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花咲く辺境の第六皇子  作者: じゃこー
第二章 辺境に芽吹く
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第三十九話 職人の流儀

「危ないっ!」


 フィオナの声が響いた。


 次の瞬間。


 バキッ、と。


 何かが折れるような音が、倉庫の中から聞こえてきた。


「……え?」


 僕が顔を上げた時には、すでにフィオナが駆け出していた。


 開け放たれた扉の向こう。


 大きな木製の棚が、ゆっくりと傾いていく。


 そのすぐ下には、若い職人が一人。


 足元に落ちた木材へ気を取られ、頭上の異変には気づいていない。


「伏せてください!」


 フィオナが青年の腕を掴み、勢いよく引き寄せた。


 青年の身体が、棚の下から引き出される。


 けれど、それと同時に。


 棚の上に置かれていた木箱が、こちらへ滑り始めた。


「……っ!」


 まずい。


 このまま倒れたら、二人とも巻き込まれる。


「《根走り》!」


 僕は咄嗟に右手を突き出した。


 倉庫の入り口脇。


 地面に這っていた蔓が、魔力に応じて一気に伸びる。


 何本もの蔓が棚の脚へ絡みつき、傾いた木枠を引き留めた。


 ミシッ、と木が軋む。


 棚の上から、小さな木箱が一つ転がり落ちた。


 けれど。


 それ以上、棚が倒れることはなかった。


「……ふう」


 僕は小さく息を吐いた。


 ……危なかった。


「フィオナ! 大丈夫!?」


「はい。私は問題ありません」


 フィオナは青年を支えながら答えた。


「こちらの方も、大きな怪我はないようです」


「そっか。よかった……」


 僕は、ようやく肩の力を抜いた。


 ただ。


 周囲を見回してみると、どうやら安心してばかりもいられないらしい。


「おい! 何やってるんだ!」


「だから、まだ荷物を載せるなって言っただろう!」


「枠がちゃんと組めていなかったんじゃないのか!?」


 倉庫の奥から、何人もの職人が駆け寄ってきた。


 その表情は、揃って険しい。


 ……あれ?


 これ、もしかして。


 結構大変なことになってない?


