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花咲く辺境の第六皇子  作者: じゃこー
第二章 辺境に芽吹く
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第四十四話 町のかたち

「殿下、ちょっと待ってください!」


 町の中央広場に、女性の声が響いた。


 振り返ると、野菜を並べた露店の前で、一人の女性が腰に手を当てて立っていた。


 見覚えのある顔だ。


 確か、以前この広場を拡張した時、最初に声を掛けてきた人だったと思う。


「どうしたの?」


「どうしたの、じゃありませんよ! その縄、うちの店の真ん中を通ってるじゃないですか!」


「……縄?」


 視線を落とす。


 地面には、二本の木杭の間に張られた細い縄があった。


 その一本が、見事に女性の露店を横切っている。


 ……ああ。


 なるほど、そういうことか。


「バルト、これって……」


「町の入口から広場まで、真っ直ぐ道を通した場合の位置ですな」


 隣にいたバルト(木工職人)が、手元の板を確認しながら答えた。


 今日、僕らは町の道路を調べるために集まっていた。


 同行しているのはフィオナとバルト、それから道路の補修に携わってきた職人が二人。


 道幅や地形を確認しながら、今後どこを整備するべきか考える予定だった。


 ……予定だったんだけど。


「殿下、まさかうちの店をどかすつもりじゃないでしょうね?」


「ああ、違う違う! まだ何も決まってないよ。今は道の位置を調べてるだけだから」


「本当ですか?」


「本当だよ。というか、店をどかすつもりなら先に相談するって」


 女性は少し疑わしそうな顔をしていたものの、ひとまず納得してくれたらしい。


「それならいいんですけど……。せっかく最近、お客さんも増えてきたところなんですから」


「そうだよね。ごめんね、驚かせちゃって」


 僕が謝ると、女性は小さく息を吐いた。


「まあ、道がよくなるのはありがたいですけどね。ただ、商売ができなくなっちゃ困りますから」


「うん。そこも考えないとね」


 女性は頷くと、露店へ戻っていった。


 ……さて。


 僕は、改めて地面に張られた縄を見つめた。


 確かに、町の入口から中央広場へ真っ直ぐ道を伸ばせば、ここを通ることになる。


 でも、その先には露店が並んでいるし、さらに向こうには住宅もある。


 ……これ。


「バルト、もしかして、道を造るのって思ったより難しい?」


「今さらですか、殿下?」


「……いや、まあ、そうなんだけどさ」


 バルトが苦笑した。


 その隣で、フィオナの口元も少しだけ緩んでいる。


 ……何だろう。


 まだ何も造ってないのに、早くも大変な予感がしてきた。


     ◇


 そもそも、今回の道路整備を考え始めた理由は単純だ。


 町に人が増え、荷車の行き来も多くなってきた。


 その結果、今までの道では不便な場所が目立ち始めている。


 だから、今のうちに整備しておこう。


 ……という話だった。


 ただし、いきなり町中を石畳にするわけにはいかない。


 材料も人手も足りないし、何より今ある建物をどうするかという問題がある。


 そこで、まずは現状を調べることにしたのだ。


「では殿下、こちらをご覧ください」


 バルトに促され、僕らは広場から少し離れた通りへ向かった。


 町の入口から続く、比較的人通りの多い道だ。


 両側には家屋や商店が並び、店先には木箱や樽が置かれている。


 以前に比べれば随分歩きやすくなったものの、地面にはまだ土が露出している場所が多かった。


「この辺りは、以前補修した場所ですよね?」


 僕が尋ねると、バルトが頷いた。


「ええ。地盤を固めていただいたおかげで、以前ほど車輪が沈むことはなくなりました」


