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花咲く辺境の第六皇子  作者: じゃこー
第一章 辺境に根を下ろす
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第四話 僕の護衛

 馬車の揺れに身を任せながら、僕は薄く目を開けた。


 向かいの席にはフィオナが座っている。


 窓の外へ視線を向けながら、膝の上にはヘラクレス。


 さっきからずっと同じ姿勢だ。


 寝る気配はない。


 というより、明らかに周囲を警戒している。


 僕が寝てしまったからだろう。


「……真面目だなぁ」


「起きておられたのですか?」


「あ」


 聞こえてた。


「今起きたところ」


「そうですか」


 絶対信じてない顔をされた。


 まあいいけど。


 身体を起こし、窓の外を見る。


 帝都を出てから、それなりに時間が経った。


 石造りの立派な建物はとうに見えなくなり、代わりに畑や小さな村がぽつぽつと現れるようになっている。


 さらに先へ進めば、それすら少なくなるはずだ。


 僕に与えられた領地は、もっとずっと向こうにある。


 辺境。


 兄上がわざわざ僕のために選んでくれた、とびきりの外れ領地だ。


 ありがたい話である。


 本当に。


 ――いや、実際そこまで嫌ではないんだけど。


 皇位継承だの、派閥だの、貴族同士の顔色の読み合いだの。


 ああいう面倒事から離れられるのなら、多少田舎でも構わない。


 むしろ歓迎したいくらいだ。


 住める場所と美味しいご飯と、昼寝できる程度の平和さえあればいい。


 その「平和」が一番難しそうなのが問題なのだが。


 僕はフィオナへ視線を戻した。


 昨日までなら、この馬車に彼女はいなかった。


 護衛をどうするか考えて。


 父上から付けられていた人たちを連れていくのも面倒で。


 結局、自分で探しに行くことにした。


 そこで見つけたのがフィオナだった。


 最初に彼女を見た時のことを思い出す。


 市場の隅。


 鎖に繋がれ、俯いて座っていた銀髪のエルフ。


 正直に言えば、最初に目を引かれたのは見た目だった。


 綺麗な子だな。


 たぶん、それが最初。


 そして次の瞬間には、僕の右目が勝手に彼女の情報を拾っていた。


 弓術。


 精霊魔法。


 森での活動能力。


 身体能力。


 どれもかなり高い。


 衰弱しているせいで本来の力を出せてはいなかったが、それを差し引いても十分すぎる。


 護衛を探しに来て、これほど条件に合った人が目の前にいたのだから、選ばない理由がなかった。


 だから買った。


 ――と言ってしまえば、それだけだ。


 けれど。


 少しだけ予想外だったこともある。


「フィオナ」


「はい」


 呼ぶと、すぐこちらを見る。


「疲れてない?」


「問題ありません」


 即答。


「眠かったら寝てもいいよ」


「カイル様がお休みになっている間、誰が周囲を警戒するのですか」


「僕もう起きてるけど」


「またすぐ寝るでしょう」


「……」


 否定できない。


「それに私は護衛です。お気遣いは不要です」


「そっか」


 僕はそれ以上言わなかった。


 たぶん言っても聞かない。


 少なくとも今は。


 フィオナは何かにつけて、


 護衛だから。


 奴隷だから。


 役に立つため。


 そんな言葉を使う。


 本人はほとんど無意識なのだろう。


 さっきだってそうだった。


『必ず、お守りいたします』


 そこまではいい。


 護衛なのだから頼もしい話だ。


 でも、その口調を聞いていると、そのうち平然と、


『命に代えても』


 なんて言い出しそうな気がした。


 だから先に止めた。


 僕を守って死なれても困る。


 それでは護衛を雇った意味がない。


 なのに彼女は、


『分かりません』


 と言った。


 少し驚いた。


 反論されると思っていたわけではない。


 本当に分からない顔をしていたからだ。


 自分の命も大切にしろ。


 ただそれだけの話なのに。


 それがフィオナにとっては当たり前ではないらしい。


 市場にいた時から、なんとなく察してはいた。


 けれど、思っていた以上かもしれない。


「……」


 右目が僅かに熱を持つ。


 意識して見るつもりはなかったのに、また情報が流れ込んできた。


 疲労。


 軽い栄養不足。


 手首には古い傷。


 今の感情は――警戒。


 その中に少しだけ、安心。


 僕はすぐに視線を逸らした。


 こういう時、この目は本当に不便だ。


 嫌だったなら、ごめん。


 そう謝った時のフィオナの顔を思い出す。


 どうして謝るのか、本気で分からないようだった。


 あれも少し気になっている。


 たぶん彼女の中では、


 主人は奴隷に何をしてもいい。


 そういう前提になっているのだろう。


 僕は頬杖をついた。


 ……面倒な子を選んだのかもしれない。


 もちろん悪い意味ではない。


 護衛としてなら大当たりだ。


 買った直後。


 初めてヘラクレスを渡したばかりだというのに、あれだけ戦えた。


 矢が飛んできたことに僕より先に気づいて、迷わず身体を動かした。


 敵の数を把握し、必要なら生け捕りにして情報を残す。


 数年まともに弓を握っていなかったとは思えない。


 市場で右目が教えてくれた情報以上だった。


 あれなら、戦闘に関して僕が口を出す必要はほとんどないだろう。


 問題は、その強さを本人がどう扱っているかだ。


 まるで自分自身まで武器の一つだと思っているような。


 ……まあ。


 今日会ったばかりの僕が考えても仕方ないか。


「カイル様?」


「ん?」


「先ほどから、こちらを見て何か?」


「いや。優秀な護衛を見つけたなと思って」


