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花咲く辺境の第六皇子  作者: じゃこー
第二章 辺境に芽吹く
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第四十五話 最初の一石

なるべく毎日投稿したいですけど、忙しい時と暇な時の差が激しいので何とも言えないですね。

悲しい。

「……よし、ここからだね!」


 僕は手に持った地図を広げ、目の前の空き地へ視線を向けた。


 中央広場の端。


 昨日、バルトたちと調べた場所だ。


 今はまだ草が生えているだけで、これといって目立つものはない。


 けれど、僕の手元にある地図には、ここから町の入口へ向かって一本の道が描かれている。


 今までの細い道とは違う、荷馬車が余裕を持って行き来できる大通り。


 その両側には、将来建物が並ぶかもしれない。


 ……うん。


 想像するだけで、結構いい感じじゃない?


「殿下、今日は随分とお早いですな」


 背後から声がして、振り返る。


 そこにはバルトと、数人の職人たちが立っていた。


 手には道具や木箱を抱え、どうやら準備を整えてきたらしい。


「おはよう、バルト。ちょっと楽しみでさ」


「楽しみ、ですか?」


「うん。昨日地図を描いたら、実際にどんな感じになるのか見てみたくなっちゃって」


 そう答えると、バルトは少し意外そうな顔をした。


「……なるほど。では、今日は殿下の方が張り切っておられるようですな」


「まあね。せっかく考えたんだし、早く形にしてみたいじゃん?」


 僕は笑いながら、地図を指した。


「まずは、この辺りに短い道を造ってみようと思うんだ」


 バルトが覗き込む。


「試験施工ですな」


「そうそう。いきなり長い道を造って、後から失敗だったって分かったら大変でしょ?」


「ええ。小さく試すのであれば、必要な材料も少なく済みます」


「でしょ? それに、実際に造ってみた方が分かることも多そうだしね」


 僕は再び空き地へ目を向けた。


 昨日までは、ここをどう使うか考えているだけだった。


 でも、今日は違う。


 実際に、最初の道を造ってみる。


 そう考えると、何だか少し落ち着かない。


「カイル様」


 隣にいたフィオナが、少し不思議そうに僕を見た。


「今日は、随分と楽しそうですね」


「そうかな?」


「はい。いつもなら、もう少し眠そうにされている時間ですので」


「……まあ、それは否定しないけど」


 僕は苦笑した。


 確かに、普段ならまだベッドにいたい時間だ。


 でも、今日は何となく早く目が覚めてしまった。


 昨日描いた地図を見ていたら、あれこれ考え始めて、結局じっとしていられなくなったのである。


 ……自分でも、ちょっと珍しいと思う。


「まあ、こういう日もあるってことで」


「そうですね」


 フィオナは少し笑うと、地図へ視線を落とした。


「それで、まずはどこから始めるのでしょうか?」


「ここだね。広場に近い、この辺りから」


 僕は空き地の一角を指した。


「最初は短い区間だけ造って、ちゃんと荷車が通れるか試してみたいんだ」


「でしたら、実際に荷物を積んだ荷車を通してみる必要がありますね」


「ああ、確かに。歩くだけじゃ分からないもんね」


「町の荷運びをされている方に、協力をお願いしてみましょうか?」


「お願いしてもいい?」


「はい。広場で働いている方々に聞いてみます」


「ありがとう、助かるよ」


 フィオナは頷くと、広場の方へ歩いていった。


 ……さて。


 僕も始めようかな。


「バルト、まずは何からやればいい?」


「そうですな。まずは道の位置を決めて、地面を整えるところからでしょう」


「じゃあ、早速やろう!」


 僕は地図を畳み、職人たちと一緒に空き地へ歩き出した。


     ◇


 最初に行ったのは、道の位置を決める作業だった。


 木杭を地面へ打ち込み、その間に縄を張る。


 今回はあくまで試験施工なので、整備するのは数歩分の短い区間だけだ。


 それでも、将来の大通りへ繋げることを考えれば、適当に造るわけにはいかない。


「殿下、こちらをもう少し右へ寄せてもよろしいでしょうか?」


