↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
花咲く辺境の第六皇子  作者: じゃこー
第二章 辺境に芽吹く
PR
27/48

第二十六話 町の外へ

 翌日。


 作業小屋の棚には、朝から茶葉が並んでいた。


 昨日までとは違って、机の上に置かれている紙も随分増えている。


 摘んだ葉の大きさ。


 最初に置いておく時間。


 揉み方。


 揉んだ後に置く時間。


 乾かす時の火加減。


 最初は思いつくたびに適当に書いていただけだったのに、今ではちゃんと見比べられるくらいの記録になっていた。


「なんか研究室みたいになってきたね」


「けんきゅうしつ、ですか?」


「ああ……こういう、色々試したり調べたりする場所っていうか」


「なるほど」


 フィオナは机いっぱいに広がった紙を見る。


「確かに、最初の日とは随分変わりましたね」


「最初なんて、葉っぱにお湯入れて『草だ』って言ってたもんね」


「言っていましたね」


「そこから考えると結構進んだなあ……」


 たった数日前のことなのに、かなり昔に感じる。


 あの時は本当に、どうしたらこれが茶になるのかすら分かっていなかった。


 今では二種類。


 渋みを少し残した、すっきりしたもの。


 香りを強くして、柔らかな味にしたもの。


 どちらも昨日の時点ではかなりおいしくできていた。


 問題は、それを偶然ではなく毎回作れるかどうかだった。


「じゃあ今日は、昨日のやつをもう一回作ってみようか」


「はい」


「できれば何回か」


「何回か、ですか」


「一回だけ同じ味になっても、たまたまかもしれないでしょ?」


「それはそうですね」


「だからちゃんと確認したいんだよね」


 そう言うと、フィオナが少しだけこちらを見る。


「カイル様、意外と慎重なのですね」


「意外って何」


「いえ」


「今ちょっと失礼だったよね?」


「気のせいではありませんか?」


「絶対違うと思うんだけどなあ」


 フィオナは答えず、棚に広げた葉の方へ視線を戻した。


 少しだけ口元が緩んでいた気がしたけれど、たぶん追及しても認めないだろう。


     ◇


 昨日までに分かったことを、一つずつ確かめていく。


 まずは葉。


 大きさをできるだけ揃える。


 傷んだものは避ける。


 広げる時は重ならないようにする。


 そこから、一晩置く。


 問題はその後だった。


「昨日と同じくらいなら、この辺かな」


 僕が葉を持ち上げる。


 摘んだばかりの時より柔らかく、指で曲げても簡単には折れない。


 青い匂いも随分弱くなっている。


「時間は昨日とほぼ同じです」


「じゃあ今のところ合ってそうだね」


「ですが、今日は昨日より少し乾いています」


「天気のせいかな」


 窓の外を見る。


 昨日より雲は薄い。


 風も少し強かった。


 同じ時間置いたからといって、まったく同じ状態になるとは限らないらしい。


「やっぱり、時間だけ決めても駄目かもね」


「私もそう思います」


 フィオナが葉を一枚手に取る。


「柔らかさや香りも見た方がよいのではないでしょうか」


「色もだね」


「はい」


 薬草を扱っている女性も頷いた。


「乾かす時もそうですけど、日によって結構変わりますからねえ」


「じゃあ、『何刻置く』だけじゃなくて、『こういう状態になるまで』って覚えた方がいいか」


「その方がよいでしょうね」


「なんか急に職人っぽくなってきたなあ」


「実際、そういうものなのでは?」


「そうなのかも」


 同じ物を作る。


 言葉にすると簡単なのに、実際にやってみると細かい違いがいくらでも出てくる。


 魔法なら、同じだけ魔力を込めれば大体同じ結果になる。


 でも、人が手で作るものはそうじゃない。


 気温も。


 湿気も。


 葉の状態も。


 少しずつ違う。


 だからこそ、決めた時間だけではなく、葉そのものを見る必要があるらしい。


     ◇


 最初に作るのは、渋みを少し残す方だった。


 葉を軽く揉む。


 香りが出たところで、あまり長く置かずに乾燥へ回す。


 火加減は昨日と同じ。


