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花咲く辺境の第六皇子  作者: じゃこー
第二章 辺境に芽吹く
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第二十九話 茶を作る場所

すいません。投稿時間間違えてました^^;

 新しい茶畑の候補地を決めてから、数日が経った。


 マルクたち農家は、すでに斜面の整備を始めている。


 試しに植えた茶の株も今のところ順調らしく、本格的に植える場所を少しずつ広げているそうだ。


 もっとも、斜面には石や木の根も多い。


 全部を畑に変えるには、まだ時間がかかるらしい。


 僕も何度か手伝いに行ったけれど、最近はマルクたちだけでも作業が進むようになってきた。


 おかげで、少しは暇になるかと思ったんだけど。


「……狭い」


 屋敷裏の作業小屋に入った僕は、思わずそう呟いた。


 目の前には乾燥棚。


 その隣にも乾燥棚。


 壁際には茶葉を入れた籠が積まれ、作業台の上には木箱や道具が所狭しと並んでいる。


 奥では料理人が火の様子を見ていて、木工職人が新しい棚を運び込もうとしていた。


「殿下、ちょっと横に寄ってもらえますか」


「あ、ごめん」


 慌てて道を空ける。


 大きな棚を抱えた職人が、僕の横を通り抜けようとする。


 ……が。


「……入らないな」


「入らないね」


 棚が作業台に引っかかっていた。


「これ、どこに置くつもりだったの?」


「奥の壁際です」


「無理じゃない?」


「無理そうですね」


「作る前に気づかなかったの?」


「置けると思ったんですがねえ」


 職人が困ったように頭を掻く。


 その向こうから声がした。


「ちょっと待ってくださいね。その籠を先に動かしますから」


 声の主は、薬草を扱っている女性、ミレアだった。


 白いものが混じった髪を後ろでまとめ、袖をまくって作業をしている。


 年齢は五十歳前後だろうか。


 普段は穏やかな人だけど、茶を作っている時は誰よりも細かいところに気づく。


 最初に茶葉の乾燥方法を考えた時も、薬草を扱ってきた経験から色々と助言してくれた。


「あら、殿下。いらしていたんですね」


「うん。ちょっと様子を見に来たんだけど……」


 周囲を見回す。


「これ、そろそろ限界じゃない?」


「そうですねえ。私もちょうど、そのお話をしようと思っていたところです」


「やっぱり?」


「今はまだ何とかなっていますけど、畑が増えたら大変なことになりますよ」


「だよねえ……」


 今でさえ、人が二人すれ違うのも難しい。


 ここに今の五倍の茶葉が運び込まれたら、作業するどころではなくなる。


「カイル様」


 後ろから入ってきたフィオナが、小屋の中を見て足を止めた。


「……また棚が増えましたか?」


「増えたというか、増やそうとして入らなくなったところ」


「なるほど」


「もう笑うしかないよね」


 フィオナは周囲を見回した。


「ですが、確かにこのままでは難しそうですね」


「でしょ?」


「特に、茶葉を寝かせる場所と火を使う場所が近すぎます」


「ああ、それもあるのか」


 小屋の奥では、茶葉を仕上げるために火を使っている。


 その熱が、近くに置いた茶葉にも伝わってしまうらしい。


「実は、それだけじゃないんですよ」


 ミレアが一つの籠を持ってきた。


「これ、見てもらえますか?」


「ん?」


 中には、薄く広げられた茶葉が入っていた。


 見た目は、いつもの茶葉とあまり変わらない。


「どうしたの?」


「少し触ってみてください」


 言われた通りに葉を一枚つまむ。


「……なんか湿ってる?」


「そうなんです」


 ミレアが頷く。


「昨日から置いていたものなんですが、下の方だけ乾き方が悪くて」


「同じ棚に置いてたんじゃないの?」


「ええ。でも、棚の位置によって風の通り方が違うんです。特に奥の方は湿気が残りやすくて」


「なるほど……」


 そういえば、前にも似たようなことがあった。


 同じ時間だけ置いた茶葉でも、その日の天気によって状態が変わる。


 だから時間だけで決めず、葉の柔らかさや香りで判断するようにしたんだった。


「これからもっと大量に作るとなると、全部を一つずつ確認するのも大変になりますね」


 フィオナが言う。


「そうなんですよ」


 ミレアが少し困ったように笑う。


「今は私たちが見て回れますけど、この小屋いっぱいに葉を置くようになったら、とても追いつきません」