     ◇


「……いやあ、驚いたね」


 僕は、倉庫の外に置かれた木箱へ腰を下ろした。


 目の前では、フィオナが青年の手当てをしている。


 幸い、怪我は手のひらを少し擦りむいた程度だった。


 それでも、青年の顔は青ざめていた。


「……すみません」


 青年が、小さな声で謝る。


「いや、僕らは大丈夫だよ」


 僕は答えた。


「それより、何があったの?」


「……それが」


 青年は、少し言いにくそうに視線を落とした。


「棚の組み立てをしていたんですけど……」


 事情を聞くと、どうやら新しい倉庫で使う棚を作っていたらしい。


 商人から預かった荷物を、床へ直接置かずに保管するためのものだ。


 茶や薬草など、湿気に気をつけなければならない商品も多い。


 そこで、倉庫の持ち主が職人たちへ棚の製作を依頼した。


 ところが。


「……部品が、うまく合わなかったんです」


「合わなかった?」


「はい。棚板が、枠に入らなくて」


 青年は、倉庫の方を見た。


「何とか組めないかと思って、仮に板を置いて確かめていたんですが……」


「……そっか」


 どうやら、仮組みの途中で棚が不安定になってしまったらしい。


 しかも、誰かが試しに木箱を載せたことで、片側の支えに負担がかかった。


 その結果、木材の一部が割れ、棚が傾いたというわけだ。


「……なるほどね」


 僕は、倉庫の入り口を見た。


 今は、蔓で支えた棚から職人たちが木箱を下ろしている。


 荷物がなくなれば、安全に解体できるだろう。


「……でも、怪我がなくて本当によかった」


 そう言うと、青年は俯いた。


「……俺が、ちゃんと確認していれば」


「……」


「皆さん、急いでいらっしゃったので。少しでも作業を進めようと思ったんです」


 その声には、悔しさが滲んでいた。


 ……そっか。


 手伝おうとしたんだね。


 でも、結果として危険なことになってしまった。


「気持ちは分かるけど、次からは一人で無理しないでね」


「……はい」


 青年が頷く。


 そこで、フィオナが手当てを終えた。


「これで大丈夫だと思います。ただ、しばらくは傷を汚さないようにしてください」


「ありがとうございます、フィオナさん」


 青年が頭を下げる。


 フィオナは穏やかに頷いた。


「……ご無事で何よりです」


 その時だった。


「殿下!」


 倉庫の奥から、聞き覚えのある声が響いた。


 振り返ると、バルトがこちらへ歩いてくるところだった。


「いやあ、申し訳ありません! まさか、こんなことになるとは……」


「こんにちは、バルト」


 僕は、軽く手を上げた。


「こっちは大丈夫だよ。それより、結構大変なことになってるみたいだね」


「……ええ」


 バルトは、大きく息を吐いた。


「実は、少し困ったことになりましてな」


 ……うん。


 それは、見れば分かる。


「とりあえず、詳しく聞いてもいい?」


「もちろんです」


 バルトが頷いた。


 どうやら、今日も簡単には帰れそうにない。


     ◇


「……なるほど」


 僕は、机に広げられた図面を眺めた。


 そこには、大きな棚の形と寸法が描かれている。


 バルトの説明によると、今回の仕事は複数の工房で分担していたらしい。


 棚の枠を作る職人。


 棚板を作る職人。


 そして、それらを組み立てる職人。


 それぞれが得意な仕事を担当することで、短い期間で多くの棚を作ろうとしていた。


 ……ここまでは、悪くない話だと思う。


 実際、第37話で宿を改装した時も、職人たちは仕事を分担していた。


 でも。


 今回は、今までとは少し事情が違ったらしい。


「……つまり、別々の工房で作った部品が、うまく組み合わなかったんだね」


「ええ。その通りです」


 バルトが頷く。


 すると、隣にいた壮年の職人が口を開いた。


「殿下、俺は指定された通りに作ったんですよ」


 がっしりした体格の男性だ。


 名前はロルフというらしい。


 今回、棚の枠を担当した職人だそうだ。


「この幅も、高さも、全部図面の通りです」


 ロルフは、完成した木枠を指差した。


「それなのに、棚板が入らないと言われても困ります」


 すると、向かいにいた別の職人が眉をひそめた。


「こっちだって、指定された寸法で作ったんだ!」


 こちらはエイダン。


 棚板を担当した職人らしい。


「そもそも、最初からこんな作り方をする必要があったのか?」


「何だと?」


「別々の工房で部品を作るなんて、無理があったんじゃないかって言ってるんだ!」


 ……おっと。


 また始まった。


「まあまあ、ちょっと待って」


 僕は二人の間へ声を掛けた。


「とりあえず、どこが合わないのか確認してみようよ」


 そう言って、近くに置かれた棚板を見た。


 板は丁寧に削られ、表面も綺麗に整えられている。


 一方の枠も、しっかりと組み立てられていた。


 ……どちらも、別に雑な仕事には見えない。


「……これ、どのくらい合わないの?」


「少し長いんですよ」


 エイダンが棚板を指差す。


「いや、長いんじゃない。枠の内側が狭いんだ」


 ロルフが言い返す。


 ……ああ、もう。


 同じものを見てるのに、また喧嘩になりそうだ。


「……ちょっと、二人とも」


 僕は苦笑した。


「一回、落ち着こうか」


「ですが、殿下!」


「うん。言いたいことは分かるよ」


 僕は、二人を交互に見た。


「でもさ、どっちが悪いかを決めても、棚が完成するわけじゃないでしょ?」


「…………」


 二人が黙り込む。


 ……よし。


 少しは落ち着いたかな。


 そう思った時だった。


「……殿下」


 倉庫の持ち主が、遠慮がちに声を掛けてきた。


「申し訳ありませんが、あまり時間がないんです」