「なら、そんなに悪くないんじゃない?」


「道そのものは、以前よりずっとよくなっています。ただ、問題は別にありましてな」


 バルトは通りの端へ歩いていき、地面に残された轍を指した。


「こちらを見てください」


 覗き込むと、何本もの車輪の跡が重なっていた。


 特に道の中央付近は、繰り返し車輪が通ったためか、周囲より少し低くなっている。


「荷車が増えたことで、同じ場所へ負担が集中しているんです。このまま通行量が増えれば、いずれ補修が追いつかなくなるでしょう」


「……なるほど」


「それに、道幅も足りません。荷車が一台通るだけなら問題ありませんが、すれ違うとなれば話は別です」


 そう言って、バルトは道の両側へ視線を向けた。


 確かに、家の壁と排水溝に挟まれたこの場所では、二台の荷車が余裕を持って通るのは難しそうだった。


「じゃあ、単純に道を広げれば……」


「その場合、あちらの建物をどうするかという話になりますな」


 指された先には、小さな商店があった。


 壁際には商品を入れた木箱が積まれ、軒先には木製の看板が吊るされている。


 その建物を避けようとすれば、反対側の排水溝を埋めなければならない。


 ……ああ。


 そういうことか。


「道を広げるだけでも、色々考えないといけないんだね」


「そういうことです。特に古い建物が集まっている場所は、簡単には手を付けられません」


 僕は通りを見渡した。


 家々の間には細い路地が伸び、その先にも別の住宅が並んでいる。


 この町は、最初から大きくなることを想定して造られたわけではない。


 人が暮らす場所に家が建ち、その家へ向かうために道ができた。


 そんな歴史を感じさせる町並みだった。


 ……まあ、昔はそれで十分だったんだろうけど。


 今は事情が違う。


「となると、今ある道を全部広げるのは難しそうだね」


「ええ。それに、広げる必要のない道まで広げても、費用が掛かるばかりです」


「……確かに」


 僕は少し考えた。


 荷車が頻繁に通る道。


 住民が歩くだけの道。


 商店や工房へ荷物を運ぶ道。


 同じ町の中でも、使い方はそれぞれ違う。


 だったら、全部同じように造る必要はないのかもしれない。


「バルト、町の入口から広場までの道は、将来的に荷車がすれ違えるくらいの幅が欲しいんだけどさ」


「ええ」


「それ以外は、場所によって変えた方がいいのかな?」


「私も、その方がよろしいと思います。住宅の間の細い道まで、大通りと同じ造りにする必要はありませんからな」


 なるほど。


 少しずつ、やるべきことが見えてきた気がする。


 ……ただ。


「そうなると、どの道を広くするかが大事なんだね」


「その通りです」


 バルトが満足そうに頷いた。


 ……何だか、試験を受けてる気分になってきたなあ。


     ◇


 次に向かったのは、広場から東側へ伸びる通りだった。


 こちらは住宅が多く、荷車よりも歩いている人の方が目立つ。


 家の前には洗濯物が干され、軒下には薪が積まれていた。


 開け放たれた窓から、何かを煮込んでいるような匂いが漂ってくる。


 ……おいしそう。


 そういえば、そろそろ昼だったっけ。


「カイル様」


「ん?」


「こちらの道は、先ほどよりも状態がよいようですね」


 フィオナが地面へ視線を向けていた。


 確かに、こちらの道には深い轍がほとんどない。


 以前に補修した場所も、比較的きれいな状態を保っているようだった。


「荷車があまり通らないからかな?」


「それもあると思います。ただ、こちらは水の流れもよいようです」


 フィオナは道端にしゃがみ込み、排水溝を覗き込んだ。


 僕も隣へしゃがむ。


 溝の底には、乾いた葉が少し残っていた。


「この辺り、雨が降った時もあまり水が溜まらないんだよね?」