「じゃあ、やっぱりちゃんとした場所が必要だね」


「ええ。できれば、風通しも考えて作りたいところです」


 僕はもう一度、小屋の中を見る。


 最初は、試しに茶を作れればそれでよかった。


 だから屋敷の裏にある空き小屋を使った。


 でも、今はもう試作品を作っているだけじゃない。


 商人から注文まで来ている。


「……よし」


「どうされました?」


「新しく作ろうか。茶を加工する専用の建物」


 ミレアが目を丸くした。


「専用の、ですか?」


「うん。畑を増やすなら、作る場所もちゃんと用意しないとね」


「それはありがたいですが……」


「何か問題ある?」


「いえ。ただ、そこまで大きな話になるとは思っていなかったので」


「僕も最初は思ってなかったよ」


 ほんの少し前まで、みんなで茶葉を揉んでいただけなのに。


 気づけば建物まで必要になっている。


「まあ、どうせ作るなら使いやすい方がいいよね」


「そうですね」


 フィオナも頷く。


「今後さらに生産量が増えることを考えると、少し余裕を持たせた方がいいと思います」


「うん。あと、できれば僕らが毎日来なくても作れるようにしたい」


「それが一番大切ですね」


 ミレアが、いつもより少し真剣な表情で言った。


     ◇


 その日の午後。


 屋敷の一室で、加工場について相談することになった。


 集まったのは僕とフィオナ、それからミレアと木工職人。


 料理人にも少しだけ顔を出してもらっている。


 机の上には紙が広げられていた。


「とりあえず、何が必要か考えようか」


「まずは乾燥棚ですね」


 木工職人が言う。


「今の棚と同じものを増やせばいいの?」


「基本はそれでいいと思いますが、もう少し使いやすくできそうです」


「というと?」


「棚の間隔を広げたり、葉を載せる部分を取り外せるようにしたりですね。今は上の棚の葉を取るだけでも一苦労ですから」


「ああ、確かに」


 僕も何度かやったことがある。


 高いところにある籠を取ろうとして、下の籠にぶつけそうになった。


「それから、茶葉を揉む台も欲しいですねえ」


 ミレアが続ける。


「今は一つの台を何人かで使っていますけど、人数が増えたら足りなくなりますから」


「じゃあ作業台も増やそう」


「ただ、乾燥する場所とは少し分けていただきたいんです」


「何で?」


「人が何度も行き来すると、埃も立ちますし、せっかく広げた葉に触れてしまうこともありますから」


「なるほど」


 そう考えると、ただ大きな小屋を作ればいいというわけでもなさそうだ。


 ミレアが紙の上を指でなぞる。


「最初に摘んだ葉を置く場所があって、そこから状態を見ながら揉む場所へ運びます。それから、仕上げ方によってはもう一度寝かせるでしょう?」


「うん。香りの強い方だね」


「ええ。その後に火を使う場所へ運べるようにしたいんです」


「つまり、作る順番に場所を並べるってこと?」


「そうしていただけると、作業が楽になると思います」


「それいいね」


 僕が頷くと、ミレアは少し嬉しそうに笑った。


「それに、二種類の茶が混ざらないようにする必要もありますからねえ」


「あ、それもあるか」


「途中までは似たような葉ですから。量が増えると、どちらを作っているのか分からなくなるかもしれません」


「それは困るなあ」


 せっかく二種類作ったのに、混ざってしまったら意味がない。


「目印を付けるだけでも違うでしょうね」


 木工職人が言った。


「籠や棚に印を付けておけば、誰が見ても分かります」


「じゃあ、それもお願いしていい?」


「もちろんです」


 話しているうちに、紙の上に線が増えていく。


 茶葉を置く場所。


 揉む場所。


 寝かせる場所。


 火を使う場所。


 完成した茶を保管する場所。


 最初は一つの作業台でやっていたことが、いつの間にかいくつもの工程に分かれていた。


「……なんか、本格的になってきたね」


「商品として作るのですから、当然かもしれません」


 フィオナが言う。


「そうなんだけどさ。最初は葉っぱをお湯に入れて、青臭いって言ってただけなのに」


「あの時とは随分変わりましたね」


「本当だよ」


 思い出すと、少し笑ってしまう。


 料理人まで苦笑していた。


「あの時は、台所を随分使われましたからね」


「その節はお世話になりました」


「今後は専用の場所でお願いしますよ」


「もちろん」


 それが今日の目的だしね。