「……時間?」


「はい。明後日には、新しく取引を始めた商人たちの荷物が届く予定でして」


「……明後日?」


「ええ。その荷物を一晩預かり、翌朝には別の荷馬車へ積み替えることになっています」


 ……なるほど。


 だから、急いでいたのか。


「今ある棚だけでは、すべての荷物を置ききれないんです」


 持ち主は、困ったように倉庫を見渡した。


「もし間に合わなければ、荷物を別の場所へ運ばなければなりません」


「……そっか」


「ですが、雨に濡れてはいけない商品もありますし、場所を探すのも簡単ではありませんから……」


 ……なるほどねえ。


 これは、思っていたより困った話だ。


 ただ棚が完成しないというだけではない。


 その棚を使う予定だった人たちまで困ってしまう。


 しかも、今回は町へ来てくれる商人との取引だ。


 せっかく築いてきた信用を、こんなことで失いたくはない。


「……分かった」


 僕は頷いた。


「まず、明後日までに何ができるか考えよう」


 そして、バルトへ視線を向けた。


「バルト。ちょっと相談してもいい?」


「はい」


「棚の方は、職人さんたちにお願いしたいんだけどさ」


 僕は、倉庫の持ち主を見た。


「もし間に合わなかった時のために、別の保管場所も探しておこうよ」


「……別の場所、ですか?」


「うん。今のうちに準備しておけば、万が一の時も慌てなくて済むでしょ?」


 持ち主は、少し考えてから頷いた。


「……確かに」


「もちろん、どこでもいいわけじゃないけどね。乾燥していて、ちゃんと荷物を置ける場所じゃないと」


 その辺りは、前にフィオナから教えてもらったことだ。


 茶葉などは、湿気や匂いに気をつけなければならない。


 食堂の物置に空きがあるからといって、何でも一緒に置けばいいわけではないのだ。


「セバスチャンにも聞いてみるよ。使えそうな場所があれば、持ち主と相談して借りられるかもしれないしね」


「……ありがとうございます!」


 倉庫の持ち主が頭を下げる。


 僕は笑った。


「ううん。まだ見つかるか分からないけどさ」


 そして、もう一度職人たちを見た。


「だから、みんなも焦らずにやってほしいかな」


 僕は、壊れた棚へ視線を向ける。


「さっきみたいに、誰かが怪我したら大変だからね」


「……はい」


 職人たちが、静かに頷いた。


 ただ。


 ロルフとエイダンの表情は、まだ険しいままだった。


 ……うーん。


 こっちは、もう少し時間がかかりそうだなあ。


     ◇


 昼を少し過ぎた頃。


 僕とフィオナは、バルトの工房を訪れていた。


 倉庫では、職人たちが改めて棚の状態を確認している。


 ただ、問題の原因はまだはっきりしていなかった。


 というより。


 原因らしいものは見つかっているのに、どう直すかで意見が分かれているらしい。


「……難しいねえ」


 僕は、作業台に置かれた木材を眺めた。


 ロルフとエイダンは、それぞれ腕のいい職人だ。


 だから、自分の仕事には自信がある。


 でも、その自信があるからこそ、簡単には相手のやり方を受け入れられない。


「……フィオナはどう思う?」


 僕が尋ねると、彼女は少し考え込んだ。


「……そうですね」


 その視線は、机の上の図面へ向けられている。


「お二人とも、ご自分の仕事には誇りを持っていらっしゃるのでしょうね」


「うん。そうだね」


「だからこそ、どちらかが間違っていたと言われることを、簡単には受け入れられないのかもしれません」


「……なるほど」


 僕は頷いた。


 確かに、そうなのかもしれない。


 ロルフもエイダンも、自分の仕事を雑に扱われたと思っているのだろう。


 でも。


 僕には、どちらの仕事も立派に見える。


「……難しいなあ」


 思わず呟いた時だった。


「……カイル様」


「ん?」


 フィオナが、腰の矢筒から一本の矢を取り出した。


「少し、よろしいでしょうか?」


「……矢?」


「はい」


 彼女は、矢の後端を僕に見せた。


 弓の弦にかけるための、小さな溝が刻まれている部分だ。


「この矢は、私が使っているものです」


「うん。知ってるよ」


「ですが、矢というものは、作る人によって少しずつ違うんです」


「……違う?」


「はい。木の選び方も、削り方も、羽の取りつけ方も」


 フィオナは、矢を指先で回した。


「ただ、どれほど丁寧に作られた矢でも、弓の弦にかける部分が合わなければ、うまく使うことができません」


「……ああ」


 僕は、矢の溝を見つめた。


「確かに、そうだね」


「だからといって、すべての矢をまったく同じ作り方にする必要はないと思うのです」


 ……ん?


 僕は顔を上げた。


 フィオナは、少しだけ微笑んだ。


「大切なのは、それぞれの道具を組み合わせられることなのではないでしょうか?」


「…………」


 僕は、机の上に置かれた図面を見る。


 枠。


 棚板。


 それぞれ、別の工房で作られたものだ。


 ……あ。


「……そっか!」


 思わず声が出た。


「全部同じ作り方にする必要はないんだ!」


 フィオナが頷く。


「はい。少なくとも、一緒に使う部分だけは、合わせられるようにすればよいのではないかと思います」


「……なるほどね!」


 僕は笑った。


 確かに、それならそれぞれの技術を変える必要はない。


 枠の組み方はロルフの得意な方法でいい。


 棚板の削り方はエイダンの得意な方法でいい。


 ただ、最後に組み合わせるところだけは、同じ基準で作る。


 ……うん。


 できそうな気がする。


「……ちょっと、バルトに話してみようか」


「はい」


 フィオナが頷いた。


 その時。


 工房の奥から、バルトの声が聞こえてきた。


「……なるほどなあ」


 ……あれ?