「ん? ああ、確かに。その方が広場へ繋げやすそうだね」


 バルトに言われ、縄の位置を少しずらす。


 職人たちが何度か距離を測り、杭の位置を調整していく。


 やがて、何もなかった地面に、細長い四角形が浮かび上がった。


「……おお」


 思わず声が漏れる。


 まだ縄を張っただけなのに、何となく道の形が見えてきた。


 ……これ、結構面白いな。


「殿下、位置はこれでよろしいですか?」


「うん。いいと思う。じゃあ、次は地面を整えるんだよね?」


「ええ。表面の柔らかい土を取り除き、下地を造ります」


「分かった。じゃあ、僕も少し手伝おうか」


 僕は地面へ手を向けた。


 空き地には、背の低い草や小さな灌木が生えている。


 まずはこれらを取り除かないと、工事を始められない。


 ただ、根ごと掘り返すのは結構な手間だ。


 ……だったら。


「《移植》」


 地面の下に広がる根へ意識を向ける。


 草や灌木の根を傷つけないようにまとめ、その周囲の土ごと持ち上げた。


 小さな植物の塊が、ゆっくりと地面から浮かび上がる。


「……相変わらず便利ですな」


 バルトが感心したように呟いた。


「でしょ? これくらいなら、そんなに魔力も使わないしね」


 僕は植物を少し離れた空き地へ移し、再び地面へ植え直した。


 これで、予定地の草はほとんどなくなった。


「じゃあ、後はお願いしてもいい?」


「ええ。ここからは我々の仕事です」


 職人たちが一斉に動き始めた。


 鍬で土を掘り返す者。


 掘り出した土を籠へ入れて運ぶ者。


 地面の高さを確かめながら、木杭へ印を付ける者。


 それぞれが自分の仕事を進めていく。


 少し離れた場所では、バルトが木製の道具を組み立てていた。


「それ、何に使うの?」


「地面を締め固めるための道具ですな」


 見ると、太い木材の下に重い板が取り付けられていた。


 持ち手を握り、持ち上げてから地面へ落とす。


 ドンッ、と鈍い音が響いた。


「こうして何度も叩き、地面を固めていくんです」


「へえ……」


 僕も試しに持たせてもらった。


 ……重っ。


 思っていたより、ずっと重い。


「これ、ずっとやるの?」


「ええ。もちろん、作業は交代しながらですが」


「……結構な重労働だね」


「道を造るには必要な作業ですからな」


 バルトが笑った。


 僕は道具を返し、改めて作業の様子を眺めた。


 地面を掘り、石を敷き、固める。


 言葉にすれば簡単だけれど、実際には随分と手間が掛かるらしい。


 ……でも。


 こうして少しずつ形になっていくのを見るのは、思っていた以上に楽しい。


「バルト、これって今いる人数でどれくらい進められるの?」


「今回の試験区間でしたら、今日中に形にはできるでしょう。ただ、本格的な道路となれば話は別ですな」


「だよね。資材も人手も、もっと必要になるだろうし」


「ええ。ですが、まずはこの区間で作り方を確かめられます」


「うん。じゃあ、今日はちゃんと試せるところまで進めよう!」


 そう言うと、バルトが少し笑った。


「承知しました。皆にも伝えておきましょう」


 ……なんだろう。


 自分で言っておいて何だけど、今日は随分と仕事に前向きな気がする。


 まあ、たまにはいいよね。


     ◇


 昼前になると、空き地の様子は随分と変わっていた。


 縄で囲まれた場所の土が掘り下げられ、地面には砕いた石が運び込まれ始めている。


 木槌の音。


 石を運ぶ荷車の軋む音。


 職人たちが互いに声を掛け合う声。


 先ほどまで静かだった広場の端が、すっかり工事現場になっていた。


「……おお、いいねえ」


 僕は少し離れたところから、その光景を眺めた。


 昨日まで草が生えていただけの場所に、もう道の下地ができ始めている。


 もちろん、まだ完成には程遠い。


 でも、作業が進むたびに、目の前の景色が少しずつ変わっていく。


 それが、何だか妙に楽しかった。


「殿下!」


 石を運んできた職人が、こちらへ声を掛けた。


「石材を持ってきました。どちらへ置きましょうか?」


「ああ、じゃあ、あっちの空いてるところにお願い。通る人の邪魔にならない場所がいいかな」


「分かりました!」