     ◇


 次に考えるのは、加工場を建てる場所だった。


「屋敷の近くじゃ駄目なの?」


 僕が聞くと、木工職人が少し考えた。


「建てられないことはありませんが、今後も茶畑を増やすなら、町の外れの方が便利かもしれません」


「外れ?」


「ええ。茶葉を運ぶ馬車が増えますからね。屋敷まで上がってくる必要がなくなります」


「ああ、なるほど」


 確かに。


 今は籠を抱えて運べる程度の量だけど、これからはそうもいかなくなる。


「水も使いますし、荷物を積み込む場所も必要です」


 ミレアが言う。


「それから、あまり家が密集している場所は避けたいですね」


「火を使うから?」


「それもあります。茶の香りに、周りの煙や強い匂いが移るのも避けたいですから」


「じゃあ、工房の近くも微妙なのかな」


「風向きによると思います」


 フィオナが答えた。


「煙が流れてくる場所は避けた方がよいでしょうね」


「なるほどねえ……」


 僕は町の地図を広げた。


 北東側には、新しく茶畑にする予定の斜面がある。


 そこから町へ戻る道。


 途中には、まだほとんど建物がない土地もあった。


「ここは?」


 地図の一角を指す。


「茶畑からもそんなに遠くないし、町にも近いよね」


 木工職人が身を乗り出した。


「ああ、あそこですか。確かに悪くありませんね」


「馬車は通れる?」


「道を少し整えれば大丈夫でしょう」


「水は?」


「近くに小さな水路があります」


 フィオナも地図を見る。


「風の通り方も悪くなさそうです。一度、現地で確認してみましょう」


「うん、そうしよう」


 僕が地図を畳もうとした時だった。


「あの、殿下」


「ん?」


 ミレアが少し遠慮がちに声を掛けてきた。


「もし、そこに建てるのでしたら……」


「うん」


「最初から、建物の周りにも少し余裕を残していただけませんか?」


「周り?」


「はい。もし茶がもっと売れるようになったら、今度はこの加工場も手狭になるかもしれませんから」


「……ああ」


 なるほど。


「最初から増やせるようにしておくってこと?」


「ええ。まだどうなるか分かりませんけどね」


「いや、それいいと思う」


 僕は地図をもう一度広げた。


 今まで、町の建物は必要になった時に空いている場所へ作ってきた。


 でも、これから人が増えていくなら。


 最初から少し先のことも考えておいた方がいいのかもしれない。


「じゃあ、ここは周りも空けておこうか」


「ありがとうございます」


「他にも加工するものが増えるかもしれないしね」


 何となく口にした言葉だった。


 けれど、考えてみれば茶だけとは限らない。


 この土地で作ったものを、加工して売る。


 そんな仕事が今後増えていくなら、近くに建物をまとめた方が便利かもしれない。


 もっとも。


 今はまだ、茶の加工場が一つできるだけだ。


「……また考えること増えそうだなあ」


「何か仰いましたか?」


「ううん。こっちの話」


     ◇


 加工場の建設が始まったのは、それから二日後のことだった。


 場所を確認し、必要な木材や道具を揃えて、町の職人たちが作業を進めていく。


 もちろん、費用は領地の予算から出す。


 最初の茶の売上だけで建物を作れるわけではないから、今後の収入を見込んだ投資ということになる。


 商人には生産体制を整えるまで少し時間をもらうことにした。


 幸い、急ぎの注文ではなかったらしい。


 それでも、あまり待たせるわけにはいかない。


「僕も何か手伝おうか?」


 建設現場でそう聞いてみた。


「殿下ですか?」


「うん。ずっと見てるだけっていうのも悪いし」


 木工職人が周囲を見回す。


「それでしたら、あちらの木材を運んでいただけますか?」


「お、任せて」


 指差された先には、何本もの木材が積まれていた。


 ……結構重そうだ。


「……あれ全部?」


「いえ、まずは三本ほど」


「そっか。三本ね」


 持ち上げてみる。


 重い。


 当然だけど、重い。


「……これ、魔法でどうにかならないかな」


「木を生やす方ならできるのでは?」


 フィオナが言う。


「できるけど、木材として使える形にするのとは別なんだよね」


「なるほど」


「しかも、乾燥させたり加工したりする必要もあるし」


 僕の魔法は、植物を育てたり動かしたりするのは得意だ。


 でも、建物をそのまま生やせるわけじゃない。