 振り返ると、バルトがこちらへ歩いてきていた。


「話、聞こえてた?」


「ええ。少しだけですが」


 バルトは、机の上の図面を見た。


 そして、少し考え込む。


「……確かに、そういう考え方もありますな」


 その表情が、ゆっくりと明るくなっていった。


「……ああ、そうか」


 バルトが、小さく呟く。


「俺たちは、最初から同じものを作ろうとしすぎていたのかもしれません」


「……同じもの?」


「ええ。別々の工房で仕事をするなら、全部同じやり方にしなければならないと思っていたんですが……」


 バルトは、机の上に置かれた木材を手に取った。


「組み合わせる部分だけ揃えれば、ほかはそれぞれの工房のやり方を生かせる」


「……うん!」


 僕は頷いた。


「フィオナが言ってたのも、そういうことだと思う」


「なるほど……」


 バルトは、しばらく木材を眺めていた。


 そして、何かを思いついたように顔を上げた。


「……ちょっと待ってください」


「ん?」


「これなら、使えるものがあるかもしれません」


 そう言って、バルトは工房の奥へ歩いていった。


 しばらくして戻ってくると、手には薄い木の板が握られていた。


「……これです」


「……板?」


「型板ですよ」


 バルトは、作業台へ板を置いた。


「茶の木箱を作る時にも使っているんですが、同じ大きさのものを何個も作る時に便利なんです」


「……ああ!」


 僕は、思わず声を上げた。


「お茶の箱!」


「ええ。あれは大きさを揃えてありますからな」


 確かに、茶の輸送箱は積み重ねやすいように大きさを揃えている。


 最初に作った時、バルトが色々と工夫してくれたものだ。


「今回は、あれを別々の工房でも使えるようにしてみようと思います」


「……なるほど!」


 僕は頷いた。


 共通の型板を使って、部品を組み合わせる部分の大きさを決める。


 そうすれば、違う工房で作っても、最後に組み合わせやすくなる。


「……いいね、それ!」


「ええ。ただし、実際に試してみないと分かりませんがね」


 バルトが笑った。


「じゃあ、やってみようか」


「はい!」


 こうして、職人たちの新しい挑戦が始まった。


     ◇


 翌朝。


 バルトの工房には、ロルフとエイダンが集まっていた。


 それぞれ、昨日とは少し違う表情をしている。


 まだ完全に納得したわけではなさそうだけれど、少なくとも話し合う気にはなったらしい。


「……それで、今日は何をするんだ?」


 ロルフが尋ねる。


 バルトは、机の上に置かれた型板を指差した。


「まず、棚の部品を組み合わせる部分だけ、共通の寸法にします」


「……共通の寸法?」


「ええ」


 バルトは、棚の図面を広げた。


「今までと違う作り方にしろと言っているわけではありません」


 ロルフとエイダンが、顔を見合わせる。


「枠はロルフの工房で作る。棚板はエイダンの工房で作る。それは今まで通りです」


「……ほう」


「ただ、最後に組み合わせる部分だけは、この型板に合わせてもらいたいんです」


 そう言って、バルトは板に刻まれた印を指差した。


「これなら、互いの仕事を変えずに済むでしょう?」


「……なるほど」


 ロルフが、少し考え込んだ。


「確かに、それならうちのやり方でも作れるな」


 エイダンも頷く。


「こっちも問題なさそうだ。ただ……」


「……ただ?」


「木は湿気で膨らむことがある。ぴったりすぎると、後で外れなくなるぞ」


 ……ああ。


 そういえば、そんなこともあるのか。


「じゃあ、少し余裕を持たせた方がいいんだね」


 僕が言うと、エイダンが頷いた。


「ええ。ただ、緩すぎても困ります」


「……なるほど」


 ……難しいねえ。


 単純に寸法を合わせるだけじゃ駄目なのか。


 すると、バルトが笑った。


「だからこそ、実際に作って確かめるんですよ」


「……そっか」


 僕も笑った。


「じゃあ、まずは一つ作ってみようか」


 職人たちは頷き、それぞれの作業を始めた。


 木材を削る音。


 寸法を測る声。


 道具を打ちつける音。


 工房の中が、少しずつ賑やかになっていく。


 僕とフィオナも、その様子を見守っていた。


 ただ。


 今回は、のんびり眺めているだけというわけにもいかない。


 だって、明日には商人たちの荷物が届く予定なのだ。


 ……うん。


 できれば、間に合ってほしいなあ。


     ◇


「……よし!」


 昼を少し過ぎた頃。


 ようやく、試作品の部品が揃った。


 大きな木製の枠。


 その横には、綺麗に削られた棚板が並んでいる。


「……おお」


 僕は、思わず声を漏らした。


 今度は、昨日よりもずっと整っているように見える。


「じゃあ、組み立ててみましょうか」


 バルトが声を掛ける。


 ロルフとエイダンが、棚板を持ち上げた。


 慎重に、枠の内側へ近づけていく。


 そして。


「……おっ」


 棚板の端が、溝へ入った。


 反対側も、少し角度を調整しながら差し込んでいく。


 ……今度は。


「……入った!」


 僕は、思わず声を上げた。


 棚板が、綺麗に枠へ収まったのだ。


「おお!」


「やったな!」


 職人たちからも声が上がる。


 ロルフとエイダンは、互いに顔を見合わせた。


 それから、完成した棚を眺める。


「……なるほどな」


 ロルフが、小さく頷いた。


「これなら、別々に作っても問題なさそうだ」


「……ああ」


 エイダンも頷く。


「悪くないな」


 ……よかった。


 これで、ひとまず一歩前進だね。


 ただ。


「……ちょっと待ってください」


 バルトが、棚の前で足を止めた。


「……ん?」


 僕は首を傾げる。


 バルトは、棚板を軽く押していた。


 すると。


 ギシッ、と。


 小さな音が響いた。


「……あれ?」


 棚が、わずかに揺れた。


「……これ、ちょっとぐらついてない?」


 僕が尋ねると、バルトが頷いた。


「ええ。どうやら、まだ調整が必要なようです」


「……ええ?」


 せっかく入ったのに。


 ……まだ駄目なの?


