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花咲く辺境の第六皇子  作者: じゃこー
第二章 辺境に芽吹く
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31/48

第三十話 職人の仕事

すみません。

体調を崩してしまい、1週間近く投稿をお休みしてました。

これからは、なるべく止めないように頑張りますので、よろしくお願いします。

 新しい加工場が動き始めてから、数日が経った。


 マルク(農家)たちが広げた茶畑では少しずつ収穫量が増え、加工場ではミレア(薬草を扱う女性)を中心に茶作りが進んでいる。


 まだ僕の魔法で成長を手助けすることもあるけれど、それ以外の作業はほとんど町の人たちが担うようになっていた。


 おかげで、僕とフィオナが毎日加工場へ顔を出す必要もなくなってきた。


 これはかなり嬉しい。


 もちろん、完全に任せきりにするにはまだ早いけど。


 少なくとも、朝から晩まで茶葉を揉んでいた頃に比べれば、随分と楽になったと思う。


「ようやく一段落って感じかなあ」


「そうですね。加工場の方も順調ですし」


 屋敷の廊下を歩きながら、フィオナが頷く。


「マルクからも、茶畑の方は問題ないって報告が来てたよね」


「はい。今後は少しずつ収穫量を増やせるそうです」


「いいねえ。これなら、そろそろ僕もゆっくりできそうだ」


「……そうだといいですね」


「何、その含みのある言い方」


「いえ。まだ出荷が残っていますから」


「あ」


 そうだった。


 商人から受けた追加注文。


 あれを届けるところまでやらないと、今回の仕事は終わらない。


「でも、茶自体はもう結構できてるんでしょ?」


「ええ。ミレアさんからは、予定していた量が揃いつつあると聞いています」


「じゃあ、あとは箱に詰めて渡すだけじゃない?」


「その箱について、バルトさんが相談したいことがあるそうです」


「バルトが?」


 バルトは、茶作りを始めた頃から手伝ってくれている木工職人だ。


 乾燥棚を作ったのも、新しい加工場の建設に関わったのも彼だった。


「箱なら、この前から作ってなかった?」


「はい。ただ、少し気になることがあるそうで」


「気になること?」


「詳しくは、実際に見てほしいと」


「……また何か問題?」


「どうでしょう」


 フィオナが少しだけ首を傾げる。


「とにかく、行ってみましょうか」


「そうするしかないかあ」


 せっかく仕事が減ったと思ったのに。


 どうやら、まだそう簡単にはいかないらしい。


     ◇


 バルトの工房は、町の中心から少し外れた場所にある。


 通りに面した建物の裏には木材が積まれ、屋根のある作業場からは、朝から規則正しい槌の音が響いていた。


 近づくにつれて、削りたての木の香りが漂ってくる。


「おはよう、バルト」


「おお、殿下。おはようございます」


 作業台に向かっていた大柄な男が顔を上げた。


 短く刈った茶色の髪に、日に焼けた顔。


 四十を少し過ぎたくらいだろうか。


 太い腕には細かな傷がいくつも残っていて、長く木工の仕事をしてきたことが分かる。


 もっとも、本人はそういう傷を気にする様子もなく、いつも楽しそうに木を削っている。


「フィオナ様も、わざわざありがとうございます」


「いえ。お話があると伺いましたので」


「ええ。ちょっと見てもらいたいものがありましてね」


 バルトが作業台の上を指差した。


 そこには、いくつかの木箱が並んでいた。


 大きさも形も、少しずつ違っている。


「箱?」


「はい。茶を運ぶための箱です」