 料理人が網の位置を調整しながら、ゆっくり水分を抜いていく。


「昨日より少し火から遠くありません?」


「今日は葉が昨日より乾いていますから」


「ああ、そこも変えるんだ」


「同じ位置では、乾きすぎるかもしれません」


「なるほどなあ」


 今度は僕が紙に書き込む。


 火の位置まで毎回同じにするんじゃなく、その日の葉に合わせる。


「こういうの覚えること多いね」


「嫌になりましたか?」


「いや、僕が全部覚えなくてもみんなが覚えてくれそうだから大丈夫」


「そういうところは変わりませんね」


「大事なところだからね」


 フィオナが少し呆れたように息を吐いた。


 でも、もうそのくらいでは何も言わない。


 やがて乾燥が終わる。


 少し冷ました後、いつも通り湯を注いだ。


 立ち上る香りを確かめてから、一口。


「……うん」


「どうですか?」


「昨日とかなり近いと思う」


 フィオナも飲む。


「ええ。少し渋みがあって、後味がすっきりしています」


「一個目成功かな」


「まだ一回ですよ」


「分かってるって」


     ◇


 同じものを、もう一度。


 今度は僕とフィオナがなるべく口を出さず、昨日から手伝ってくれている人たちに任せてみることにした。


「じゃあ、僕ら見てるだけでいい?」


「それは少し緊張しますな」


 農家の男性が苦笑する。


「失敗しても大丈夫だよ。むしろ今失敗した方が、何が足りないか分かるし」


「そう言われると気が楽ですけどね」


 葉を選び。


 広げ。


 状態を確認し。


 揉み。


 乾かす。


 僕は横で見ていたけれど、特に何も言うことはなかった。


 薬草を扱う女性が葉の柔らかさを見て。


 農家の男性が大きさを揃え。


 料理人が火を調整する。


 木工職人は棚の位置を変え、風が抜けやすいようにしていた。


 昨日までは、僕かフィオナが中心にいた。


 今日は違う。


 僕らが何も言わなくても、ちゃんと進んでいく。


 湯を注ぐ。


 出来上がった茶を口にする。


「……同じだ」


 思わず言葉が漏れた。


「はい」


 フィオナも、もう一度味を確かめる。


「ほとんど同じだと思います」


「ちゃんと同じ味になってるよね?」


「なっています」


 僕は器を置いた。


「じゃあ、これなら僕がいなくてもちゃんと作れるよね?」


「ええ」


 フィオナが頷く。


「これなら、町の方々だけでも作れると思います」


「よし」


 思っていたより嬉しかった。


 別に僕自身が茶を作れるようになりたかったわけじゃない。


 むしろ毎日ずっと茶葉を揉む生活になったら困る。


 でも。


 僕がいなくても作れるものが、この町に一つできた。


 それは、なんとなく。


 最初に自分で作った時よりも嬉しい気がした。


「これで毎日僕が葉っぱ揉まなくても済むね」


「やはり、そこも大事なのですね」


「大事だよ。でも、ちゃんと完成したのも普通に嬉しいからね?」


「分かっています」


「ならよかった」


 フィオナの返事も、少しだけ柔らかかった。


     ◇


 香りを強くした方も、同じように確認した。


 こちらは揉んだ後に少し時間を置く。


 ただし、長すぎると香りが鈍る。


 昨日の記録と葉の変化を見比べながら、ちょうどいいところで乾燥へ回した。


 一回目。


 成功。


 二回目。


 ほとんど同じ味。


 三回目。


 少しだけ香りに差はあったけれど、十分同じものと言える範囲だった。


「これで二種類とも大丈夫そうだね」


「はい」


「結局、どっちを売る?」


 僕が二つの器を見比べる。


 フィオナも少し考えた。


「両方ではいけないのですか?」


「……あ」


 言われてから気づいた。


「別に一個に決めなくてもいいのか」


「昨日も、好みが分かれていましたから」


「そうだった」


 料理人は渋みがある方を好んでいた。


 薬草を扱う女性は香りが強い方。


 僕とフィオナは、どちらかと言えば香りの方が好きだった。


「じゃあ両方作ろうか」


「よいと思います」


「名前は?」


「今決めるのですか?」


「いや、まだいいかな」