 ロルフが、棚の脚を確認した。


「……枠の組み方は問題ないはずだが」


 エイダンも、棚板を見た。


「板の方も、ちゃんと収まってるぞ」


 ……うーん。


 どうやら、今度は別の問題らしい。


 バルトは、しばらく棚を眺めていた。


 それから、ゆっくりと口を開いた。


「……なるほど」


「……何か分かった?」


「ええ。棚板は収まっていますが、全体を支える部分が少し弱いようです」


 バルトは、枠の横を指差した。


「ここに補強を入れた方がよさそうですな」


「……補強?」


「ええ。斜めに木材を入れて、枠が歪まないようにするんです」


 ……へえ。


 そんな方法があるのか。


「じゃあ、それをつければ大丈夫?」


「おそらく。ただ、これも実際に確かめてみないといけません」


「……そっか」


 僕は、少し苦笑した。


 ……いやあ。


 物を作るって、大変だね。


 寸法が合ったら終わり。


 そんな簡単な話じゃないらしい。


 すると、フィオナが口を開いた。


「……バルトさん」


「はい?」


「補強するのであれば、荷物を載せた時のことも確認した方がよいのではありませんか?」


「……荷物を?」


「はい。先ほどの棚は、まだ何も載せていない状態でしたから」


 バルトが頷く。


「……確かに、その通りですな」


 フィオナは、昨日の事故を思い出したように棚へ視線を向けた。


「実際に使う時には、もっと重いものを載せることになりますよね」


「ええ」


「でしたら、安全な場所で、どのくらいの重さまで支えられるか確かめた方がよいと思います」


 ……なるほど。


 確かに、それは大切だ。


 昨日みたいな事故は、もう起こしたくない。


「うん。僕も賛成」


 僕は頷いた。


「今度は、ちゃんと安全を確認してから使おう」


 職人たちも、真剣な表情で頷いた。


     ◇


 それから、さらに作業が続いた。


 枠へ補強の木材を取りつける。


 棚板の位置を調整する。


 そして、実際に荷物を載せて状態を確認する。


 最初は軽い木箱から。


 次に、少し重いもの。


 さらに、倉庫で使う予定の箱に近い重さの荷物も載せてみる。


 もちろん、誰かが棚の下へ入るようなことはしない。


 万が一倒れても怪我人が出ないよう、周囲を空けて作業を進めた。


 そして。


「……よし」


 バルトが、棚を軽く揺らした。


 今度は、ほとんど動かない。


「……おお!」


 僕は、思わず声を上げた。


「今度こそ、完成?」


「ええ。これなら問題なさそうですな!」


 バルトが嬉しそうに笑った。


 ロルフとエイダンも、完成した棚を見つめている。


「……なるほどな」


 ロルフが、小さく呟いた。


「これなら、うちの工房でも作れそうだ」


「こっちも、同じ型板を使えば問題ない」


 エイダンも頷いた。


 そして、少し間を置いてから。


「……なあ、ロルフ」


「ん?」


「そっちの枠、結構しっかりしてるな」


「……そうか?」


「ああ。あの組み方は、うちじゃあまりやらないんだ」


 ロルフが、少し驚いたような顔をした。


 それから、照れくさそうに頭をかいた。


「……まあ、長年やってきた仕事だからな」


「なるほど。今度、少し見せてもらってもいいか?」


「……構わんが」


 ロルフは、少しだけ口元を緩めた。


「その代わり、お前のところの板の削り方も教えてくれよ」


「……ああ。いいぞ」


 二人は、完成した棚を眺めながら笑った。


 ……うん。


 何だか、いい感じだね。


 昨日までは、互いに自分の仕事が正しいと主張していた二人。


 でも今は、相手の技術を知ろうとしている。


 もちろん、急に仲良くなったわけではないんだろう。


 それでも。


 互いの腕を認め合えるようになった。


 それだけでも、十分大きな変化だと思う。


「……よかったね」


 僕が呟くと、フィオナが頷いた。


「はい。皆さん、とても嬉しそうです」


 彼女も、穏やかに微笑んでいた。


     ◇


 翌朝。


 町の入口に近い倉庫には、何台かの荷馬車が集まっていた。


 予定通り、商人たちの荷物が届いたらしい。


 僕とフィオナも、少し様子を見に来ていた。


 ……いや。


 正直に言えば、少し心配だったんだよね。


 昨日まで棚を作っていたわけだし。


 ちゃんと間に合ったのかなって。


「……おお」


 倉庫の中を覗くと、そこには新しい棚がいくつも並んでいた。


 もちろん、すべてが完成したわけではない。


 でも、必要な数は何とか揃えられたらしい。


 棚の上には、木箱や麻袋が丁寧に置かれている。


 その中には、見覚えのある印が刻まれた箱もあった。


 丘と二枚の葉。


 この町で作られている茶の輸送箱だ。


「……おお、ちゃんと使われてる!」


 思わず声が出る。


 フィオナも、棚を見上げた。


「そうですね。荷物も綺麗に整理されています」


「うん」


 僕は、少し安心した。


 これなら、商人たちも荷物を預けやすくなるだろう。


 すると、倉庫の持ち主がこちらへ歩いてきた。


「殿下!」


「こんにちは。どう? 間に合った?」


「はい! おかげさまで!」


 持ち主は、嬉しそうに頷いた。


「職人さんたちが頑張ってくださって、何とか必要な分は揃いました」


「そっか。それはよかった!」


「ええ。今日は朝から荷物を運び込んでいるところです」


 倉庫の中では、何人もの人が荷物を運んでいる。


 棚へ木箱を置く人。


 荷物の数を確認する人。


 そして、それを帳面へ書き込んでいる人。


 ……うん。


 ちゃんと仕事が進んでいるみたいだ。