「この前作ってたやつだよね?」


「ええ。ただ、あれをそのまま増やすのは少し考え直した方がいいと思いまして」


「どうして?」


 バルトは一つの箱を持ち上げた。


「前に商人へ渡したのは、ほんの数箱でしたよね?」


「うん」


「あの量なら、多少手間がかかっても問題ありません。でも今回は、同じようにはいきません」


「量が多いから?」


「それもありますが、運ぶ途中のことも考えないといけません」


 バルトが箱の蓋を開ける。


 中には、試しに詰めた茶葉の包みが入っていた。


「例えば、これです」


 そう言って、箱を軽く揺らす。


 中から、かさかさと音がした。


「……何か動いてる?」


「ええ。中身が少ないと、運んでいる間に包み同士がぶつかるんです」


「ああ……」


「それに、茶葉は乾燥させてありますからね。何度も揺らされれば、葉が細かく崩れてしまいます」


「なるほど」


 バルトは今度、別の箱を手に取った。


「こちらは隙間を減らしてみたんですが、今度は詰め込みすぎると葉を傷めます」


「多すぎても駄目なんだ」


「そういうことです」


 さらに、もう一つ。


「こっちは?」


「丈夫に作った箱です。多少乱暴に扱われても壊れません」


「いいじゃん」


「ですが、重すぎる」


「あ」


 試しに持ち上げてみる。


 確かに重い。


 茶葉を入れる前から、ずっしりとした重さがあった。


「……これ、中身より箱の方が重くない?」


「そうなんですよ」


 バルトが苦笑する。


「箱が重ければ、その分だけ運べる荷物も減ります。材料も多く使いますし、作る時間もかかる」


「頑丈ならいいってわけでもないのかあ」


「ええ。使う人のことを考えないと、良い道具にはなりませんから」


 そう言いながら、バルトは作業台の上に箱を戻した。


 その手つきは、さっきまでの大雑把な印象とは違って、随分と丁寧だった。


「それから、もう一つ問題があります」


「まだあるの?」


「茶は湿気に弱いでしょう?」


「うん。乾燥させ方で味も変わるしね」


「ええ。ですが、この辺りは雨も霧も多い。普通の木箱に詰めただけでは、長い道中で湿気が入り込むかもしれません」


「……確かに」


 この土地の特徴が、また別の形で問題になっていた。


 茶を育てるには向いていても。


 茶を運ぶとなれば、気をつけなければならないこともあるらしい。


「じゃあ、どうするの?」


「そこを考えていたんです」


 バルトが少し楽しそうに笑った。


     ◇


 工房の奥には、さらにいくつかの試作品が用意されていた。


 今度は木箱だけではない。


 薄い紙や布、それから仕切り板のようなものも並んでいる。


「色々作ったんだね」


「ええ。せっかく新しい商品ができたんですから、それに合った箱も必要でしょう?」


「なるほどねえ」


 バルトが最初に手に取ったのは、小さな仕切り板だった。


「まず、箱の中で包みが動かないようにします」


「仕切りを作るってこと?」


「そうです。全部を一つの大きな空間に入れるんじゃなくて、包みを分けて収めるんです」


 箱の中へ仕切りをはめ込む。


 そこに、茶葉を包んだ紙包みを一つずつ入れていく。


「おお」


 思ったより綺麗に収まった。


「これなら揺れにくそうだね」


「ええ。包みの大きさを揃えておけば、詰める時も楽になります」


 フィオナが箱の中を覗き込む。


「取り出しやすいのも良いですね」


「そうでしょう?」


 バルトが嬉しそうに頷いた。


「商人が売る時にも、いちいち中身を全部出さなくて済みますから」


「……そこまで考えてるんだ」