「では、しばらくは区別できれば十分ですね」


「渋い方と、香り強い方」


「もう少し考えてください」


「駄目?」


「売り物にするのであれば、もう少し」


「じゃあ名前は後でみんなで考えよう」


「それがよいと思います」


 茶そのものは、これで形になった。


 あとは。


 これを誰かが欲しいと思ってくれるかどうか。


     ◇


 ちょうどその日の午後。


 町の市場へ出ると、見覚えのある荷馬車が一台停まっていた。


 塩や布、砂糖、乾燥させた肉なんかを積んだ馬車の横で、一人の男が店主と話している。


「あ」


「どうされました?」


「あの人、前にも来てた商人じゃない?」


 フィオナが視線を向ける。


「そうですね。何度か見かけています」


「ちょうどいい人いるじゃん」


「……何か思いつきましたか?」


「あの人に飲んでもらおうよ」


「茶をですか?」


「うん。町の人たちにはおいしいって言ってもらえたけど、外の人にも聞いた方がいいでしょ?」


「それは確かにそうですね」


「じゃあ決まり」


 僕らは作業小屋へ戻り、出来上がった茶を少しずつ持ってきた。


 簡単な木箱も一緒に。


 昨日の話を聞いた木工職人が、試しに作ってくれていたものだ。


 まだ売り物らしい装飾はない。


 でも、乾燥した葉を運ぶには十分だった。


     ◇


「殿下?」


「急に呼び止めてごめんね」


「い、いえ。それは構いませんが……」


 商人は、さすがに町の人たちより少し緊張している。


 何度かこの町へ来ているとはいえ、領主本人に呼び止められることなんて普通はないだろう。


「ちょっと飲んでほしいものがあるんだ」


「飲み物、ですか?」


「うん。この町で作ってみたんだけど、外の人から見てどうなのか気になってさ」


「なるほど」


 市場の端にある小さな休憩所を借りる。


 湯を用意してもらい、まず渋みを残した方を淹れた。


「これが一つ目」


「いただきます」


 商人が一口飲む。


 すぐには何も言わない。


 もう一口。


 口の中で味を確かめているらしい。


「どう?」


「……失礼ですが、これは本当にこの町で作ったものですか?」


「うん」


「茶葉から?」


「そうだけど」


「この辺りで茶が採れるとは知りませんでした」


「僕らも数日前まで知らなかったよ」


 商人が少し困った顔をする。


「どういうことです?」


「まあ、色々あって試してみたら育ったんだよね」


「はあ……」


 明らかに納得していない。


 でも説明すると長くなるので、そのまま二つ目を淹れる。


「こっちは作り方が少し違うんだ」


 香りを強くした方。


 湯を注いだ時点で、商人の表情が少し変わった。


「香りがかなり違いますね」


「分かる?」


「ええ」


 一口。


「……これは」


「どう?」


「かなり面白いですね」


「おいしい?」


「おいしいです」


「よかった」


 思わず安心する。


 町の人たちが身内だから褒めていたとは思っていなかったけれど、やっぱり外の人に言われると違う。


「こちらの方が飲みやすいですが、最初の方も悪くありません」


「やっぱり好み分かれる?」


「そうですね。最初の方は渋みが残っていて、食事の後や日常的に飲むなら好む人もいるでしょう」


「こっちは?」


「香りが強い分、こちらの方が珍しさはありますね」


 商人は器を置き、茶葉そのものを見る。


「毎回、この味で作れるのですか?」


「今日確認したところ」


「どれくらい作れます?」


「今はまだそんなに多くないかな。試しに育ててる段階だから」


「保存は?」


「乾かしてるから、生の葉よりはかなり持つと思う。そこもこれからちゃんと確認するつもり」


「量を増やすことは?」


「畑を増やせばできると思う」


 次々と質問が飛んでくる。


「……なんか急に話が具体的になったね」


「商品として見るなら、そこが重要ですから」


「ああ、そっか」


 僕としては、単純に味の感想を聞きたかっただけだった。


 でも商人にとっては、それだけじゃないらしい。


 おいしい。


 珍しい。


 それだけでは売れない。