 結局、使える材料に仕上げるのは職人の仕事になる。


「じゃあ、地道に運ぶかあ」


「私も手伝います」


「ありがとう。助かる」


 フィオナが隣の木材を持ち上げる。


 ……僕よりずっと軽そうに。


「フィオナって本当に力あるよね」


「身体強化も使っていますから」


「あ、そっか。僕も使えばいいのか」


「忘れていたのですか?」


「普通に忘れてた」


 近くで作業していた職人たちが笑っていた。


     ◇


 建設が進む間も、ミレアは何度も現場へ足を運んでいた。


 棚を置く位置。


 窓の向き。


 茶葉を運ぶ通路。


 道具を置く場所。


 職人たちと相談しながら、一つずつ確認している。


 ある日の午後。


 僕が様子を見に行くと、ミレアが若い女性二人に何かを説明していた。


「こちらは風が通りやすい場所ですから、最初に葉を広げる棚を置く予定なんですよ」


「じゃあ、こっちは?」


「そちらは揉んだ後の葉を置くところですね。香りを強くする茶は、そこで少し寝かせるんです」


「へえ……」


 二人は感心した様子で頷いている。


「あれ、何してるの?」


 僕が聞くと、ミレアがこちらを振り返った。


「あら、殿下」


「その二人は?」


「加工場で働いてみたいという方たちです」


「もう?」


「ええ。町で募集の話をしたら、興味を持ってくれまして」


「そうなんだ」


 二人が慌てて頭を下げる。


「殿下、よろしくお願いします!」


「うん。こちらこそよろしくね」


 僕が笑うと、二人も少し安心したようだった。


「でも、茶を作ったことはないんでしょう?」


「はい……」


 一人が申し訳なさそうに答える。


「それなら、覚えてもらえばいいよ」


「え?」


「最初は僕らだって何も知らなかったんだし」


 むしろ、あの頃の僕らよりは恵まれていると思う。


 教えてくれる人がいるから。


「ミレア、教えるのはお願いしてもいい?」


「もちろんです」


 ミレアが頷く。


「ただ、茶葉の扱いは少しずつ覚えてもらわないといけませんね」


「そんなに難しいんですか?」


 若い女性の一人が尋ねた。


「難しいというより、慣れが必要なんですよ」


 ミレアは傍らにあった籠から、茶葉を一枚取り出した。


「同じように見える葉でも、乾き方が違ったり、柔らかさが違ったりしますからね」


「見分けられるようになりますか?」


「毎日触っていれば、だんだん分かるようになりますよ」


 そう言って、二人にも葉を渡す。


「ほら、まずは触ってみてください」


 二人が恐る恐る茶葉をつまんだ。


「……あ、柔らかい」


「そうでしょう? では、こちらはどうです?」


 別の葉を渡す。


「あれ、こっちは少し硬い?」


「そうなんです」


 ミレアが嬉しそうに頷いた。


「いいですね。ちゃんと違いが分かっていますよ」


 その様子を、僕は少し離れたところから眺めていた。


 最初に茶を作り始めた頃。


 ミレアは、薬草を扱ってきた経験を生かして手伝ってくれていた。


 でも今は。


 自分が覚えたことを、別の人に教えている。


「……なんか先生みたいだね」


「そんな大したものではありませんよ」


 ミレアが少し照れたように笑う。


「私だって、まだまだ分からないことばかりですから」


「それでも、僕よりずっと詳しいと思うよ」


「そうでしょうか」


「うん。少なくとも僕、今の葉の違いはよく分かんなかった」


「殿下には殿下のできることがあるでしょう?」


「まあ、そうなんだけどね」


 ミレアが手元の茶葉を見る。


「私、ずっと薬草を扱ってきたでしょう?」


「うん」


「葉を乾かしたり、保存したりすることには慣れていましたけど、それがこんな形で役に立つとは思いませんでした」


「茶作りのこと?」


「ええ」


 少しだけ、懐かしむような表情になる。


「最初に殿下たちが茶を作ると聞いた時は、正直、何を始めるのかと思いましたよ」


「あはは……」


「でも、やってみると面白いものですねえ。同じ葉なのに、扱い方一つで全然違うものになるんですから」


「僕もそう思う」


「それに、こうして新しい仕事までできるなんて」


 ミレアは建設途中の加工場を見上げた。


 まだ壁の一部ができただけの建物。


 木材の匂いがして、職人たちが槌を打つ音が響いている。


「この歳になって、また新しいことを覚えるとは思いませんでした」


 その声は、どこか楽しそうだった。


「……ミレア」


「はい?」


「加工場ができたらさ」