「そりゃあ、作ったものを使ってもらうわけですからね」


 次に見せてくれたのは、蓋の部分だった。


「ここも少し変えてあります」


「どこ?」


「合わせ目ですね。普通に板を載せるだけだと、隙間から水が入りやすいんです」


 よく見ると、箱の縁と蓋が噛み合うような形になっていた。


「完全に水を防げるわけではありませんが、前より入りにくくなります」


「へえ……」


「それと、中の茶は紙で包んで、その外側を乾いた布で覆うようにします。木箱だけで湿気を防ごうとするより、その方が安心でしょう」


「なるほど」


「ただ、包む材料も何でもいいわけじゃありません」


「というと?」


「匂いです」


 バルトが木片を一つ手渡してきた。


「嗅いでみてください」


「ん?」


 鼻に近づける。


 木の香りが強い。


「いい匂いだけど」


「そうでしょう。でも、茶を入れるには少し強すぎるかもしれません」


「ああ、茶に匂いが移るのか」


「その可能性があります」


 フィオナも木片を受け取り、確かめる。


「確かに、茶の香りを楽しむなら避けたいですね」


「でしょう?」


 バルトは頷く。


「ですから、木の種類や乾燥具合も考えないといけません」


 茶葉を包む材料。


 箱の形。


 木の種類。


 重さ。


 蓋の作り。


 話を聞けば聞くほど、ただの木箱とは思えなくなってきた。


「……箱一つでこんなに考えることあるんだね」


「殿下たちが茶葉の扱いを色々試していたのと同じですよ」


「同じ?」


「ええ。殿下たちは、葉をどう扱えばおいしい茶になるか考えたでしょう?」


「うん」


「俺たちは、どう作れば使いやすい道具になるか考えるんです」


 バルトは作業台に置かれた箱を軽く叩いた。


「中身が良くても、運ぶ途中で駄目になっちまったらもったいないですからね」


「……確かにそうだね」


 僕らが一生懸命作った茶も。


 運ぶ途中で湿気を吸ったり、香りが落ちたりしたら意味がない。


 その茶を守るのが、バルトの仕事なんだ。


「じゃあ、実際に試してみようか」


「ええ。そのつもりで用意してあります」


「準備いいなあ」


「職人ですから」


 バルトが得意げに笑った。


     ◇


 試験は、工房の裏で行うことになった。


 まずは、箱に茶葉の包みを詰める。


 今回使うのは商品ではなく、試験用に分けてもらった茶だ。


 それぞれの箱に同じ量を入れ、蓋を閉じる。


「じゃあ、揺らしてみる?」


「ええ。実際の荷馬車ほどではありませんが、違いは分かるでしょう」


 バルトが箱を抱え、ゆっくりと揺らす。


 最初の箱からは、かさかさと中身が動く音がした。


 でも、仕切りを付けた方はほとんど音がしない。


「全然違うね」


「でしょう?」


 次は、荷車に載せて工房の周囲を走らせてみた。


 石の多い道を通るたび、車輪が跳ねる。


 箱を降ろして中身を確認すると、最初のものは包みの位置がずれていた。


 一方、仕切りのある箱はほとんど変わっていない。


「おお、ちゃんと収まってる」


「これなら問題なさそうですね」


 フィオナも頷く。


「ただ、実際の街道はもっと長いですよね」


「ええ。ですから、もう少し余裕を見ておきたいところです」


 バルトはそう言うと、仕切り板の厚さを確認し始めた。


「ここを少し薄くできれば、もう一つ包みを入れられるかもしれません」


「でも、薄くしすぎたら壊れない?」


「そうなんですよ。だから難しい」


 そう言いながらも、バルトは楽しそうだった。


 僕はその横顔を眺める。


 何度も作って。


 試して。


 駄目なら直す。


 ……あれ?