「はい。地面にわずかな傾斜がありますので、自然と水が流れていくのでしょう」


 そう言われて、改めて周囲を見渡す。


 確かに、道は緩やかに下っている。


 普段歩いている時には、あまり意識していなかった。


「……これって、道路を整備する時にも関係ある?」


「大いにあるでしょうな」


 答えたのはバルトだった。


「いくら丈夫な道を造っても、水が溜まれば傷みやすくなります。石を敷くにしても、どこへ水を流すか考えておかなければなりません」


「なるほどねえ」


 以前、水路を直した時にも似たようなことを考えた気がする。


 水は、必要な場所へ流れれば役に立つ。


 でも、流れる場所を間違えれば、畑も家も困ることになる。


 道路も同じなのだろう。


「……カイル様、少しよろしいでしょうか」


 フィオナが立ち上がった。


「どうしたの?」


「先ほどの広場へ戻る道ですが、こちらから見ると、あの辺りが少し低くなっています」


 彼女が指した先には、広場へ続く別の通りがあった。


 確かに、建物の間を抜ける道が、途中でわずかに下っているように見える。


「もし広場の地面を高くするのであれば、あちらへ流れている水の行き先も考えなければならないと思います」


「……ああ、確かに」


 僕は、フィオナが指した方向をもう一度見た。


 今は問題なく流れている雨水も、道を造り直すことで行き場を失うかもしれない。


 そうなれば、せっかく整備した広場の周囲に水が溜まってしまう。


「危なかった。石を敷くことばっかり考えてたよ」


「私も、先ほどまでは気づきませんでした。こうして実際に歩いてみると、分かることが多いですね」


「本当だね」


 フィオナの指摘を聞いていたバルトが、持参した板へ何かを書き込んだ。


「この辺りの水の流れも、設計に加えておきましょう」


「お願い。後から排水溝を全部造り直すことになったら、さすがに嫌だからね」


「私も御免ですな」


 バルトが苦笑する。


 ……よかった。


 そこは職人さんも同じらしい。


 そんな話をしていると、近くの家から年配の男性が出てきた。


「おや、殿下。こんなところで何を?」


「こんにちは。ちょっと町の道を調べてるんだ」


「道ですか?」


「うん。これから人も増えるだろうし、今のうちに整備しておこうかなって」


 男性は少し驚いたように目を丸くした。


「そりゃありがたい話ですな。最近は荷車も増えましたから」


「でしょ? ただ、どこをどう直すかは、まだ考えてるところなんだよね」


「なるほど……」


 男性はしばらく考えてから、家の前の道を指した。


「でしたら、こっちは今のままでも構いませんよ」


「……そうなの?」


「ええ。ここは荷車もほとんど通りませんし、道も以前よりずっとよくなりましたから」


 男性はそう言って、足元を軽く踏んだ。


「昔は雨が降るたびに靴が泥だらけになったもんですが、今はそんなことも減りました」


「そっか。それならよかった」


「ただ、広場へ続く道はもう少し何とかしてほしいですな。荷車が増えたせいか、最近は朝方によく混んでまして」


「やっぱり、そこなんだね」


 僕は頷いた。


 住民たちも、今の町に何が必要なのか、ちゃんと感じているらしい。


 ……というか。


 こういう話、もっと早く聞いておけばよかったかもしれない。


     ◇


 昼食を挟んで、僕らは再び町の中央へ戻ってきた。


 午前中に調べた道を振り返りながら、バルトたちと話し合う。


 今ある道をすべて広げるのは難しい。


 だからといって、荷車が増えるたびに補修を繰り返すのも効率が悪い。


 そこで、まずは町の入口から中央広場まで、荷車が通りやすい道を確保することにした。


 ただし。


「……ここの建物、邪魔になっちゃうんだよね」


 僕は、地面に描いた簡単な線を見つめた。