 職人が荷車を押していく。


 その後ろから、別の職人が加工した石を運んできた。


 形は少し不揃いだけれど、平らな面が作られている。


「これが道に敷く石?」


「ええ。今回使うのは、以前の補修用に用意していた石材と、近場で集めたものです」


「なるほど。じゃあ、今ある分で試してみる感じか」


「そうなります。本格的に工事を進めるなら、石材の調達先も決めなければなりませんな」


「うん。それはまた考えよう」


 僕は石を一つ手に取った。


 ごつごつした表面。


 ずっしりとした重さ。


 これを何十個も並べて、道を造っていくわけだ。


 ……いやあ。


 想像以上に大変そうだけど、出来上がったら結構すごいことになりそうだなあ。


 そんなことを考えていると、広場の方からフィオナが戻ってきた。


 隣には、荷車を引いた男性がいる。


「カイル様、荷運びをされている方に協力していただけることになりました」


「お、ありがとう!」


 僕は男性へ顔を向けた。


「こんにちは。急にお願いしちゃってごめんね」


「いえいえ! 殿下が新しい道を造られると聞きまして、ちょっと興味がありましてね」


 男性は笑いながら荷車を示した。


「普段は市場へ荷物を運んでおります。試しに通してみるくらいなら、いくらでもお手伝いしますよ」


「それは助かるよ。実際に使う人の意見も聞きたいんだ」


「でしたら、遠慮なく言わせてもらいます!」


「うん、お願い」


 男性は工事現場へ視線を向けた。


「……しかし、もうこんなに進んでるんですな」


「まだ下地だけだけどね」


「いやあ、それでも随分違いますよ。昨日まで草が生えてただけの場所ですから」


「でしょ?」


 僕は思わず笑った。


 そうなんだよね。


 昨日までは、本当に何もなかった。


 それが、たった半日でこんなに変わっている。


 ……うん。


 やっぱり面白い。


「ところで、殿下」


 男性が少し首を傾げた。


「この道、将来的には広場の向こうまで続くんですか?」


「そのつもりだよ。まだ細かいことは決まってないけど、町の入口から広場まで、荷馬車が通りやすい道を造りたいんだ」


「おお、それはありがたい!」


 男性の顔が明るくなった。


「最近は荷物を運ぶにも苦労してましてね。道が広くなれば、随分助かりますよ」


「やっぱり、そうなんだ」


「ええ。特に朝方は、商人の荷車が重なることもありますから」


 なるほど。


 実際に荷車を引いている人がそう言うなら、やっぱり整備する意味は大きそうだ。


「じゃあ、完成したら真っ先に使ってもらわないとね」


「ははは! そりゃ楽しみですな!」


 男性は豪快に笑った。


 その声につられたのか、近くで作業していた職人たちも少し笑っていた。


 何だか、現場の雰囲気も明るくなった気がする。


     ◇


 午後になると、いよいよ石を敷く作業が始まった。


 地面を掘り下げ、砕石を敷き、何度も締め固める。


 その上へ、加工した石を一つずつ並べていく。


 職人たちは石の高さを確かめながら、木槌で軽く叩いて位置を調整していた。


 カン、カン、と乾いた音が響く。


 最初の一つ。


 その隣に、もう一つ。


 さらに、その先へ。


 少しずつ石が並び、土の上に灰色の帯が伸びていく。


「……おお」


 僕は、思わず声を漏らした。


 今まで地図の上でしか存在しなかった道が、目の前で形になっている。


 ……すごいな。


 まだほんの数歩分なのに、周りの景色まで少し違って見える。


「殿下、こちらをご覧ください」


 バルトに呼ばれ、近づく。


 職人の一人が、敷いた石の上へ木の板を置いていた。


 その上に水の入った小さな容器を載せる。


「……何してるの?」


「石の高さを確認しているんです。ここで大きく傾いていると、荷車が通った時に不安定になりますから」


「なるほどねえ」


 僕はしゃがみ込み、石畳を覗き込んだ。


 一つ一つの石は微妙に形が違う。


 でも、上から見ると、歩く部分はできるだけ平らになるように揃えられていた。


「これ、全部手作業で合わせてるの?」


「そうですな。石の形も、置く場所によって少しずつ変えています」


「……すごいね」