「なんか、茶を作ってた時と似てるね」


「そうですね」


 フィオナが微笑むように口元を緩めた。


「扱うものは違いますが、やっていることは似ていると思います」


「だよね」


 失敗するたびに少しずつ改善していく。


 それを繰り返して、ようやく納得できるものができる。


 僕らが茶を作っていた時もそうだった。


 ただし。


「バルトは慣れてる分、楽しそうだね」


「そりゃあ、こういう仕事が好きで職人やってますから」


「いいなあ」


「殿下だって、茶を作ってる時は結構楽しそうでしたよ」


「そうだった?」


「ええ。うまくできた時なんか、随分喜んでらしたじゃないですか」


「ああ……」


 それは否定できない。


 何度も失敗して、ようやくおいしい茶ができた時。


 あれは確かに嬉しかった。


「まあ、楽しかったのは本当だけどね」


「でしょう?」


「でも、毎日同じことをやれって言われたら嫌かも」


「ははは! そこは殿下らしいですね」


 バルトが声を上げて笑う。


 フィオナも少しだけ表情を和らげていた。


     ◇


 試作品の調整が終わった頃、バルトがふと思い出したように口を開いた。


「そうだ。殿下、もう一つ相談してもいいですか?」


「うん。何?」


「箱に印を付けたいんですよ」


「印?」


「ええ。どこで作られた茶なのか、分かるようにしておきたいんです」


「ああ、なるほど」


 確かに、今まで作った箱には特に目印がなかった。


 26話で商人へ渡した時も、ただの小箱だった。


「今後、別の町でも売るなら、何か印があった方がいいでしょう?」


「そうだね。見ただけで分かる方がいいかも」


「それで、ちょっと考えてみたんですが」


 バルトが小さな木片を取り出した。


 そこには、簡単な模様が彫られていた。


 緩やかな丘。


 その上から伸びる、二枚の若葉。


「……これ?」


「この町の周りには丘や斜面が多いでしょう? そこで茶を育ててるわけですから」


「なるほどね」


 複雑な模様ではない。


 でも、何となくこの土地らしさがある。


「これ、バルトが考えたの?」


「ええ。まあ、そんな大したものじゃありませんが」


「いや、いいと思うよ」


 木片を持ち上げ、もう一度眺める。


「フィオナはどう?」


「私も良いと思います。分かりやすいですし、この土地の特徴も表れています」


「だよね」


 バルトが少し照れたように笑った。


「それなら、箱に焼き印を入れてみましょうか」


「焼き印?」


「ええ。熱した金具を押し当てて、木に模様を残すんです」


「ああ、なるほど」


 バルトが用意していた金具を見せてくれる。


 先端には、さっきの模様が反対向きに作られていた。


 熱した金具を木箱の蓋に押し当てる。


 じゅっ、と小さな音がして、薄い煙が立った。


 金具を離すと。


「おお!」


 蓋の中央に、若葉の模様が残っていた。


「いいじゃん!」


「そうでしょう?」


「なんか急に商品っぽくなったね」


「商品ですからね」


「あ、そうだった」


 バルトが笑う。


 フィオナも箱を手に取り、模様を確かめていた。


「二種類の茶は、どう区別するのですか?」


「あ、それも考えないと」


 渋みのある茶と、香りの強い茶。


 箱だけ見ても、どちらか分からなければ困る。


「それでしたら、中の包みに別々の印を付けるのはどうでしょう」


 バルトが言う。


「箱の焼き印は同じにして、茶の種類は包みで分けるんです」


「なるほど」


「その方が、箱を共通で使えますからね」


「それいいね」


 正式な商品名は、まだ決まっていない。


 でも、今は分かりやすく区別できれば十分だ。


 しばらく相談して、包みの印を変えることになった。


 渋みのある茶には一本の線。


 香りの強い茶には二本の線。


 単純だけど、これなら間違えにくい。


「名前もそろそろ考えないとね」


「そうですね」


「でも、今日は箱のことで結構頭使ったしなあ」


「では、名前はまた皆さんと相談しましょうか」


「うん。それがいいと思う」


 今までだって、みんなで考えてきた。


 商品名も、一人で決める必要はないだろう。


     ◇


 数日後。


 バルトの工房を訪ねると、以前より賑やかになっていた。


 作業台が増え、木材を削る音があちこちから聞こえる。


「あれ?」


 見慣れない職人が何人かいる。


 若い男性もいれば、僕よりずっと年上に見える男性もいた。


「おお、殿下」


 バルトがこちらへ歩いてくる。


「ちょうどよかった。見てくださいよ」


「……人、増えてない?」


「ええ。手伝ってもらってるんです」


「手伝い?」


「今回の注文、俺一人じゃ間に合いませんからね」


「ああ、そっか」


 加工場で茶を作る人が増えたのと同じだ。


 箱を作る人だって必要になる。