「ただ、まだ足りない棚もありますので」


 持ち主が続ける。


「そちらは、今後少しずつ増やしていくつもりです」


「うん。それがいいと思う」


 僕は頷いた。


「無理して急いでも、また事故が起きたら大変だしね」


「ええ。今回のことで、私もそう思いました」


 持ち主は、少し苦笑した。


「今後は、余裕を持ってお願いするようにします」


「うん。よろしくね」


 僕は笑った。


 ……よかった。


 これで、ひとまず問題は解決したらしい。


 ただ。


 今回の出来事で、もう一つ気づいたことがある。


 それは、職人たちが協力するためには、場所も必要だということだ。


 今回の棚も、別々の工房で作った部品を持ち寄って、何度も組み合わせていた。


 そのたびに、木材を運ぶ必要があったらしい。


 しかも、バルトの工房も決して広くはない。


 これからさらに注文が増えたら、もっと大変になるだろう。


 ……うーん。


 どうしたものかな。


     ◇


「……殿下」


 倉庫を出たところで、バルトが声を掛けてきた。


「少し、ご相談があるんですが」


「うん。何?」


「実は、今回のことで考えたことがありましてな」


「……考えたこと?」


「ええ」


 バルトは、少し照れくさそうに頭をかいた。


「今後も、こうして工房同士で仕事をすることが増えると思うんです」


「うん。そうだね」


「ただ、そのたびに部品を運んで、組み立てる場所を探していては大変でしょう?」


「……ああ」


 僕は頷いた。


 ちょうど、同じことを考えていたところだ。


「それで、みんなで使える作業場所があれば便利じゃないかと思いまして」


「……おお!」


 僕は、思わず笑った。


「僕もちょうど、それ考えてた!」


「本当ですか?」


「うん。こういう仕事が増えるなら、共同で使える場所があったらいいなって」


 バルトが嬉しそうに頷く。


「ええ。俺もそう思います」


 すると、フィオナが口を開いた。


「それでしたら、周囲の工房から行き来しやすい場所がよいかもしれませんね」


「……ああ、確かに」


 僕も頷く。


「大きな木材を運ぶこともあるだろうしね」


「はい。それに、作業音が大きくなるのであれば、住宅から少し離れていた方がよいと思います」


「……なるほど」


 バルトが頷いた。


「それでしたら、心当たりがありますよ」


「……心当たり?」


「ええ。町外れに、以前使っていた資材置き場がありまして」


 バルトは、町の外れの方を指差した。


「今はあまり使われていないんですが、屋根もありますし、広さもそこそこあるんです」


「へえ!」


 僕は、少し興味を持った。


「そこなら、使えそう?」


「ええ。ただ、持ち主に相談してみないと分かりませんが」


「そっか」


 僕は頷いた。


「じゃあ、一度見てみようか」


「よろしいのですか?」


「うん。せっかくだしね」


 フィオナも頷く。


「私も拝見したいです」


 こうして、僕らは町外れの工房が集まる一角へ向かうことになった。


     ◇


 案内された場所は、町の中心から少し離れたところにあった。


 周囲には、いくつかの工房が建っている。


 木材を扱う工房。


 家具を作る工房。


 道具を修理する小さな作業場。


 市場のような賑やかさはない。


 けれど、あちこちから木を叩く音や金属を打つ音が聞こえてきた。


「……へえ」


 僕は、周囲を見回した。


「この辺りにも、結構工房があるんだね」


「ええ。昔から、職人が何人か集まっている場所なんですよ」


 バルトが答える。


「大きな木材を運びやすいですし、町の中心よりは作業音も気になりにくいものですから」


「……なるほど」


 確かに、工房では大きな音が出ることもある。


 住民の家が密集している場所よりは、こういうところの方が仕事をしやすいのかもしれない。


 少し歩くと、目的の建物が見えてきた。


「……あれ?」


「ええ。あそこです」


 そこには、古い屋根付きの資材置き場があった。


 壁は一部しかなく、風が通り抜ける造りになっている。


 屋根の下には、使われていない木材や古い道具がいくつか置かれていた。


 ただ、思っていたよりも広い。


「……おお」


 僕は中へ入ってみた。


 地面は比較的平らで、屋根もしっかりしている。


 大きな木材を置いても、まだ作業する場所が残りそうだった。


「確かに、ここなら使えそうだね」


「ええ。少し片づける必要はありますが」


 バルトが頷く。


 すると、フィオナが建物の奥へ歩いていった。


 屋根の状態を確認し、地面の様子を見ている。


「……カイル様」


「うん?」


「こちらは、雨が降った時にも作業できそうですね」


「……ああ、屋根があるからね」


「はい。ただ、風が強い日には横から雨が入り込むかもしれません」


「……なるほど」


 僕は、建物の外を見た。


 確かに、壁が少ないため、雨が横から吹き込めば木材が濡れてしまうかもしれない。


「じゃあ、木材を保管する場所は少し工夫が必要かな」


「そうですね。乾燥させている木材などは、できるだけ濡らさない方がよいと思います」


 その話を聞いて、バルトが頷いた。


「確かに。保管する場所と作業する場所は、分けた方がよさそうですな」


「うん。それがいいかもね」


 僕は、建物をもう一度見回した。


 広さは十分。


 周囲にも工房がある。


 木材も運びやすそうだ。


 ……うん。


 なかなかいい場所じゃないかな。


「……どう?」


 僕は、バルトへ尋ねた。


「ここなら使えそう?」


 バルトは、しばらく周囲を見渡した。


 それから、ゆっくりと頷いた。


「……ええ。悪くないと思います」