 思わず、素直な感想が漏れた。


 魔法で植物を動かすのとは、また違う技術だ。


 何度も石を置き直し、少しずつ高さを合わせていく。


 それを繰り返すことで、一本の道ができあがる。


 ……こういうの、結構好きかもしれない。


「カイル様」


 隣で見ていたフィオナが、石畳へ視線を向けた。


「少し歩いてみてもよろしいでしょうか?」


「いいんじゃない? もう歩ける状態なんだよね?」


 僕がバルトを見ると、彼は頷いた。


「ええ。ただ、まだ一部は固定しておりませんので、こちら側だけでお願いいたします」


「分かりました」


 フィオナは石畳の端へ足を乗せた。


 一歩。


 そして、もう一歩。


 普段の土道とは違い、足元が安定している。


 彼女は何度か歩いてから、こちらへ顔を向けた。


「……歩きやすいですね」


「お、ほんと?」


「はい。地面が平らですし、足を取られることもありません」


「じゃあ、僕も歩いてみようかな」


 僕も石畳へ足を乗せた。


 ……おお。


 確かに、しっかりしている。


 土の上を歩く時とは、足の裏へ伝わってくる感触が違った。


 少し硬いけれど、地面が沈む心配はなさそうだ。


「……いいね、これ!」


 思わず笑顔になる。


「これがずっと続いてたら、結構歩きやすそうじゃない?」


「そうですね。雨の日も、今よりずっと移動しやすくなると思います」


「だよね!」


 僕は石畳の先へ目を向けた。


 今はまだ、数歩進めば土の道に戻ってしまう。


 でも、これが広場まで伸びていけば。


 さらに、町の入口まで繋がれば。


 ……うん。


 想像するだけで、ちょっと楽しくなってきた。


 その時だった。


「殿下、少しよろしいでしょうか」


 石を敷いていた職人の一人が、こちらへ声を掛けた。


「どうしたの?」


「こちらの石ですが、少し沈み込みがありまして」


 見ると、敷かれた石の一つが、周囲よりわずかに低くなっていた。


 職人が足を乗せると、石がほんの少しだけ動く。


「……あれ?」


「下の砕石が均等に締まっていないようですな」


 バルトがしゃがみ込み、石の状態を確かめた。


「このまま荷車を通せば、さらに沈むかもしれません」


「……なるほど」


 僕は、少し考えた。


 見た目は随分よくなってきた。


 でも、実際に使うとなると、まだ問題があるらしい。


 ……だったら。


「一回、その石を外して下を確かめてみない?」


 僕がそう言うと、職人たちが顔を上げた。


「せっかく試しに造ってるんだし、問題があるなら今のうちに見つけておきたいんだよね」


 バルトが頷いた。


「確かに、その方がよろしいでしょう」


「本格的に工事を始めてから、同じ問題が何十か所も出てきたら大変だしさ」


「……それは、御免ですな」


 職人たちが笑った。


 問題の石を取り外し、下の砕石を確認する。


 どうやら、一部の石がうまく噛み合っておらず、重さが掛かった時に動いてしまっていたらしい。


 職人たちは砕石を入れ直し、改めて締め固めていく。


 僕も横から作業を眺めていた。


 ……なるほどねえ。


 こういうところは、やっぱり実際に造ってみないと分からないんだろうな。


 でも、だからこそ小さく試してみて正解だった。


「……よし。もう一回やってみよう!」


 僕が声を掛けると、職人たちが頷いた。


 再び石が敷かれ、木槌の音が響き始めた。


     ◇


 夕方が近づいた頃。


 ようやく、最初の試験区間が完成した。


 長さはほんの数歩分。


 道幅も、本格的な大通りに比べればまだ狭い。


 それでも、整えられた石がきれいに並び、周囲の土道とは明らかに違う姿になっていた。


「……できた!」


 僕は、思わず声を上げた。


 バルトたちも作業の手を止め、完成した石畳を眺めている。


「殿下、まずは一段落ですな」


「うん! いやあ、結構いい感じじゃない?」


「ええ。まだ改善できる部分はありますが、最初の試験としては十分でしょう」


 僕は石畳へ近づいた。


 朝までは、ただの空き地だった場所だ。


 そこに今、確かに道ができている。


 ……何だか、ちょっと感動するなあ。


「カイル様」