「……そうですか」


 ほんの少しだけ表情が緩んだ。


 そしてすぐ戻る。


 分かりやすい。


 いや、本人は隠せているつもりなのかもしれない。


「嬉しい?」


「何がでしょう」


「褒められて」


「……」


 フィオナは黙った。


「別に」


「……護衛として評価していただけることは、ありがたく思います」


 やっぱりそこに戻るんだよなぁ。


「そっか」


「はい」


「じゃあ、これからも頼りにしてる」


「お任せください」


 今度ははっきりと答えた。


 これでいい。


 急ぐ必要はないだろう。


 これから同じ屋敷で生活することになる。


 僕の領地が兄上の資料通りなら、やることだって山ほどある。


 嫌でも一緒にいる時間は増える。


 だったらその中で、少しずつでいい。


 何が、とは僕自身まだ上手く説明できないけれど。


 少なくとも、フィオナが自分の命をもう少し大切に思えるくらいにはなってほしい。


 何より。


 僕が寝るたびに護衛が命懸けになっていたら、落ち着いて昼寝できない。


 非常に困る。


     ◇


「ところで、カイル様」


「んー?」


「先ほどから気になっていたのですが」


「何?」


「領地について、どの程度把握されているのですか?」


「……」


 嫌な質問が来た。


「もちろん把握してるよ」


「具体的には?」


「帝国北東部で、山と森が多く、人口が少ない」


「はい」


「そして魔物が多い」


「それは既に聞きました」


「……」


 フィオナの目が細くなった。


「それだけですか?」


「資料はちゃんと読んだよ?」


「何が書かれていました?」


「年間の税収とか、人口とか、農地の面積とか」


「では?」


「覚えてない」


「カイル様」


「数字多かったから」


「領主になられるのでしょう?」


「なりたくてなるわけじゃないし」


「そういう問題ではありません」


 さっきまでの硬さはどこへ行ったのだろう。


 もう普通に注意されている。


 いや。


 いいことなのか?


「大丈夫だよ。着いてから考えれば」


「……不安になってきました」


「酷いな」


「当然です」


「僕、一応これでも皇子だよ?」


「先ほどの襲撃の最中にも忘れかけました」


「そんなに?」


 フィオナが小さく息を吐く。


「少なくとも、もう一度資料を確認なさった方がよろしいかと」


「馬車の荷物の中だよ」


「では休憩時に」


「えー」


「カイル様」


「はい」


 強い。


 昨日まで奴隷市場にいた人とは思えない。


 でも。


 こっちの方がいい気がする。


 僕の言うことに全部頷かれるより、ずっと楽だ。


「フィオナって意外と世話焼き?」


「違います」


「そう?」


「護衛対象があまりにも無防備ですので」


「それ世話焼きっていうんじゃ」


「違います」


 強く否定された。


 しばらくすると、馬車の速度が落ちた。


 御者の声が聞こえる。


「カイル殿下! 峠へ入ります!」


「はーい」


 窓の外を見る。


 道の両側を覆う木々が、いつの間にか随分と深くなっていた。


 帝都周辺ではあまり見ないほど大きな木もある。


 フィオナも窓へ視線を向けた。


 その表情が、僅かに変わる。


「……いい森です」


「分かるの?」


「ええ」


 彼女は窓を少し開けた。


 吹き込んできた風に、銀色の髪が揺れる。


 目を閉じる。


 ほんの少しだけ。


 市場で初めて見た時とはまるで違う顔をしていた。


「精霊が多い」


「へえ」


「森そのものも、かなり古いようです」


「やっぱりフィオナ連れてきて正解だったな」


「まだ何もしておりませんが」


「僕には森の良し悪しなんて分からないし」


 フィオナは何か言おうとして、やめた。


 代わりにもう一度外を見る。


 その横顔は、少しだけ穏やかだった。


 エルフだから。


 というだけではないのかもしれない。


 故郷を思い出したのだろうか。


 聞こうと思って――やめた。


 今はいい。


 いつかフィオナの方から話したくなったら聞けばいい。


「あ」


 峠を越えた。


 視界が開ける。


 山の間から、広い土地が見えた。


「見えてきた」


「カイル様の領地ですか?」


「たぶん」


 遠くに小さな集落。


 その向こうには広大な森。


 農地らしき場所もあるが、ところどころ荒れている。


 街道も……。


「……」


「……」


 僕とフィオナは揃って黙った。


 地図で見ていた時点で、田舎なのは分かっていた。


 資料にだって、開発が遅れているとは書かれていた。


 しかし。


「カイル様」


「うん」


「あれが街道ですか?」


「……たぶん」


「途中でなくなっていますが」


「そう見えるね」


 さらに目を凝らす。


 領地の中心部にあるはずの町。


 小さい。


 思っていたより、かなり小さい。


 そして遠くに見える屋敷らしき建物。


「……ねえフィオナ」


「はい」


「僕、資料より酷い気がするんだけど」


「奇遇ですね」


 フィオナは真顔だった。


「私も同じことを考えておりました」


 馬車は何も知らないように、山道を下っていく。


 僕はもう一度、自分の領地を眺めた。


 帝国の第六皇子。


 十八歳。


 兄上から与えられた初めての領地。


 そして。


「……これ、本当に住める?」


「まずはご自分でお確かめください」


「帰っちゃ駄目?」


「駄目です」


「まだ着いてないのに……」


 どうやら。


 僕の穏やかな辺境暮らしは、思っていたより少しだけ遠そうだった。


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