「そっか」


「ただ、共同で使うとなると、いくつか決めなければならないこともありますな」


「……例えば?」


「道具の置き場所や、使う順番です」


 バルトは、建物の中を指差した。


「一つの工房がずっと使っていたら、ほかの工房の者が困りますから」


「……ああ、確かに」


「それに、作業が終わった後の片づけや、建物の修繕についても考える必要があります」


「……なるほど」


 僕は頷いた。


 場所を用意すれば終わり、というわけじゃないのか。


「じゃあ、まずは使う工房同士で話し合ってみたら?」


「……話し合い、ですか?」


「うん。最初から完璧な決まりを作る必要はないと思うし」


 僕は笑った。


「まずは少人数で使ってみて、不便なところがあれば直していけばいいんじゃない?」


 バルトは、少し考えてから頷いた。


「……それがよさそうですな」


「うん」


「では、持ち主に相談してみます」


「お願いできる?」


「もちろんです!」


 バルトが、嬉しそうに笑った。


 ……うん。


 これで、また一つ新しいことが始まりそうだ。


     ◇


 それから数日後。


 僕とフィオナは、再び町外れの工房が集まる一角を訪れていた。


 以前見た資材置き場では、何人かの職人たちが作業をしている。


 どうやら、持ち主との話がまとまり、試しに使わせてもらえることになったらしい。


 もちろん、無償というわけではない。


 使う工房同士で費用を出し合い、まずはしばらく借りてみることにしたそうだ。


「……おお」


 僕は、建物の中を覗いた。


 以前は古い木材が積まれていた場所が、綺麗に片づけられている。


 その一角には、大きな作業台が置かれていた。


 壁際には、木材を立てかけるための場所も作られている。


 そして、中央では何人もの職人が一つの棚を組み立てていた。


「……結構進んでるね」


「そうですね。皆さん、もう使い始めていらっしゃるようです」


 フィオナも、興味深そうに作業を眺めていた。


「おや、殿下!」


 バルトが、こちらに気づいた。


「ちょうどよかった! 見ていってくださいよ!」


「こんにちは。何か作ってるの?」


「ええ。この前の倉庫で使う棚です!」


「……ああ、あれか!」


 僕は、組み立てられている棚を見た。


 大きな木製の枠。


 そこへ、職人たちが棚板を順番に取りつけている。


 以前とは違い、板が途中で引っかかることはなさそうだった。


「……おお、ちゃんと入ってる!」


「ええ。今度は、最初から寸法を合わせていますからな」


 バルトが笑う。


「それぞれの工房で作った部品を、ここへ持ってきて組み立てているんです」


「へえ!」


 僕は、作業台の上に置かれた木製の型板を見た。


 以前、バルトたちが話し合って作ったものだ。


「……あ、これも使ってるんだね」


「ええ。各工房にも、同じ基準のものを用意しました」


「なるほど」


「もちろん、まだ調整が必要なところもありますが、以前よりは随分仕事がしやすくなりましたよ」


 ……うん。


 それはよかった。


 すると、近くで作業していた若い職人が声を掛けてきた。


「殿下、見てください!」


「ん?」


「この部分、別の工房の方に教えてもらったんです!」


 そう言って、若い職人は木材の継ぎ目を指差した。


 以前よりも、少し複雑な形に加工されている。


「……へえ」


「こうすると、しっかり組めるそうなんですよ!」


「おお、すごいね!」


 若い職人は、嬉しそうに頷いた。


「自分の工房では、あまり使わない方法だったので勉強になりました!」


 すると、少し離れたところから声が飛んできた。


「おいおい、まだ覚えたばかりだろう!」


「分かってますよ!」


 若い職人が笑う。


 周囲からも、笑い声が上がった。


 ……うん。


 何だか、いい雰囲気だね。


 以前は、それぞれの工房で仕事をしていた人たち。


 今は、こうして同じ場所に集まっている。


 しかも、ただ一緒に仕事をしているだけじゃない。


 互いの技術を教え合っているらしい。


「……いいね、こういうの」


 僕が呟くと、フィオナが頷いた。


「そうですね。皆さん、楽しそうです」


「うん」


 僕は、もう一度作業場を見渡した。


 木材を削る人。


 部品を組み合わせる人。


 寸法を確認する人。


 そして、それを教わっている若い職人。


 それぞれが違う仕事をしながら、一つの品物を完成させようとしている。


 ……なるほどなあ。


 こうして見ると、工房が違うことも、悪いことばかりじゃないのかもしれない。


 違うやり方があるからこそ、学べることもある。


 得意な仕事が違うからこそ、協力できることもある。


「……バルト」


「はい?」


「これからも、こういう仕事を増やしていくの?」


 そう尋ねると、バルトが頷いた。


「ええ。少なくとも、今回のように大きな注文がある時には、協力した方がよさそうですからな」


「そっか」


「ただ、何でも一緒に作ればいいというわけでもありません」


「……そうなの?」


「ええ。小さな家具や細かな細工なんかは、一つの工房で仕上げた方が早いこともあります」


「……なるほど」


 確かに、そうだ。


 協力すること自体が目的になってしまったら意味がない。


 必要な時に、必要な人たちが協力できればいいのだ。


「……うん。それがいいと思う」


 僕は頷いた。


「みんなが得意な仕事を続けながら、必要な時には助け合える。それが一番だよね」


「ええ。俺もそう思います」


 バルトは、少し誇らしそうに作業場を見渡した。


「まあ、まだまだ慣れないことも多いですがね」