 フィオナが声を掛けてきた。


「荷車の準備ができたそうです」


「ああ、そうだった! じゃあ、早速試してみようか!」


 広場の方から、先ほどの男性が荷車を引いてやってきた。


 荷台には、木箱がいくつか積まれている。


 どうやら、普段と同じくらいの荷物を用意してくれたらしい。


「殿下、こちらでよろしいですか?」


「うん、ありがとう! じゃあ、お願いしてもいい?」


「任せてください!」


 男性は荷車の持ち手を握り、ゆっくりと動かし始めた。


 木製の車輪が土の上を転がる。


 やがて、石畳の端へ差しかかった。


 ゴトン。


 小さな段差を越え、車輪が石の上へ乗る。


 そのまま、ゆっくりと前へ進んでいく。


 ガラガラと、今までとは少し違う音が響いた。


 荷車は大きく揺れることもなく、石畳の上を通り抜けた。


「……おお!」


 思わず声が漏れる。


 周囲で見ていた職人たちからも、小さな歓声が上がった。


「どう? 通りやすかった?」


 僕が尋ねると、男性は荷車を停めて振り返った。


「ええ! 思っていたよりずっと安定していますよ!」


「本当?」


「はい。土の道だと、車輪が轍に引っ張られることがありますが、こちらは随分楽です」


 男性は嬉しそうに笑った。


「ただ、石畳へ入るところには少し段差がありますな。そこはもう少し滑らかにした方がよさそうです」


「ああ、確かに。今は試験区間だから、どうしても段差ができちゃうね」


「ええ。ですが、ずっと石畳が続くのであれば、かなり使いやすいと思いますよ」


「そっか!」


 僕は頷いた。


 ……よし。


 実際に荷車が通れた。


 しかも、普段使っている人からもいい評価をもらえた。


 まだ直すところはあるけれど、方向性としては悪くなさそうだ。


「バルト、どう思う?」


「そうですな。今回の方法なら、ある程度は安定した道を造れそうです。ただ、施工に時間が掛かることと、石材の確保が課題になります」


「うん。そこは何とか考えないとね」


 僕は石畳へ視線を向けた。


 ほんの数歩分を造るだけでも、これだけの人数が一日掛けて作業している。


 町の入口から広場までとなれば、相当な時間が必要になるだろう。


 それに、今は住宅や工房の建設も進んでいる。


 道路工事にばかり人を集めるわけにもいかない。


 ……やっぱり、人手不足は大きいなあ。


 でも。


 そこは、これから増やしていけばいい。


 昨日決めた移住者の募集もある。


 経験のある職人が来てくれれば、工事を進める人数も増やせるはずだ。


 それに、経験のない人でも、運搬や簡単な作業を手伝ってもらうことはできるかもしれない。


 ……うん。


 少しずつ、できることを増やしていけばいいんだ。


「バルト」


「はい」


「本格的な工事は、準備ができたところから少しずつ始めよう」


「承知しました」


「それから、石材の調達と加工に必要な人も確認しておいてほしいんだ。今いる人数でどこまでできるか、ちゃんと考えておきたい」


「分かりました。職人たちと相談しておきます」


「ありがとう!」


 僕は笑った。


 何だか、次にやりたいことがどんどん見つかってくる。


 道路を造る。


 そうすると、その周りの建物も気になってくる。


 商店が増えれば、荷物を運ぶ場所も必要になる。


 人が増えれば、住宅も増やさないといけない。


 住宅が増えれば、そこへ続く道も必要になる。


 ……ああ。


 なるほど。


 町づくりって、こういうことなのか。


 何か一つ造ると、また次に造りたいものが見つかる。


 それを考えているだけでも、何だか楽しい。


     ◇


「カイル様」


 夕方。


 職人たちが道具を片付け始めた頃、フィオナが隣へやってきた。


「今日は、随分とお疲れになったのではありませんか?」


「ん? まあ、ちょっと疲れたけど……」


 僕は、完成した石畳を眺めた。


「それより、結構楽しかったなあ」


 そう答えると、フィオナが少し驚いたような顔をした。


「……お仕事が、ですか?」


「うん。何ていうか、こうして自分たちで町を造ってる感じがするじゃん?」


 僕は石畳の先へ目を向けた。


 そこには、まだ土の道が続いている。