「町の他の職人にも声を掛けたんです。木材を切るのが得意な奴もいれば、細かい加工が得意な奴もいますから」


「みんな木工職人なの?」


「ええ。普段は別々の仕事をしてますが、今回は少し協力してもらおうと思いまして」


 バルトが作業場を見回す。


 奥では木材を同じ長さに切っている人がいた。


 別の作業台では、箱の側面に使う板を削っている。


 その隣では、若い職人が蓋を組み立てていた。


「へえ……」


「それぞれ得意な作業を任せた方が早いですからね」


「バルトが全部作るわけじゃないんだ」


「俺が全部やってたら、いつまで経っても終わりませんよ」


 それはそうか。


 でも、少し意外だった。


 バルトは職人として自分の仕事にこだわる人だと思っていたから。


「自分で全部作りたいとか思わないの?」


 僕が聞くと、バルトは少し考えた。


「そりゃあ、自分で作りたいものもありますよ」


「うん」


「ですが、今回必要なのは、俺が一番いい箱を一つ作ることじゃありませんからね」


「……ああ」


「同じ品質の箱を、必要な数だけ揃えることです」


 バルトが作業場を見る。


「だったら、みんなでやった方がいいでしょう」


「なるほどね」


 そう言われると、確かにその通りだ。


 いくら良い箱が一つできても、注文された茶を全部運べなければ意味がない。


 それに、今後もっと注文が増えたら。


 バルト一人で作り続けるなんて、最初から無理だ。


「なんか、加工場と似てるね」


「そうでしょう?」


「ミレアも、最近は人に教えることが増えたって言ってたし」


「俺たちも同じですよ」


 バルトが笑う。


「それに、仕事が増えるのは悪いことじゃありませんからね」


「うん」


「若い連中にも経験を積ませられますし、ほかの職人にも仕事を回せます」


 そう言って、バルトは作業場の奥へ声を掛けた。


「おい、その蓋はもう少し削った方がいいぞ!」


「はい!」


「あと、角をちゃんと見ろよ。そこが引っかかると、使う人が困るからな!」


「分かりました!」


 若い職人が返事をする。


 バルトは満足そうに頷くと、こちらへ向き直った。


「まあ、こんな感じです」


「……バルトって、人に教えるのもうまいんだね」


「そうですか?」


「うん。結構向いてると思う」


「そりゃどうも」


 少し照れくさそうに頭を掻く。


 でも、すぐに表情を戻した。


「ただ、今はまだ箱作りだけですけどね」


「うん?」


「この先もっと仕事が増えるなら、ほかの職人とも相談しないといけません」


「ほかの職人?」


「鍛冶屋や建築職人なんかも含めて、ですよ」


「ああ……」


 考えてみれば、加工場を作った時もそうだった。


 木工職人だけじゃなく、炉を作るための職人も必要だった。


 新しい建物を増やすなら、当然もっと多くの人が関わることになる。


「じゃあ、今後も色々お願いすることになりそうだね」


「ええ。遠慮なく言ってください」


「助かるよ」


「ただし、無茶な注文だけは勘弁してくださいね」


「え、僕そんな無茶言ったことあった?」


「乾燥棚を急いで増やしてくれって言われた時は、ちょっと大変でしたよ」


「ああ……」


 言われてみれば、そんなこともあった。


「ごめん」


「ははは! まあ、仕事があるのはありがたいことですから」


 そう言って、バルトはまた作業場へ戻っていった。


 その背中を見送りながら、僕は少し考える。


 茶を作り始めた時。


 僕が欲しかったのは、町の外へ売れるものだった。


 でも、今は茶を作るために加工場ができて。


 そこで働く人が増えて。


 茶を運ぶ箱を作るために、職人たちまで集まっている。


 一つの仕事が、別の仕事を生んでいる。


「……なんか面白くなってきたね」


「そうですね」


 フィオナも、作業場を見ながら頷いた。


     ◇


 そして、さらに何日かが経った。


 ついに、商人へ渡す茶が全て揃った。


 朝の町には、まだ少し冷たい空気が残っていた。


 加工場の前には荷馬車が止まり、その横に木箱がいくつも並んでいる。


 どの箱にも、若葉の焼き印が押されていた。


「……おお」


 僕は思わず足を止める。


「結構あるね」


「ええ。今回は前より随分多いですから」


 フィオナが頷く。


 数箱だけを手渡した前回とは違う。


 今度は、まとまった量の茶が商品として運び出される。


 木箱は一つずつ丁寧に積み上げられ、荷台の上で動かないよう縄で固定されていた。


「殿下、おはようございます」


「あ、おはよう」


 声を掛けてきたのは、あの行商人だった。


 追加注文の品を受け取るため、再び町を訪れていたらしい。


「いやあ、見事ですね」


「何が?」


「この箱ですよ」


 商人が一つの箱を持ち上げる。


「前回より随分としっかりしたものになっています」


「バルトが色々考えてくれたんだ」


「ほう」


 商人が蓋を開ける。