「うん」


「少しずつ、俺たちなりのやり方を見つけていきますよ」


 ……頼もしいなあ。


 僕は、思わず笑った。


     ◇


 その日の夕方。


 僕とフィオナは、町へ戻る道を歩いていた。


 背後からは、まだ木材を加工する音が聞こえてくる。


 夕陽に照らされた工房の屋根が、淡い橙色に染まっていた。


「……何だか、面白かったね」


 僕が呟くと、フィオナが頷いた。


「そうですね。私も、知らないことがたくさんありました」


「うん。木材の組み方とか、寸法の合わせ方とか」


 僕は、昼間見た棚を思い出した。


 最初は、棚板が入らないという問題だった。


 それが、みんなで話し合って、試してみて。


 今では、別々の工房で作った部品を組み合わせられるようになった。


 しかも、そのための作業場所までできている。


「……すごいよね」


「はい」


 フィオナが、穏やかに頷いた。


「皆さん、それぞれ違う技術を持っていらっしゃいましたから」


「うん。そうだね」


 僕は、少し考え込んだ。


「……でもさ」


「はい?」


「最初は、結構揉めてたよね」


「……そうですね」


「僕、ちょっと焦ったんだよね。どうやって仲直りしてもらおうかなって」


 そう言うと、フィオナが少しだけ微笑んだ。


「ですが、最後には互いの仕事を認め合っていらっしゃいましたね」


「うん」


 僕も笑った。


「別に、最初から仲良くする必要はなかったのかもね」


「……そうでしょうか?」


「うん。大事なのは、ちゃんと話して、相手の仕事を理解することだったのかなって」


 フィオナは、少し考えるように視線を落とした。


 それから、静かに頷いた。


「……そうですね」


 彼女は、遠くの工房へ目を向ける。


「皆さん、自分の仕事に誇りを持っていらっしゃいましたから」


「うん」


「だからこそ、簡単には譲れなかったのでしょうね」


「……そうだね」


 僕は頷いた。


 自分の仕事に誇りを持つ。


 それは、決して悪いことじゃない。


 ただ、その誇りがあるからこそ、相手のやり方を受け入れられないこともある。


 でも。


 互いの技術を知ることで、考え方が変わることもある。


 ……うん。


 何だか、人と人の関係も、少し似ているのかもしれない。


「……そういえば」


 僕は、ふと思い出した。


「フィオナも、今日はいいこと言ってたね」


「……私が、ですか?」


「うん。全部同じ作り方にする必要はないってやつ」


 フィオナは、少しだけ驚いたような顔をした。


「……あれは、ただ思ったことをお伝えしただけです」


「でも、あれでバルトたちも考え方が変わったでしょ?」


「……そうでしょうか」


「うん。少なくとも、僕は助かったよ」


 僕がそう言うと、フィオナは少しだけ視線を落とした。


「……ありがとうございます」


 その声は、どこか嬉しそうだった。


 ……うん。


 最近、フィオナが自分から意見を出してくれることが増えた。


 畑のこともそうだったし、今回の工房のこともそうだ。


 もちろん、僕らが知らないこともたくさんある。


 でも、それでいい。


 知らないことは、知っている人に聞けばいいのだから。


「……それにしてもさ」


「はい?」


「町が大きくなると、色々な仕事が増えるんだね」


 僕は、遠くに見える町並みを眺めた。


「宿屋ができて、畑のやり方も変わって、今度は工房同士で協力するようになった」


「そうですね」


「……何だか、みんな忙しそうだなあ」


 思わず呟く。


 すると、フィオナがこちらを見た。


「カイル様も、お忙しくなられていると思いますが」


「…………」


 ……あ。


 確かに。


「……そうだった」


 僕は、思わず苦笑した。


「いやあ、そろそろ僕の仕事も減ってほしいんだけどなあ」


 フィオナが、小さく笑った。


「それは、もう少し先になるかもしれませんね」


「……だよねえ」


 まあ、仕方ない。


 町が発展してくれるなら、それくらいは頑張ろう。


 ……できれば、ほどほどに。


 僕は、もう一度工房の方を振り返った。


 夕暮れの中、何人もの職人たちが同じ建物の下で働いている。


 別々の工房から集まった人たち。


 違う道具を使い、違う技術を持った人たち。


 それでも、今は一つの品物を完成させるために協力している。


 以前は、それぞれの工房で仕事をするのが当たり前だった。


 けれど今は、互いの技術を持ち寄る場所が生まれた。


 そして、その場所からは、また新しい仕事が始まろうとしている。


「……ねえ、フィオナ」


「はい」


「また、ここに来ようか」


 そう言うと、フィオナが微笑んだ。


「はい。ぜひ」


「次は、何を作ってるんだろうね」


「そうですね……」


 彼女は、少し考えてから答えた。


「きっと、また新しいものを作っていらっしゃると思います」


「……うん」


 僕も笑った。


「楽しみだね」


 こうして、町外れの一角に、職人たちが共同で使う小さな作業場が生まれた。


 まだ立派な建物ではない。


 使っているのも、ほんの数軒の工房だけだ。


 それでも、そこには今までになかった繋がりができていた。


 一人の職人が、一つの品物を作る。


 それだけではなく。


 違う工房の職人たちが、互いの技術を持ち寄り、一つの仕事を完成させる。


 そういう新しいやり方が、少しずつ広がり始めていた。


 そして今日も。


 町外れの作業場には、木を叩く音が響いている。


 その音が、これからも少しずつ増えていくような気がした。

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