 けれど、いつかこの先にも石が敷かれ、荷馬車が行き交うようになるのだろう。


 そして、その道沿いには店や家が増えていく。


 今はまだ想像するしかない景色。


 でも、今日こうして実際に道を造ってみたことで、それが少しだけ現実に近づいた気がした。


「……何だかさ」


「はい」


「次は、あそこまで繋げてみたいなって思うんだよね」


 僕は広場の向こうを指した。


「それで、道ができたら、その周りに店とか増やしてさ。もっと人が集まる場所にできたら面白そうじゃない?」


 フィオナは、僕が指した方向へ視線を向けた。


 しばらく、何も言わずに眺めている。


「……そうですね」


 そして、ゆっくりと頷いた。


「私も、見てみたいです。その景色を」


「でしょ?」


 僕は笑った。


 何だか、今日は珍しく意見が合う気がする。


 ……いや。


 普段から結構合ってるんだけどね。


「それに、カイル様」


「ん?」


「今日の皆さん、とても楽しそうでした」


 そう言われ、僕は周囲へ目を向けた。


 作業を終えた職人たちが、道具を片付けながら話している。


 石畳の出来具合について話し合っている者もいれば、明日の作業について相談している者もいる。


 先ほど協力してくれた荷運びの男性は、近くの商人に何かを説明していた。


 どうやら、新しい道のことを話しているらしい。


 その表情は、どこか嬉しそうだった。


「……確かに」


 僕は頷いた。


 今日造ったのは、ほんの短い石畳だけだ。


 まだ町全体から見れば、小さな変化にすぎない。


 でも、それを造るために何人もの人が集まった。


 皆で考えて、手を動かして、少しずつ形にしていった。


 そして、完成したものを見て、皆が嬉しそうにしている。


 ……うん。


 こういうの、悪くないね。


「……よし!」


 僕は、もう一度石畳へ視線を向けた。


「次は、もう少し長い区間を造ってみようか」


「はい」


「そのためには、石材ももっと必要になるし、人も増やさないとね」


「そうですね。移住者の募集も始めたところですし、これから少しずつ働き手も増えていくと思います」


「うん。楽しみだなあ」


 僕は、思わず笑った。


 最初は、のんびり暮らすためにこの町を整えようと思っていただけだった。


 面倒な仕事を減らして、できるだけ楽をする。


 それが一番の目的だったはずだ。


 もちろん、今もその考えは変わらない。


 ……でも。


 こうして町が少しずつ形になっていくのを見ると、何だかもっと色々とやってみたくなる。


 道を造る。


 建物を増やす。


 人が集まる場所を造る。


 そして、その中で人々が暮らしていく。


 ……うん。


 面白そうじゃない?


「……さて、そろそろ帰ろうか」


「はい。今日はゆっくりお休みください」


「そうだね。明日も色々やりたいし」


 そう答えると、フィオナが少しだけ目を丸くした。


「……明日も、ですか?」


「うん。今日やってみて、もう少し考えたいことが増えちゃったんだよね」


「……そうなのですね」


 フィオナは少し驚いたような顔をしていたものの、やがて口元を緩めた。


「では、明日もご一緒します」


「ありがとう。よろしくね」


 僕らは並んで歩き始めた。


 夕暮れの広場には、まだ人々の声が響いている。


 商人たちが荷物を片付け、住民たちが家路についていく。


 その片隅に、今日造ったばかりの短い石畳が残っていた。


 今はまだ、ほんの数歩分。


 でも。


 ここから少しずつ、道が伸びていく。


 その先には、まだ何もない土地が広がっている。


 きっと、これから色々なものを造っていくことになるのだろう。


 ……何だか、楽しみだな。


 僕は、もう一度だけ振り返った。


 夕日に照らされた石畳が、周囲の土道とは違う色で輝いている。


 今日、初めて造った道。


 この町が、これからもっと大きくなっていくための、最初の一歩。


 ……よし。


 次は、もう少し先まで。


 そう考えながら、僕はフィオナと共に屋敷へ向かった。

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