 中には、印を付けた茶の包みが整然と収められていた。


「なるほど。これなら売る時にも便利ですね」


「でしょう?」


 横からバルトが顔を出す。


「運ぶ時に崩れないようにもしてありますよ」


「それはありがたい」


 商人は箱の内側を確認し、感心したように頷いた。


「それに、この印もいいですね」


「若葉の印?」


「ええ。どこで作られた商品なのか分かりやすい。今後、別の町で売る時にも覚えてもらえるかもしれません」


「そっか」


 何気なく付けた印だったけど。


 そう考えると、結構大事なものなのかもしれない。


「では、数量を確認しましょうか」


「うん。お願い」


 商人とミレアが、納品する茶の数を確認していく。


 その横では、マルクが農家たちと話していた。


「次の収穫はどうだ?」


「今のところ問題ありません。新しく植えた方も順調ですよ」


「そうか。じゃあ、また少し増やせそうだな」


 ミレアも、加工場の人たちに指示を出している。


「こちらの箱は香りの強い方ですからね。間違えないようにしてください」


「はい!」


「それから、残りの茶は保管庫へ運んでおいてください」


「分かりました!」


 バルトは最後の箱を確認し、荷台に積み込む職人たちへ声を掛けていた。


「その箱は横にしないでくれよ。中の仕切りがずれるかもしれないからな」


「了解です!」


 みんな、それぞれの仕事をしている。


 僕が指示を出す必要は、ほとんどなかった。


「……なんか、すごいね」


 思わず呟く。


「そうですね」


「ちょっと前まで、みんなで茶葉を揉んでただけだったのに」


「今は、ちゃんと商品を作って運び出せるようになりました」


「うん」


 マルクが育てた茶葉。


 ミレアが仕上げた茶。


 バルトが作った木箱。


 そして、それを外へ運ぶ商人。


 それぞれ違う仕事をしているのに、ちゃんと一つに繋がっている。


「殿下」


「ん?」


 商人がこちらへ歩いてきた。


「数量も品質も問題ありません。こちらで全て買い取らせていただきます」


「本当?」


「ええ。今回も良い茶をありがとうございます」


「こちらこそ。買ってくれてありがとう」


 商人が少し驚いたように目を瞬いた。


「……殿下からお礼を言われるとは思いませんでした」


「え、何で?」


「普通、買い取る側の私がお礼を申し上げるものですから」


「そうなの?」


「ええ」


「でも、買ってくれる人がいなかったら商売にならないでしょ?」


 僕がそう言うと、商人は一瞬黙った。


 それから、楽しそうに笑った。


「……確かに、その通りですね」


「でしょ?」


「では、お互い様ということで」


「うん。それがいいね」


 商人はもう一度頭を下げると、馬車へ戻っていった。


 ほどなくして、出発の準備が整った。


「それでは、行ってまいります!」


「うん。気をつけてね」


 御者が手綱を引く。


 馬がゆっくりと歩き出し、車輪が石畳を踏む音が響いた。


 荷台には、若葉の印が付いた木箱がいくつも積まれている。


 その馬車を、町の人たちが見送っていた。


 前回は、ちゃんと売れるかどうかも分からない試し売りだった。


 でも今回は違う。


 売れることが分かっていて。


 そのために畑を広げて。


 加工場を作って。


 木箱まで用意した。


 町の人たちが、自分たちの仕事として作り上げたものだ。


「……行ったね」


「はい」


 馬車はゆっくりと町の通りを進み、やがて建物の向こうへ消えていった。


 その姿が見えなくなっても、しばらくの間、車輪の音が聞こえていた。


     ◇


 出荷が終わった日の夕方。


 僕とフィオナは、町の様子を見ながら屋敷へ戻っていた。


 市場にはまだ買い物客がいて、店先からは夕食の支度をする匂いが漂ってくる。


 少し前より、通りを行き交う人が増えた気がする。


 そんなことを考えながら歩いていると、どこかから槌の音が聞こえてきた。


「……ん?」


 音のする方を見る。


 バルトの工房だった。


「まだ仕事してるんだ」


「そうみたいですね」


「ちょっと覗いてみようか」


 工房へ近づくと、中ではバルトが新しい木箱を組み立てていた。


 その隣では、昼間見かけた若い職人が板を削っている。


「バルト」


「おお、殿下」


「もう次の箱作ってるの?」


「ええ。今のうちに少し作っておこうかと思いまして」


「でも、まだ次の注文は来てないよ?」


「そうですね」


 バルトが頷く。


「ですが、また注文が来るかもしれませんから」


「準備してるってこと?」


「ええ。それに、箱は茶だけに使うとは限りませんしね」


「……ああ」


 確かに。


 この町では、茶以外にも薬草や木材、毛皮なんかを外へ売っている。


 それらを運ぶ時にも、箱が必要になることはあるだろう。


「他のものにも使えそう?」


「もちろんです。大きさや形を少し変えれば、色々なものに使えますよ」