「ええ」


「ここのまとめ役、お願いしてもいい?」


 ミレアが目を瞬いた。


「……私が、ですか?」


「うん」


「ですが、私は薬草を扱っていただけですし……」


「それは分かってるよ。でも、茶作りもずっと手伝ってくれてたでしょ?」


「それは、そうですが」


「それに、さっきもみんなに教えてたし」


 僕は建設途中の加工場を見回した。


「ここで働く人が増えたら、誰かが全体を見てないといけないと思うんだよね」


「……」


「僕もフィオナも、毎日ここに来られるわけじゃないからさ」


 ミレアは少し考え込んだ。


「もちろん、一人で全部やってもらうつもりはないよ。人手も増やすし、必要なことがあれば相談してほしい」


「殿下」


「うん?」


「……私に、できるでしょうか」


 いつもの穏やかな声だった。


 でも、少しだけ不安そうにも聞こえた。


「できると思うよ」


 僕は答える。


「だって、もうやってるじゃん」


「え?」


「棚の場所も、茶葉の管理も、新しく入る人への説明も。僕が頼む前からミレアが考えてくれてたでしょ?」


「それは、必要だと思ったので……」


「うん。だからお願いしたいんだよ」


 ミレアが黙る。


 少しの間、建設現場に響く槌の音だけが聞こえた。


 やがて。


「……分かりました」


 ミレアがゆっくりと頷いた。


「私でよろしければ、やらせていただきます」


「本当?」


「ええ。ただし、一つお願いがございます」


「何?」


「茶の品質については、私の意見もきちんと聞いていただきたいんです」


「もちろん」


 即答すると、ミレアは少し驚いたようだった。


「……よろしいのですか?」


「そのためにお願いするんだし」


 僕が全部決めていたら、まとめ役を作る意味がない。


「むしろ、変なものができそうだったら止めてほしいくらいだよ」


「それでしたら、遠慮なく申し上げますね」


「うん。お願い」


 ミレアは、いつもより少しだけ背筋を伸ばした。


「では、しっかりやらせていただきます」


     ◇


 さらに数日が過ぎた。


 新しい加工場は、ようやく使える形になった。


 大きな建物ではない。


 木造の、少し広めの作業場だ。


 それでも、屋敷裏の小屋とは比べものにならなかった。


 天井は高く、窓から風が抜ける。


 茶葉を広げる棚が並び、中央には大きな作業台が置かれている。


 火を使う場所は壁で区切られ、煙や熱が他の作業場所に流れにくいよう工夫されていた。


 完成した茶を保管する部屋もある。


 外には荷馬車を止められる場所があり、今後、茶畑から葉を運び込む時にも困らない。


「……おお」


 中に入った僕は、思わず声を漏らした。


「すごいね」


「これなら、前よりずっと作業しやすいと思います」


 フィオナも周囲を見回している。


「本当に仕事場って感じだ」


「仕事場ですからねえ」


 後ろからミレアが笑う。


「あ、確かに」


「それに、まだこれで終わりではありませんよ」


「え?」


「使ってみて、直したいところがあれば職人さんにお願いするつもりです」


「もう次のこと考えてるの?」


「もちろんです。実際に使わないと分からないこともありますから」


「……頼もしいなあ」


 ミレアは少し照れたように笑った。


 その後、さっそく少量の茶葉を使って作業を始めた。


 まずは新しい棚の使い心地を確かめる。


 葉を広げる。


 状態を確認する。


 作業台へ運ぶ。


 揉んだ葉を、それぞれの仕上げ方に合わせて分ける。


 まだ慣れていない人もいるけれど、ミレアが一つずつ説明していた。


「こちらはもう少し広げましょう。葉が重ならないように」


「はい!」


「そちらは香りの強い方ですね。印のある棚に置いてください」


「分かりました!」


「火を使う前には、一度私に見せてくださいね」


 返事が続く。


 誰かが葉を運び、別の誰かが棚を整える。


 その横では、茶葉を揉む作業が始まっていた。


 最初は少しぎこちなかった動きも、ミレアが見本を見せると次第に揃っていく。


 僕とフィオナは、作業場の端に立ってその様子を眺めていた。


「……僕ら、何もしてないね」


「そうですね」


「手伝った方がいいかな?」


「今は皆さんに任せてみませんか?」


「うん。そうだね」


 少し不思議な気分だった。


 最初に茶を作った時は、何をするにも僕らが中心だった。


 葉を摘むのも。


 加工方法を考えるのも。