 町の入口。


 中央広場。


 その二つを真っ直ぐ結ぶと、途中にある家や商店と重なってしまう。


 もちろん、何もない土地なら簡単な話だ。


 でも、ここにはすでに人が暮らしている。


 建物をどかすにしても、簡単にはいかないだろう。


「やっぱり、少し曲げるしかないかなあ」


「それが現実的でしょうな」


 バルトが答えた。


「ただ、あまり曲げすぎると、大きな荷車が通りにくくなります」


「……そこも考えないといけないのか」


 僕は腕を組んだ。


 真っ直ぐな道を造りたい。


 でも、建物は避けたい。


 荷車は通りやすくしたい。


 でも、工事に時間も費用も掛けすぎたくない。


 ……うーん。


 なかなか難しい。


「カイル様」


 隣で地図を見ていたフィオナが、顔を上げた。


「先ほど通った道ではなく、こちら側を利用するのはいかがでしょうか」


 彼女が指したのは、広場の端にある空き地だった。


 今は草が生えているだけで、建物はほとんどない。


 ただ、そこへ至るまでには、少し遠回りする必要がある。


「……あっち?」


「はい。現在の道を広げるよりも、空いている場所を利用して新しい道を通した方が、工事を進めやすいのではないでしょうか」


 僕は、指された場所へ視線を向けた。


 確かに、あの辺りなら建物を壊す必要がほとんどない。


 それに、広場の端へ繋げれば、荷車がそのまま市場の近くまで入れる。


「……バルト、どう思う?」


「悪くありませんな。ただ、地盤と水の流れは確認する必要があります」


「じゃあ、ちょっと見に行ってみようか」


 そうして僕らは、広場の端にある空き地へ向かった。


 近づいてみると、思っていたよりも広い。


 草が伸びている場所もあるけれど、地面は比較的平坦だった。


「……ここ、結構よさそうじゃない?」


「ええ。少なくとも、今の通りを無理に広げるよりは工事がしやすいでしょう」


 バルトは地面へしゃがみ込み、土の状態を確かめ始めた。


 ほかの職人たちも、持参した木杭を打ち、縄を張っていく。


 僕とフィオナは少し離れた場所から、その様子を眺めていた。


「……なんか、こうして見ると面白いね」


「何がでしょうか?」


「いや、今はただの空き地なのにさ。ここに道ができたら、町の形が結構変わるんだなって」


 僕は縄の向こうへ目を向けた。


 今は草が生えているだけの場所。


 でも、ここに荷車が通れる道ができたら。


 その両側に店が建つかもしれない。


 新しくやってきた商人が、荷物を運んでくるかもしれない。


 今まで誰も通らなかった場所が、町の中心に近い通りになるかもしれない。


 ……なるほど。


 道を造るって、そういうことなのか。


「……カイル様?」


「ああ、ごめん。ちょっと想像してた」


「想像、ですか?」


「うん。この辺に道ができて、両側に店とか並んだら、結構賑やかになりそうだなって」


 フィオナは、僕が見ていた方向へ視線を向けた。


 しばらく、何も言わずに眺めている。


「……そうですね。今とは、随分違う景色になると思います」


「でしょ?」


 僕は小さく笑った。


 何だか、少し楽しみになってきた。


 ……まあ、造るのはこれからなんだけどね。


     ◇


 しかし、問題はまだ残っていた。


「殿下、この辺りは少し柔らかいですな」


 バルトが地面を踏みながら言った。


「そうなの?」


「ええ。表面は乾いていますが、下の方には湿り気が残っています。重い荷車を通すのであれば、地盤を整える必要があります」


「……なるほど」


 僕は地面へ手を置いた。


 土の下には、細かな根が広がっている。


 以前のように根を使って補強することもできるだろう。


 ただ、それだけで長く使える道になるとは限らない。


 今回は、もっと多くの荷車が通ることを想定している。