 同じものが作れるか。


 運べるか。


 量を用意できるか。


 そこまで含めて商品になる。


「なるほどなあ」


「何がです?」


「いや、売るって大変なんだなって」


 商人が少し笑う。


「作るだけでは商売になりませんからね」


「勉強になるよ」


 商人はもう一度、香りの強い方を飲んだ。


 それから、机の上の二つの箱を見る。


「殿下」


「ん?」


「これ、少し売っていただけませんか?」


「……え?」


 一瞬、何を言われたのか分からなかった。


「茶葉をです」


「買うの?」


「ええ」


「今?」


「はい」


 僕はフィオナを見る。


 フィオナも少し驚いているようだった。


「いや、今日は感想聞こうと思っただけだったんだけど」


「でしたら、私の感想は『買ってみたい』です」


「……それは、かなり嬉しいな」


「次にいくつか町を回りますので、そこで少量ずつ売ってみたいと思います」


「売れると思う?」


「それを確かめるために買うんですよ」


「ああ」


 なるほど。


 この人も試すのか。


「じゃあ、どれくらい?」


「ある分を全部、とは言いません。まずは両方を少量ずつ」


「それなら用意できるよ」


「値段ですが――」


 そこからは、正直ほとんど商人任せだった。


 僕はまだ茶葉の相場なんて知らない。


 フィオナも同じ。


 だから、普段この辺りへ運ばれてくる茶や乾燥薬草の値段を基準にして、少しずつ話を詰めた。


 珍しいものではある。


 でも、まだ誰も知らない。


 最初から高くしすぎても売れない。


 今回は試し。


 互いにそれを分かった上で、小さな木箱をいくつか買ってもらうことになった。


「この値段で本当にいいの?」


「私も売れなければ困りますから」


「それもそうか」


「売れれば、次はもう少し多く仕入れたいですね」


「……次がある前提なんだ」


「そのつもりで買っていますよ」


 商人が差し出した硬貨を受け取る。


 掌の上に乗ったそれを、しばらく眺めた。


「カイル様?」


「いや」


 なんだか変な感じだった。


 魔物を倒して得たものでもない。


 皇族として渡された金でもない。


 この土地で育てて。


 みんなで考えて。


 失敗して。


 ようやく作ったものが。


 初めて、お金に変わった。


「……売れたね」


「ええ」


 フィオナの表情が、少しだけ和らいだ。


「売れましたね」


     ◇


 夕方。


 行商人の馬車が、町を出ていく。


 僕とフィオナは、町の入口からそれを見送っていた。


 荷台には、この町へ運んできた塩や布の残りが積まれている。


 そして、その隅。


 小さな木箱がいくつか。


 今日買ってもらった茶だ。


「……行っちゃったね」


「ええ」


「売れるかな」


「どうでしょう」


「そこは『売れます』って言ってくれてもよくない?」


「まだ分かりませんから」


「こういう時ほんと慎重だよね」


「ですが」


「うん?」


 フィオナは、遠ざかっていく馬車を見る。


「売れるといいですね」


「……うん。僕もそう思う」


 車輪が道を踏む音が、少しずつ小さくなっていく。


 これまでも、町から外へ出ていくものはあった。


 森で採れた薬草。


 獣の毛皮。


 木材なんかも、少ないながら商人へ渡していた。


 けれど、それだけでは町を支えられなかった。


 どれも、この土地にもともとあったものを採って、そのまま外へ出していただけだ。


 今日の荷台に載っているものは、少し違う。


 この土地の気候を調べて。


 茶を育てて。


 町のみんなで何度も失敗して。


 作り方まで考えた。


 そうして、新しく生まれたものだ。


 たった数箱。


 本当に、小さな始まりだ。


 売れるかどうかも分からない。


 もしかしたら全部持って帰ってくるかもしれない。


 それでも。


 遠ざかる馬車が、昨日までとは少し違って見えた。


 この町で作った新しいものが、初めて町の外へ向かっていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。