 味を確かめるのも。


 失敗して、またやり直すのも。


 全部、みんなで一緒にやっていた。


 でも今は。


 僕らが手を出さなくても、作業が進んでいる。


「カイル様」


「ん?」


「嬉しそうですね」


「……そう見える?」


「はい」


「まあ、嬉しいよ」


 僕は作業場を見回した。


「だって、ちゃんと仕事になってるじゃん」


 誰かに言われたから手伝っているんじゃない。


 ここで働く人たちが、自分たちで茶を作っている。


 そして、それを売ればお金になる。


 町で暮らすための、新しい仕事だ。


「これなら、本当に僕がいなくても作れそうだね」


「ええ」


 フィオナが頷く。


「ミレアさんたちなら、大丈夫だと思います」


「うん。僕もそう思う」


 少しして、作業場の奥から声がした。


「殿下!」


「ん?」


 ミレアがこちらに手を振っている。


「よろしければ、こちらを見ていただけますか?」


「何?」


「最初の茶が仕上がりましたので」


「お、もう?」


 近づくと、作業台の上に小さな器が置かれていた。


 湯気が立っている。


 ふわりと、あの香りが漂ってきた。


「……いい匂い」


「ありがとうございます」


「飲んでもいい?」


「もちろんです」


 器を持ち上げる。


 少し冷ましてから、一口。


「……うん」


 香りが広がる。


 渋みは強すぎず、後味も柔らかい。


 何度も試作して、ようやく完成させた味だった。


「おいしい」


 僕がそう言うと、ミレアの表情がぱっと明るくなった。


「本当ですか?」


「うん。ちゃんといつもの味になってる」


「よかった……」


 ミレアが胸を撫で下ろす。


「新しい場所になって、少し心配だったんですよ」


「でも、ちゃんと作れたね」


「ええ」


 周りにいた人たちも、嬉しそうに顔を見合わせていた。


 フィオナも茶を一口飲む。


「私も、良い仕上がりだと思います」


「ありがとうございます」


 ミレアは深く頭を下げた。


 それから、顔を上げる。


「殿下」


「うん?」


「これからも、良い茶を作っていきたいと思います」


 その声には、もう先ほどの不安はなかった。


「うん。期待してるよ」


     ◇


 加工場を出た頃には、空が夕焼けに染まり始めていた。


 新しい建物の窓からは、まだ灯りが漏れている。


 中ではミレアたちが、今日の作業について話し合っているらしい。


 風に乗って、ほのかな茶の香りが漂ってきた。


「……なんか、いいね」


「何がですか?」


「新しい建物ができたのもそうなんだけどさ」


 僕は振り返る。


 まだ新しい木材の色をした加工場。


 その周りには、将来建物を増やせるよう、少し広めに土地が残してある。


「最初はみんな、僕らの茶作りを手伝ってくれてただけだったでしょ?」


「はい」


「でも、今はもう違うんだなって」


 僕がいなくても。


 フィオナがいなくても。


 ここでは茶が作られていく。


 その中心には、ミレアがいる。


「カイル様が望んでいたことですね」


「うん」


 町が、自分で動くようになること。


 僕が全部やらなくても、ちゃんと暮らしていける場所になること。


 まだまだ、その途中だけど。


 少なくとも、今日は一つ進んだ気がする。


「……これなら少しは楽できそうだね」


「そうですね」


「え、否定しないの?」


「皆さんが自分たちで仕事を進められるようになるのは、良いことですから」


「おお……」


 珍しく、ちゃんと賛成してもらえた。


「ただし」


「……ただし?」


「殿下には、まだ他にもお仕事がありますよ」


「だよねえ……」


 フィオナが少しだけ口元を緩めた。


 僕もつられて笑う。


 夕暮れの町に、槌の音が響いていた。


 加工場の隣では、木工職人が新しい木箱を作っている。


 次の出荷に向けて、準備を進めているらしい。


 茶を作る人がいて。


 そのための道具を作る人がいて。


 茶葉を育てる人がいる。


 一つの仕事が、別の仕事へと繋がっていく。


 まだ小さな加工場だけど。


 きっと、ここから色々なものが生まれていくんだろう。


 町の外れにできたその建物は、夕陽を受けて柔らかな色に染まっていた。


 今日、この町に。


 新しい仕事の場所が一つ、生まれた。

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