「必要なら、地盤の補強は僕も手伝うよ」


「それは助かります。ただ、今回は砕いた石を敷いて、しっかり締め固める必要があるでしょうな」


「じゃあ、その辺りはお願いしようかな」


 バルトが頷いた。


 そうして調査を続けていると、フィオナが少し離れた場所で足を止めた。


「……こちらにも、水が流れた跡がありますね」


 呼ばれて近づくと、草の間に細い溝のようなものが残っていた。


 普段は水が流れていないらしいけれど、地面には湿った土が見える。


「雨が降った時だけ、水が流れる場所なのかな?」


「おそらく。先ほどの通りから、こちらへ水が流れてくるのかもしれません」


 フィオナは周囲の地形を確かめながら、静かに言葉を続けた。


「もしここに道を造るのであれば、この水を塞がないようにした方がよいと思います」


「……確かに」


 僕はバルトへ顔を向けた。


「水が通る場所も残せる?」


「ええ。道の下を通す排水路を設ける方法もあります。ただ、具体的な造りは地形を確認してからになりますな」


「じゃあ、そこも考えておこう」


 ……本当に。


 道って、石を並べるだけじゃ駄目なんだね。


 分かっていたつもりだったけど、実際に考え始めると、想像以上に色々なことが出てくる。


 それでも、今こうして調べておけば、後から問題が起きる可能性は減らせるはずだ。


 ……うん。


 やっぱり、先にやっておいて正解だったかもしれない。


     ◇


 調査を終えて屋敷へ戻った頃には、すっかり夕方になっていた。


 執務室の机には、今日調べた内容を書き込んだ紙が広げられている。


 町の入口。


 中央広場。


 現在の住宅が集まる場所。


 工房や商店が並ぶ通り。


 そして、これから整備する候補となる道。


 まだ簡単なものだけれど、町の大まかな形は分かるようになっていた。


「……こうして見ると、意外と広いね」


 僕は地図を見下ろしながら呟いた。


 毎日歩いている時には、それほど大きく感じない。


 でも、こうして紙に描いてみると、町にはまだ使われていない土地が結構ある。


 もちろん、全部を建物で埋めればいいわけではない。


 農地も必要だし、木材や資材を置く場所もいる。


 住民が行き来する道だって確保しなければならない。


「今後、移住者が増えるのであれば、住宅を建てる場所も考えておいた方がよろしいでしょうな」


 セバスチャンが地図へ視線を落とした。


「そうなんだよね。人を呼ぶって決めたはいいけど、家が足りなくなったら困るし」


「現在も空き家はございますが、大勢を受け入れられるほどではありません」


「だよねえ……」


 僕は腕を組んだ。


 住宅を増やす。


 そのためには建築の人手が必要になる。


 でも、人手を増やすためには移住者を呼ばなければならない。


 ……やっぱり、少しずつ進めるしかないか。


「とりあえず、家を建てる場所も先に決めておこうか。道がないところへ家を建てちゃうと、後で大変そうだし」


「それがよろしいかと存じます」


 セバスチャンが頷く。


 それから、バルトが地図の一部を指した。


「殿下、こちらの空き地ですが、将来的には住宅を増やす場所として使えるかもしれません」


「……ああ、さっき通ったところ?」


「ええ。地面も比較的安定しておりますし、今ある住宅からも離れすぎていません」


「なるほど。じゃあ、そこは候補にしておこう」


 僕は紙へ印を付けた。


 さらに、工房が増えた時のことも考える。


 木材や石材を扱う仕事場が住宅の間に増えすぎると、騒音や荷物の運搬で困ることもあるだろう。


 だったら、工房が集まる場所もある程度考えておいた方がいい。


 市場の周囲には、商店や宿屋が増えるかもしれない。


 そして、その間を繋ぐ道が必要になる。


 ……あれ?