「へえ……」


「今までだって箱は作ってましたが、今回みたいにまとまった数を同じ形で作ることはあまりありませんでしたからね」


 バルトが組み立て途中の箱を持ち上げる。


「せっかく作り方も決まったんです。今後の仕事にも生かせると思います」


「なるほどね」


 新しく覚えた技術。


 増えた職人。


 協力して作る仕組み。


 それは、茶箱を作るためだけのものじゃない。


 ほかの仕事にも使える。


「……茶を売り始めたら、木工の仕事まで増えるんだね」


「そういうことです」


「なんか、最初に思ってたよりずっと話が大きくなってない?」


 バルトが笑った。


「殿下が始めたんでしょう?」


「そうなんだけどさ」


「俺たちにとっても、ありがたい話ですよ」


 バルトは少しだけ真面目な表情になった。


「この町は、今まで仕事が少なかったですからね」


「……うん」


「壊れたものを直したり、必要な道具を作ったり。それはそれで大切な仕事ですが、新しく何かを作る機会はあまりありませんでした」


 工房の奥では、若い職人が木材を削っている。


 その音に耳を傾けながら、バルトは続けた。


「でも、最近は違います」


「うん?」


「加工場を作る仕事があって、茶箱を作る仕事があって。そのおかげで、ほかの職人たちにも声を掛けられるようになりました」


 少し嬉しそうに、バルトが笑う。


「仕事が増えれば、若い連中もこの町で食っていけますから」


「……そっか」


 何となく、胸の奥が温かくなった。


 茶が売れるようになったことは、もちろん嬉しい。


 でも。


 それだけじゃなかった。


 茶を作るために、誰かの仕事が増える。


 新しく仕事を覚える人がいる。


 今まで別々に働いていた職人たちが、一緒に何かを作るようになる。


 そういう変化が、少しずつ町の中に広がっている。


「バルト」


「はい?」


「これからも、色々頼んでいい?」


 僕が聞くと、バルトは一瞬驚いたような顔をした。


 それから、にっと笑った。


「もちろんです」


「結構大変な仕事もあるかもしれないけど」


「それは、やってみないと分かりませんね」


「頼もしいなあ」


「ただし、できないものはできないと言いますよ」


「うん。それでいいよ」


 僕に分からないことは、きっとこれからもたくさん出てくる。


 その時に、ちゃんと意見を言ってくれる人がいるのはありがたい。


「じゃあ、今後もよろしくね」


「こちらこそ、よろしくお願いします」


 バルトはそう言って、作業台へ戻っていった。


 僕らも工房を後にする。


     ◇


 夕暮れの町を、ゆっくりと歩く。


 加工場の方からは、まだ人の声が聞こえていた。


 遠くの斜面には、新しく植えられた茶の列が続いている。


 そして背後の工房からは、規則正しい槌の音が響いていた。


「……ねえ、フィオナ」


「はい」


「最初、僕らが茶を作り始めた時ってさ」


「ええ」


「売れるものが一つできれば、それで町が少しは豊かになるかなって思ってたんだよね」


「そうですね」


「でも、なんかそれだけじゃなかったみたい」


 茶を育てる人。


 加工する人。


 箱を作る人。


 運ぶ人。


 一つの商品ができたことで、今まで繋がっていなかった仕事が繋がり始めている。


「一つの仕事が、別の仕事を生んでいるんですね」


 フィオナが言う。


「うん。まさにそんな感じ」


 僕は通りの向こうを見る。


 家々の屋根が夕陽を受け、柔らかな橙色に染まっていた。


 遠くでは、仕事を終えた人たちが連れ立って歩いている。


 その中には、今日バルトの工房で働いていた若い職人の姿もあった。


「……これから、もっと増えるのかな」


「何がですか?」


「仕事。茶以外にも、色々できるようになるのかなって」


「私は、そう思います」


 フィオナは少し考えてから続けた。


「今までなかったものを、皆さんが自分たちで作り始めていますから」


「そっか」


「ええ」


 その声は、どこか嬉しそうだった。


 僕も、もう一度町を見渡す。


 新しくできた加工場。


 少しずつ広がる茶畑。


 以前より賑やかになった工房。


 どれも、ほんの少し前まではなかったものだ。


 それなのに今では、そこに人が集まり、それぞれの仕事をしている。


「……なんか、いいね」


「はい」


 フィオナが頷く。


 夕陽が沈み始め、建物の影が長く伸びていく。


 工房から聞こえていた槌の音が、一度だけ止まった。


 けれど、すぐにまた鳴り始める。


 その音は、遠くの加工場から聞こえる人々の声に混じりながら、夕暮れの町へと広がっていった。


 茶を作るために生まれた仕事が、また別の仕事を生んでいく。


 その小さな繋がりが、少しずつ町を変え始めていた。

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