見てないから結構新鮮だ。
ちょっと大きな胸も和服姿だとあまり目立たっていない。
でもなんで彼女がこんなところにいるんだろう。
「ああ、ここウチの実家やねん」
ひらりと私達に見せるように一回転して、どや?似合うやろ?っとニカっと笑いかける。
おお……すごく様になってる。
「と……遊んどらんで仕事せなな。お二人様、ご案内しまっさー」
ヒルコちゃんはカウンターの奥に向かってそう言いながら、私達を案内してくれる。
「それじゃ、ヒルコ、いつもの定食二つね」
テーブル席に座りながら月依はヒルコちゃんに注文する。
「はいな。まいどあり~」
言いながら手元の伝票に走り書きをして、カウンターの奥に向かう。
「ヒルコちゃんの家って和食屋さんだったんだね」
月依の向かいの席に座りながらそう言う。
「そそ」
「そっか。だから、寮でも日本食を食べてることが多かったんだ」
「お父さんが昔日本に行ってて、そこで和食の修行したんだってさ」
「へ~……」
日本に行ってるタカマガハラの人って結構いるんだなぁ。
しかも和食修行もしてたって。
それにしても日本に異世界人、潜り込みすぎじゃないの?
もしかしてテレビで見てた芸能人にもタカマガハラの人いたりするんじゃ。
「土曜日にヒルコが寮に居ないのは実家に手伝いに来てるんだよ」
「そっかー。偉いんだねぇ、ヒルコちゃん」
「いやいや。そないなこと言われると、照れてまうなぁ」
いつの間にかカウンターの奥から戻ってきていたヒルコちゃんは、
私達の前にコップと漬物皿を並べながらそう言う。
「せやけど陽花はん、スーツ姿様になっとうな」
「そ、そうかな」
「うんうん。さすがは私のお姉ちゃんだよね」
二人から褒めちぎられてしまい、ちょっと照れてしまう。
「今日の報告の結果はどないやったん?」
「そういえば私もそれ聞いてなかったや」
「んー……まぁ特に怒られもしなかったよ」
「ほなら良かったやん。昨日は、えろうビクビクしとったもんなぁ」
「うんうん。あれはちょっと見てて痛々しかったね」
「そんな顔してた?」
「「してた」」
二人に声を揃えてそんなことを言われる。
そっかー……そんな顔してたか―……。
でもでもしょうがないじゃない。
私はカムイのライセンス取りに来てるのに、
その正式ライセンスを取れた数がこの一ヵ月でゼロなんだから。
普通の会社ならきっと大目玉ものだよ!
絶対に減給ものだよ!
「まぁ昨日はあんなだったのに、会社でゲームするくらいには立ち直ったんだから良かったよ」
そう月依が言わなくてもいいことを言う。
「陽花はんもなかなかの不良社員やね」
ニヤニヤとした顔をしてヒルコちゃんは言う。
「だって……那直兄さんが自由にしても良いっていうから、つい」
「ああ、あのイケメンのお兄さんかー。月依が来た時いた高千穂の社員の人やっけ」
「そう。お姉ちゃんの上司で部長さん」
「ほー。そなんかー。若いのにすごいんやなぁ」
「お兄ちゃんは学園でも優等生だったらしいからね」
「へー……そうなんだ」
それは私も初耳だ。
那直兄さんも優等生だったんだ。
まぁそうだよね。あの若さで部長さんだしなー。
「私なんて、お兄ちゃんに比べればまだまだだよ」
同じ優等生の月依が言うと言葉の重みが違うなぁ。
それに比べて私のダメダメっぷりよ。
ホントなんで私、ここに配属されたのかなー……。
「陽花はん、陽花はん。また落ち込んでんで」
「え?」
「思いっきり顔にでてんで、なあ?」
「うんうん」
「そっかー……」
私ってそんな分かりやすい性格してるんだなぁ。
そんな話をしていると奥からヒルコちゃんを呼ぶ声が聞こえる。
「と、こないなとこで油うっとたらあかんかった」
そう言ってヒルコちゃんはカウンターの奥へと引っ込んでいった。
―――
「美味しかったー」
私達が料理を残さずたいらげた後。
「そかそか。口にあったみたいでなによりや」
食器を片付け終わったヒルコちゃんは、エプロンを外し月依の席の隣に座ってそう微笑む。
寮の日本風定食セットも美味しいけど、この生田亭の和食は格別に美味しかった。
さすが日本で修行してたってだけはあるなぁ。
「ほんで、二人は今日はこれから何する予定なん?」
「お姉ちゃんと適当にぶらぶらウィンドウショッピングでもしようかと」
「そいじゃさ。これから遊びに行かへんか?」
「ヒルコ、あんた家の手伝いは?」
「今日はもうあがりやねん」
「そうなんだ」
「私、スーツなんだけど」
さすがにスーツ姿でどこかに遊びに行くのは目立ちそうな気がする。
ていうか、絶対に目立つ。
「気にせーへん、気にせーへん。キクリ先生もたまにスーツ姿で皆と交じって遊んどるの見かけるし」
「そうなんだ」
まぁ確かに、キクリ先生なら生徒に交じって遊んでそう。
そこがキクリ先生らしいちゃらしいとこだけど。
「本人は生徒が悪い事してないか監視してるんですーって言い張っとるけどね」
「あー……」
それはちょっと無理がある言い訳だなぁ……。
「ほな、着替えてこんとな。と、その前に会計やね」
「はい、カード」
財布から高千穂支給の通貨カードを取り出し支払う月依。
タカマガハラではだいたいの店はこの通貨カードがあれば買い物ができる。
請求は高千穂のタカマガハラ課行き。
あまりに使いすぎると怒られるらしいけど、生活範囲内なら融通してくれる。
会社の経費で衣食住できるって素晴らしい。
「まいど。ほなまた後でな」
そう言って、カウンターの奥へと姿を消すヒルコちゃん。
「それじゃ、外で待ってようか、お姉ちゃん」
「うん」
そうして私達二人はヒルコちゃんと三人で遊びに出かけることになったのだった。
ヒルコの関西弁をちょっと修正しました。
えせ関西弁でもあまりにも変なので……。