「……バルト」


「はい」


「これ、道を考えてたはずなのに、町全体の話になってない?」


 バルトが笑った。


「道というのは、人が行き来するために造るものですからな。どこに人が住んで、どこで働くのかが分からなければ、決められない部分もあります」


「……なるほどねえ」


 僕は地図へ視線を戻した。


 確かに、その通りだ。


 道だけ造っても、そこに誰も住まなければ意味がない。


 逆に、家や店を好き勝手に建ててしまえば、後から道を造るのが難しくなる。


 つまり、どちらも一緒に考えなければならないわけだ。


「……これ、思ってたよりずっと大きな仕事になりそうだね」


「そうですね」


 隣にいたフィオナが頷いた。


「ですが、今のうちに考えておけば、これから町が大きくなっても対応しやすくなると思います」


「……そうなんだよね」


 僕は小さく息を吐いた。


 面倒なことは、できればやりたくない。


 それは今も変わらない。


 でも、後になって建物を壊したり、道を造り直したりする方が、きっと何倍も面倒だ。


 だったら、今のうちにある程度決めておいた方がいい。


 ……うん。


 今回ばかりは、ちゃんと計画しておこう。


「じゃあ、まずは町の入口から広場へ続く道を優先しよう。そこが一番、荷車の行き来も多いだろうし」


「承知しました」


「それから、広場の周りも少しずつ整備したいね。あそこは今後もっと人が増えるだろうし」


 バルトが頷き、手元の紙へ書き込んでいく。


「ただ、工事を進めるには石材が必要になります。加工できる職人も、今の人数では十分とは言えませんな」


「……やっぱり、人手かあ」


 思わず苦笑する。


 どこへ行っても、最後はそこに行き着くらしい。


「昨日から、移住者の募集を始めたところなんだよね。すぐに人が集まるとは思わないけど、建築経験のある人が来てくれたらありがたいな」


「それは助かりますな」


「うん。でも、それまでは今いる人たちで無理なく進めよう。急いで怪我でもされたら困るし」


「承知しました」


 こうして、今後の方針が少しずつ決まっていった。


 まずは、今日調べた内容をもとに、道の幅や排水の設計を進める。


 必要な石材や道具も確認する。


 そして、準備が整ったところから、少しずつ工事を始める。


 町全体を一度に変えるのではなく、今できる範囲から進めていく。


 それが、今の僕らにとって一番現実的な方法だった。


     ◇


 話し合いが終わった後も、僕はしばらく地図を眺めていた。


 机の上には、今日一日かけて調べた町の姿が描かれている。


 まだ荒っぽい線ばかりで、立派な設計図とは言えない。


 道幅も、建物の位置も、これから細かく確認しなければならないだろう。


 でも。


 そこには、今まで考えたこともなかった町の姿があった。


 中央広場へ続く、広い通り。


 その周囲に並ぶ商店や宿屋。


 住宅が増える場所。


 工房が集まる場所。


 そして、それらを繋ぐ道。


 もちろん、今はまだ紙の上だけの話だ。


 実際の町は、今日も昨日とほとんど変わっていない。


 道はまだ土がむき出しだし、建物も少ない。


 荷車がすれ違う時には、相変わらず苦労している。


 それでも。


 ……何だか、ちょっと楽しみになってきたな。


「カイル様」


 フィオナの声に、顔を上げた。


「まだ地図をご覧になっていたのですか?」


「うん。ちょっとね」


 僕は地図の中央を指した。


「ここが、今の広場でしょ?」


「はい」


「それで、こっちに道を通して、周りに店が増えて……。もし本当にこうなったら、結構すごくない?」


 フィオナは地図を覗き込んだ。


 そして、少しだけ目を細める。


「……そうですね。今とは随分違う町になりそうです」


「でしょ?」


 僕は椅子へ深く腰掛けた。


「最初に来た時は、正直ここまで変わると思ってなかったんだけどね」


「私もです」


 フィオナが静かに頷いた。


「ですが、今は少しずつ、人も仕事も増えています。これから移住者の方々が来れば、さらに変わっていくのでしょうね」


「そうだね」


 僕は窓の外へ目を向けた。


 夕暮れの町には、あちこちで灯りがともり始めていた。


 商店の前では、店じまいをする人の姿が見える。


 少し離れたところでは、建築途中の家から作業員たちが帰っていくところだった。


 今日、僕らが調べた道。


 歩いた広場。


 草の生えた空き地。


 そのどれもが、今はまだ昨日と同じ景色をしている。


 でも、いつか。


 あの場所に新しい道ができる。


 その道を商人が通り、荷車が行き交う。


 道沿いには店が建ち、住宅が増えていく。


 今は顔を知っている人ばかりの町にも、知らない人が増えていくのだろう。


 ……そう考えると。


 何だか、不思議な気分だった。


「……これから、結構忙しくなりそうだね」


「はい。ですが、楽しみでもあります」


 フィオナの言葉に、僕は少しだけ驚いた。


「フィオナも?」


「はい。これからこの町がどのように変わっていくのか、私も見てみたいです」


 その表情は、いつもより少し柔らかかった。


 僕は小さく笑う。


「そっか。じゃあ、頑張らないとね」


「はい」


 フィオナが頷く。


 ……まあ。


 できれば、あんまり頑張りすぎたくはないんだけど。


 それでも、こうして誰かと一緒に町の未来を考えるのは、思っていたより悪くない。


 僕はもう一度、地図へ視線を戻した。


 まだ何も完成していない。


 これから考えることも、やらなければならないことも、山ほどある。


 でも。


 今日、僕らは初めて、今ある町ではなく、これからの町の姿を描いた。


 その小さな地図が、いつか本当の町並みになるのかもしれない。


 ……よし。


 まずは、道から始めよう。


 これからもっと多くの人が、この町で暮らしていけるように。


 そして、いつか僕が安心してのんびり暮らせるように。


 ……うん。


 やっぱり、最後はそこなんだけどね。

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